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勇気


 半袖の日焼け跡ってあんまり好きじゃないんだよね。幸いミシディアの夏は耐えられないほどの暑さでもないし、日差しの強い間はローブでも羽織って過ごそうかな?
 ソファにだらーっと腰掛けて、天井に向かって手を伸ばしてみる。肘から指までだけ黒い。変だ。
「このままだと腕から先だけしげるになっちゃう」
「……誰だそれは」
 ん? っと目線を上げたら逆さまのゴルベーザがいて、体を起こして向き直るとわたしの隣に座った。
「あっちの世界の芸能人……えーっと、歌手、だから吟遊詩人? たぶん違うな……」
「男か」
「そうだよ。色が黒いんだよ」
「黒い方がいいのか?」
 何言ってんだろ。まあ、あの人がいきなり美白に目覚めたらそりゃ衝撃だろうけど、別に好きにすればいいしどうでもいいや。

「歳はいくつだ。サヤよりも下か? どれほど親しいんだ」
「ちょっ、近ッ!」
 肩を掴んで揺さ振る勢いで凄まれた。顔が目の前にあって恥ずかしいのもあるし、目が据わってて怖いのもあるし。あとそこにヤキモチやくのは真実知ってたらどんなにバカらしいのか、教えてあげたいよゴルベーザ。
「あの、そういうんじゃなくて。芸能人ってのは、こっちで言うとバロンの国民がセシルを想うような」
「そんなにも愛しているのか!?」
「ごめん例え間違えた。エブラーナの民がエッジを慕ってるような気持ちで」
「そうか。まあその程度ならば……」
 うわあ、エッジ……。し、慕われてはいるよね。ちょっと親しみやすすぎるだけで、それが悪いってわけじゃないんだよ。王様としてはどうなのって思うけどそんなことわたしが口出しすることじゃないし、なんでこんな話になったんだっけ?
「……ゴルベーザは、」
 無意識に口を開いてて、何を言おうとしたのか考えて自覚して言えなくなった。い、色白なのと色黒なのとどっちが好き? ってそんなことべつに聞きたくないし!
「何だ?」
「なんでもないです」
「言え」
 ついに命令だよ。目がマジだ。
「……日焼けしてるの、好きかなって」
「サヤが、か?」
「いや、もっと一般的にというかべつにそんな深い意味じゃなくて」
 ゴルベーザがすごく真剣に考え込んでるのがまた恥ずかしい。逃げたい。今すぐ逃げたい。全力で逃げ出してしまいたい。

「…………」
「っていうかそこまで悩まなくても」
「どちらか選ばなくてはいけないか?」
 それってどっちでもいいって事なのかな。だったらいいんだけど。最近かなり焼けてきたし、前に一緒にいた時はほとんど塔にいたから日焼けなんかしなかったし。もし色白な方がいいって言われると地味にショックかなぁって……。
「ち、違うよ、そんなことどっちだっていい! 合わせたいとか思ってないからね!?」
「……私は、お前がお前らしくあればそれでいい、などとは言わんぞ」
 まあそんな心の広さはなさそうだなって、もう知ってるからいいけど。だいたいわたしらしさってのも、意味がよくわかんないし。いきなり何だろう。
「サヤの心が私の元にあればいい。……それを口に出してくれればもっといいのだがな」
「う……」
 またそれだ。ここんとこおさまってるけど、ルビカンテ辺りはまた仕掛けてくると思う。なんか面白がってるっぽいパロムとか、断然ゴルベーザの味方らしいセシル達も。わたしが直接、ゴルベーザに好きって言えるように。
 そんなこと他人が努力したって、できないものはできないんだよ! って、善意なのがわかってるから怒れもしない。
 もう段々やけくそになってきたのか、バカみたいな引っ掛けでとにかく「スキ」って音を発したら良し、なんて雰囲気になってるし。口にしたから本当とか、そういうことじゃないと思うんだけどな。

「いいじゃん……もうわかってるんだから……」
「サヤ」
「え、な、何?」
「泣くぞ」
 泣かれるのはイヤだなぁ。いろんな意味でイヤだ、うん。40歳越えたおっさんがマジ泣きしてるってだけでかなり引くし、それがゴルベーザだってなると別の意味で焦る。泣かせたくは、ないから。
「……わかったよ。でも、ちょ、ちょっと待ってね」
「今日中は待とう」
 いやまだ半日もあるよ。そこまでは待たせないよ。……たぶん。
 こうやって面と向かって、しかもなんか期待に満ちた目で待ち構えられると尚更、恥ずかしくて言えなくなる。好意の質を見極める前に出来上がってしまったのが問題なんだ。

