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突風


 強い風が吹いていた。視界の端に見慣れた色の髪が揺れる。己の見る景色はいつもとあまり変わらない。ただ、視点が少し下がったように思えるだけだった。
 背後から駆け寄ってくる気配も普段通りだが、振り返って見る顔はいつもよりも近い位置にある。
「あっ、セオドア来てたんだね」
 そうか。サヤは普段、こういう表情を向けていたのだな。他人として見るのは新鮮だ。無防備で、明け透けだった。私には滅多に見せぬ顔だ。
「……ん? なんか髪伸びたんじゃない?」
 隣にまでやって来て、違和感に気付いて首を傾げる。見下ろさずとも顔を見合わせられるのが奇妙に嬉しい。しかし、何故セオドアと間違えるのだろう。似ていたのだろうか。
「……私だ」
「えっ?」
「セオドアではない」
 出てきた声が思い描いたものと違ったためか、サヤが少しばかり混乱した。
 どうしてこのような事態になったのだったか。有り体に言えば四天王の仕業なのだが……私を気遣っているらしいと分かっているから、責めようという気が萎んでゆく。

 サヤはセオドアが好きだ。それは勿論、異性としてというよりは家族のように、親しい友人のように想っている。周りの誰もが分かっていることだろう。
 歳も近く、幼さの残る外見も柔らかな人柄も彼女の好みに合致する。ならば何故に彼に惚れなかったのか不思議なものだが、では乗り換えるなどと言われては困るのでそこは考えないでおこう。
 年齢も、印象も、そしてきっと内面も私とは正反対のセオドア。しかし私と彼は親戚同士であり、まあ念入りに探せば似たところもなくはないらしい。……私が若返ることができれば、セオドアに似たところができれば、サヤも彼にそうするように素直になるのではないか。それが四天王の推測だった。
 ここ数日バルバリシアが、ルゲイエがいればよかった、奴を復活させたいなどとおかしな事ばかり呟くので、何事かと思っていたが……あの時に問い詰めておくべきだったな。
 バルバリシア達は何処からか若返りの秘術を手に入れてきて、私に使い、そして逃げた。もはや自分でも覚えてはいない幼い頃の姿に返り、それは何故か甥に似ており、今のところ戻る手立ては無い。一応四天王が総出で探しているはずだが。
 何とも頭の痛い話だ。普通は元に戻す術まで確認してから仕掛けて来るだろうに。やはり魔物は普通にはなれぬのか。
「じゃ、じゃあ、ゴルベーザ……なの?」
 驚いているというよりも寧ろ疑わしげなサヤに頷いてみせる。全く以て態度が和らいだ気配もないのだが、私は何のためにこんな境遇に陥っているのだろう。

「セオドアが……セオドア、が……渋かっこいいセオドア! ああああぁ……」
「……大丈夫か?」
「ごめんちょっと喋らないで」
 一応心配しているのにその言い方はないだろう。と思いつつ黙れと言われれば黙ってしまう。本当に、どうしてこうも差があるのだろうか。
「これはゴルベーザ、ゴルベーザ、ごる……」
 俯いて暗示をかけようとしていたサヤがほんの少し顔を上げた。普通ならば分からない程度の動きが、低くなった背丈のお陰でよく分かる。
 視線が合うことを予想していなかったらしく、慌ててまた俯いてしまった。まだ縮まった距離に慣れていない。
「……なんでそんな事になったの?」
「四天王が、何と言うか、少しな」
「変身、じゃないよね? セオドアってゴルベーザに似てたんだ」
「……どうだろうな」
 もしも彼が成長し私に似たとしてもお前の態度は変わるまい。してみればやはり問題は私の内面なのだな。
「なんで落ち込むの?」
「いや、何でもない」
 サヤは何となしにいつもより距離を取って立っている。やはりセオドアの外見に中身は私というのが気持ち悪いのだろう。幼い頃より己の容姿などろくに眺めて来なかった。セオドアを初めて見た時にも、セシルによく似ていると思っただけだったが。
「……外見が変わっても、やはり私には言わぬのか」

