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片翼


 「結婚を前提に付き合いを」……いや、そう長く待つ気はしない。では「近々結婚しようと思う」いや、まだ見通しが立たない。「責任をとろうと」そこまで報告する必要はなかろう。そもそも自責の念から一緒になるわけではない。
 結局、顔を合わせるまでに決められなかった。ありのままを話せばいいのだろうか。……勿論、かい摘まんで。
「サヤと、ともに生きようと思う」
 悩まずにいるのは無理だと彼女は言う。ならばいっそ苦悩し突き放そうとしている時にさえ、傍にいてほしい。
 セシルは青褪めて私を見ていた。見覚えのある表情だが、思い出せない。……ああ、これは……。
「……僕は反対です」
 かつて甲冑の向こうに見た顔だ。
「あなたが、大切に想う者がいるのは嬉しい。だけどサヤは……二人が愛し合うのは……受け入れられない」
 何故サヤなのかと吐き捨てて、蒼白な顔で逃げるように立ち去ってしまった。なすすべもなくミシディアに帰ってきたが、当然気分は晴れない。祝福してくれるか不安もあったが、セシルならばきっとと思ってもいた。……何故ああも絶望的な顔で?

「で、一人で行っちゃったの?」
 他人ならば認められずとも問題ない。しかし相手がセシルでは捨て置けぬ事態だ。彼に関しては四天王に相談もできず、サヤに打ち明けるしかなかった。
 反対されたと知れば落ち込むだろうか。私との仲を考え直されては困る。……サヤは、怒っていた。
「裏切り者! なんでわたしも連れてってくれないの? 『おにいさんをください』ってやりたかったのに……」
 くだらないことを本気で残念がっているサヤを見て少し気が楽になった。
 大体それは立場が逆ではないのか。いや、私の場合「ください」と言うべき相手がいないが……強いてあげるならばセオドアあたりにでも言えばいいのか。
「セシルに反対されるとは思わなかった……」
 想像以上に落ち込んでいた。やはり心底受け入れられたわけではないのか? 幸福を望んでもらえるほどには、打ち解けられていないのか。
「っていうか、本気でわかんないの?」
 気づけばサヤが呆れ返って私を見ていた。彼女にはセシルの絶望が理解できるのだろうか。
「……自分だって渋りまくってたくせに、セシルがどうしてわたしを嫌がるかわかんないの?」
「サヤを嫌がっているとは思えないが」
 真剣に返したのだが、当の彼女は出来の悪い子供でも見るように盛大に溜息をついた。分からないな。私が何を見落としているのか。
「ゴルベーザはセシルのお兄ちゃんなんだよ。家族は作ることができるけど、二人は……たった二人きりなんだよ」

 月の民の血を引いて、しかし青き星に生まれ落ち……ようやく出会えた肉親の目の前で、セシルはこちらを選び、私は旅立ちを選んだ。
 しかし今の彼には妻がいて子供もいる。セシルだけの家族を手に入れ、この地に帰る場所が……。
「そうか……」
 孤独の中で手を伸ばし続けてようやく手に入れた掛け替えのないものを、今度はサヤに捨てさせようとしている。自らが手にして、その大切さを痛感しているのに、他者にそれを捨てよと求めるのは。
 セオドアならば。或いは他の誰かなら……この世に確固たるものがあれば、捨てさせただけのものを与えられよう。私には奪うことしかできない。永遠の別れを受け入れさせ、ここにいてくれと縋ることしか……。
 私が乗り越えられずにいる感情に、セシルもまた振り回されているのだな。
「どうすればいいのだろう……」
 理解できてしまえばかえって見当もつかない。今更サヤを手放すことはできず、セシルに苦しめとも言えない。本当に、どうすればいいのか。

 サヤが拗ねたように唇を尖らせ、そっぽを向いた。……拗ねているのとは違うのか? 少し頬が赤いような……。
「べつに不幸になるわけじゃないのにね」
 いつか別れは来る。今がその時だというだけのこと。いとも簡単に言い切り笑ってみせるが、……そう単純に割り切れるはずがない。理不尽に失うことと、自覚しながら捨てるのとは違うだろう。
「セシルはちゃんとわかってくれるよ。自分がわたしの立場だったら、って考えたらね」
「……そうだろうか」
 サヤを想う気持ちが分かりすぎるだけに、このまま反対され続けるとめげそうだ。
「帰る場所なんかあったって、ローザ置いて帰れるわけないじゃん」
「……お前もそうなのか」
「……ま、しばらく間をあけて、もっかい話しに行こうね。セオドアとローザにも入ってもらって」
 あくまでも口には出さないつもりだな。その動揺が答えのような気もするが……。
「ゴルベーザは自分が欲しいものばっか考えるから、混乱しちゃうんだよ」
「……そうだな」
 だがお前に何を捧げればいいか分からないんだ。……喜ばれるような何かを、私は持っていないから。
「なんか違う」
 違うのか。怒らせても仕方のない身勝手さだと、自分では思っているのだがな。
「ゴルベーザが、欲しいとか返せないとか、それ以前にわたしが……だから……わたしだって、」
 何やらもごもごと声を小さくして俯いてしまった。微かに「わたしだってあげたいって思ってる」と聞こえたのは、おそらく気のせいだろう。

「私がお前を捨てても、お前は私を選ぶのか?」
 家族よりも生まれ落ちた世界よりも、何よりも好きだと言ってくれるのか。
「…………」
「音がしそうな勢いで赤くなったな」
「うるさい!」
「……それで、どうなんだ」
 うっと言葉に詰まったサヤが睨みつけてきた。諦めの悪い男だと思っているだろう。……今更だな。
「うぅ。だ、から……家族に対する好きとか、また違うわけで、ですね。捨てるとか、求められてるからとかじゃなくてですね。単にわたしが……ですよ。うん」
「つまり?」
「だから! ゴルベーザが、す、すー……。す、酢昆布が食べたい」
「……」
「……」
 いつも思うのだが、ごまかすにしてももう少し言葉を選べないのか。
「強情な奴だ」
 その気持ちが真実だというなら少しは素直になってほしい。理解はできても不安は拭えないのだから。……先日などは堪えきれずに自白剤を買ってしまった……と打ち明ければ素直になるだろうか。無駄遣いするなと怒られて終わる気もする。
「夜は素直になるのにな……」
「制裁!!」
 サヤの拳を傷つけてしまうから甲冑は危険だと避けていた。しかしせめて腹当てぐらいはつけていようか。革製か、それとも魔法効果のあるローブか。やはり今からでも、もう一度白魔法の特訓をしようか。
「……あの、大丈夫? なんかもろに入っちゃったけど」
 今は答えられないから少し待ってくれ……。
「ちゃんと……好き……だよ。聞こえてなくてもいいけど!」
「……ありがとう」
 内に疎ましい闇を抱えながら、それでも想いを捨てられない。セシルは、分かってくれるだろうか。

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