 好きだって、言ってしまったらそれで終わりなんじゃないかって。くだらない考えだなって思うけど、この想いが一言で伝わるはずないって気がして、どうしても言えなくなる。
 それでも冷静さや考え込む余裕が剥がれて本能だけになった時、溢れてくるあの感情は、やっぱりとても単純な気持ちで。あんなに純粋で大きなものを、どうやって伝えたらいいのかわからない。
 ゴルベーザが言葉を求めてるなら言ってあげればいいんだ。たぶん、簡単なこと。セオドアに言うみたいに、あなたのことが好きです、って。それで安心してもらえるなら言えばいいのに。
「……気持ち悪くなってきた」
 テレポしまくった直後みたいだ。頭がくらくらして熱が出そう。知恵熱ってやつかな。ソファの背もたれに突っ伏して、ゴルベーザの表情が見えなくなったら少し気分が落ち着いた。
「そこまで辛い思いをしても、まだ言えぬのか……」
 期待を裏切りたくないのに。そんな落胆した声は聞きたくないのに。たった一言で幸せをあげられるのに、どうしてできないのかな。
「だって……そんなんじゃ、ないんだよ」

 あの塔で過ごした日々を愛してる。スカルミリョーネも、カイナッツォも、バルバリシア様も、ルビカンテも……配下のモンスター達や、ローザに、カイン、セオドアもセシルも。
「皆のことだって好きだよ……でもゴルベーザは違うから。そんな、簡単に決めていいことじゃないもん……好きとかじゃ足りないんだよ!」
 もっと相応しい言葉があるはずだ。もっと強くて大きな言葉が。もっと、本当に、この気持ちを表せる言い方があるはずなんだ。
「言ったら、嘘に、なっちゃいそう、で」
 感情は高ぶって溢れ出してくるのに、それに比例して言葉は詰まって行く。泣きたくなる。そんなに聞きたいなら素直に言ってくれる相手を探せばいいじゃん! とか八つ当たりしそうになって、自己嫌悪でまた暗くなった。
「……サヤから聞けなければ意味がない」
 しゃくりあげるわたしを引っつかんで、赤ん坊を抱っこするみたいにゴルベーザの膝に乗せられた。慣れたと思っても、急に触れられると緊張と安堵が一緒にきて訳わかんなくなる。
「サヤの言葉でなければ、欲しいとは思わない」

 体全部で伝えても、どんなに大きな声を出しても足りない。真実には全然届かない。
「こんなにわたしを苦しめるの、ゴルベーザだけだよ……」
 顔をぎゅうっと押し付けて、流れかけた涙を服で拭いてやる。鼻水もついたかもしれないけど知らないもんね。
「サヤ。お前が死ぬまで……一生、私のためだけに苦しんでくれ」
「……すっごい嫌な告白ぅ」
「他の全てから守ってやろう」
 こんなどす黒い想いだけどいいのかな、ってゴルベーザの顔をそっと窺ってみる。笑ってた。邪悪で綺麗であまりにも格好良すぎて、昔きっと、甲冑の下でもこういう風に笑ってたんじゃないかなって思うくらい。
 苦しめって言われたら、なんか返って楽になった。ゴルベーザのせいでわたしに起きるなにもかもが嬉しいっていうなら、罪悪感も少しは減る。
「……今度、手紙書いてあげる。あっちの字で」
「恋文か?」
「でも読んだら捨ててね! っていうかわたしが捨てるから!」
「額に入れて飾っておこう。……玄関に」
「それやったら燃やすから」
 誰か一人への想いがこんなにも重たくて辛くて、痛みや苦しみさえも幸せで。ありったけの勇気を振り絞っても伝えられない言葉は、いつか軽々と吐き出せるようになるんだろうけど。この身を焦がすような気持ちは変わらずにいたい。
 いつまでも、ゴルベーザの反応に一喜一憂して、考え込んで、悩んで苦しんで、操られていたい。

***


 不意に真面目な顔でゴルベーザが呟いた。
「ところで、私は白か黒かというよりは……」
 わたしの腕を掴んで、日焼けの境界を指でなぞる。ちょっと伸びた爪がくすぐったい。
「この境目が好きだと、今気がついた」
「……変態くさい」
 でもちょっと理解できちゃった。わたしももう変態だ……。

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