 ふて腐れてしまったサヤの肩越しに、物陰に隠れるバルバリシアを見つけた。私と目が合うと罰の悪そうな顔で首を横に振り、そのままどこかへ転移して行く。まだ戻る術は見つからない。再び舞った風が今度はサヤの髪を揺らした。
 正面から向き合うことさえ難しかった。今なら、この姿ならば、何とかできるのではないかと思えるのに。彼女は怒っているらしい。
「っていうかさ、なんで落ち着いてるの? 普通もっと焦らない?」
「私は……別にこのままでも構わないが」
 姿だけが若返ったところで時を巻き戻せるわけではない。しかし、サヤとの差だけは縮められるではないか。親子ほどに離れた時の差が、おそらく同じだけの時を生きられるまでに。
「もしも戻れなければ、もっと長く共に生きられる」
「……でも、やだよそんなの。また同じになっちゃう」
「……そう、か」
 言われてみればそうかもしれない。何もセオドアに化けているわけではないにしろ、サヤにとって見知らぬ姿であることには違いない。己ではない者の皮を被ってごまかすならば……昔と同じだ。
「わたし、ゴルベーザが若かったらいいのになんて思ったことないもん」
「……」
 だが私は、必ずサヤを置いて逝くだろう自分が許せない。
「ゴルベーザがお爺さんになる頃にはわたしだっておばさんなんだから大丈夫だよ!」
「……ん?」
「だから別に、若い人と浮気したりとか、そんなこと絶対っ、」
「いや、そんな話はしていないんだが」
「えっそうなの?」
 ずっとそれで怒っていたのか? 私が年老いた後にサヤが他へ走るのではと、疑われたと勘違いして。……何たる事だ。思い至らなかった。生死以前にそちらの方が当然心配すべき事ではないか。
「その顔で威圧するのやめてよ!」
「す、すまん」

 セオドアに見間違えられるのはともかく、このまま生き直すのも色々な意味で悪くないのかもしれぬ。サヤは嫌がっているが、時が経てばじきに見慣れるのではないか。
 ただでさえ障害しかないような間柄なのだから、せめて一つでも、年齢差という壁が消えるのならば、
「あーあ。早く戻れたらいいね」
「……お前はこの方がいいのではないか?」
「人の話聞いてた? いやだってば」
「だが目の保養になるだろう」
「自分で言うかな」
 例え他人のようなものに成り済ましても、繋ぎ止める鎖が増えるならば私は、そちらを選びたい。
「……ずっとそれだったら、結婚しないからね」
「何故だ?」
「だってセオドアにしか見えないもん! それに前のゴルベーザの方がかっ」
「かっ?」
 赤面して逃げ出そうとするのをすんでのところで捕まえた。危なかった……これは普段の体格差であれば逃がしていたな。
「何を言おうとしたのか吐いてもらおうか」
「はーなーしーてーよー!!」
 じたばたと暴れるのを押さえるのは一苦労だが、今サヤが振り仰いでもこのにやけた顔はばれずに済むだろう。やはり似たような背丈の方が何かと便利だ。
「……で?」
 向き直らせて正面から目を合わせる。観念したように全身から力が抜け、それでも必死にそっぽを向いて小さな声が囁いた。
「わたしは、ゴルベーザがゴルベーザだから、いいよって言ったんだよ……そんな『もどき』みたいな格好じゃ、わたしの……なゴルベーザじゃない、し」
「もう少しはっきり言ってくれ」
「……いつもの姿の方が好きだから戻ってほしいの!!」
 半ば自暴自棄になっていたようだが、まあいいだろう。……当初の予定とは違った形でだが、目的は果たせたと言っていい。いや、寧ろ想定していたよりも大きな収穫だ。四天王に感謝しなければな。
「もうっ、離してよ! その見た目で抱き着かれるの、なんかやだ!」

 大切な部下が運んで来てくれた、良き一日だった。後に私達を見ていたミシディアの民により「セオドアがサヤを襲った」という噂が囁かれたが、良き一日だった。
 誤解を解きセシルとセオドアに平謝りするはめにもなったが。
「幸せとはこういうものか……」
「わたしは何となく不幸だったよ!」
 それはともかく。未だ私の視点はサヤのそれと同じ位置にある。……バルバリシアよ、本当に戻る方法は見つかるのだろうな……?

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