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娘っ子


 手持ち無沙汰で、閉じた本をまた開いたり、眺めたり、閉じたり。……っあのどっちか決めてほしいんだけど。わたしもゴルベーザも、黙り込んで並んだまま。重い沈黙じゃないけど……なんか既に恥ずかしいんだもん。
「……ど、どうするの?」
「ん?」
 ん、じゃなくてさ……。その場の勢いでってのもイヤだけど、冷静になればそれも、にっちもさっちもいかなくなりそうだよ。
「……一緒に寝る? ……なんちゃっ、」
「いいのか」
「え」
「え?」
「いや、あの、」
「嫌なのか?」
「そ、そうじゃなくて」
 なんだこの空気。なんだこの空気ー! いっそ洗脳してくれた方が……って、それじゃ前と同じなのか。受け止めたいって、受け入れようって、でもそれは今すぐなの? ……そんな雰囲気じゃない。だけどゴルベーザは部屋に戻る気配もなくて。あ、頭こんがらがってきた。

「……あ、あのさ」
「ああ」
「子供……できると思う?」
 耐えられなくて、だけど話を変えることもできずにぶつけてみた。ゴルベーザは不思議そうな顔で首を傾げる。そんなのやってみなきゃ分からない、って感じかな。いやわたしが言いたいのはそういうことじゃないんだけど。
 仮にできたとして……その子はどっちの世界の子供なんだろう。わたしみたいに魔力のかけらもない人間になるの? もし、「あっちの世界の存在」として生まれ落ちたら……馴染めるものなの? わたしとこの世界の人との、違いの大きさを知りすぎて怖いんだ。根本的に「全く違う生き物」だとしたら。
 子供、できないならまだいい。だけど生まれてしまってから、必要な何かが足りないって知ったら。赤ちゃんが母親からもらうはずの何かが、この世界では当然存在してるはずの何かが、わたしには備わってなかったら。
「セオドアにだって、月の民の血が流れてて……じゃあ、わたしの子供には異世界人の血が流れてるの?」
「……そうなるな」
「それって、大丈夫なの? あっちと、ホントに違うんだ。全然違うんだよ……」
 魔力だってないし、すぐに死んじゃうし、そのくせ生や死はいつも少し遠くにあるんだ。あっちにだって明日の命の心配をしなきゃいけない人はいて、だけどそんな次元を越えた差を見すぎてしまった。精神も肉体も、芯から違うんだよ。
 ……大丈夫なのか、誰にもわからない。わたしにわからないのにゴルベーザに聞いてどうするの? どうしようもないことだって。ただひたすら怖いだけ。この恐怖を誰かに受け継がせることが、怖いだけ。
「……私には、」
 答えなんて出ない。わかってる……。
「私には、一緒に苦しんでくれとしか、言えない」
「……うん」
 この人の両親は、そのときどんな気持ちだっただろう。未知の扉を開くのは怖い。最初の一人になるのは怖い。追いかけるべき背中すらなくて……ああ、でも、一人ってわけじゃないんだ。

「……あのさ」
「ああ」
「抱き着いてもいい?」
 反射的に頷きかけて、はっと息をのんでわたしを見た。返事を聞く前に思いっ切り抱き着いてみた。薄い寝巻き越しに心音を感じて、その速さに少し嬉しくなる。そっと背中にまわされた腕がとても温かい。
 生きた人間なんだ。いまさら強く強く実感してる。……ちゃんと触れてる。心から繋がることも、できる。あの時とは違うから……きっと大丈夫。
「ゴルベーザに抱かれてると安心する」
「サヤ……今の台詞をもう一度よく考えてみるといい」
「ごめん忘れて……忘れて! 変な意味じゃないから!」
 ばっかじゃないの何言ってるのわたし。頬が熱くなってる。抱き着いててよかった。ゴルベーザからは見えないはず……。
「耳が赤いな……」
「見るな言うな忘れろー!」
 優しいくせにしっかり抱き留めてた腕が、不意に離れた。思わず肩に埋めた顔を上げた途端、
「んっ、む……」
 顔、近いっ……ていうかこれって、『チューするのかと思った……』あああ、しちゃった。第一、それ以上のことまでもう……ルカ、初めて会ったあの時もう、それ以上だったみたいだよ、ごめん。結果的に嘘ついちゃった。
 汚されたなんて思わない。だって触れ方があまりにも優しくて、繰り返し交わる唇が熱くて……言葉よりもずっと、後悔と切望が伝わってくる。意地になって息するのを我慢して、限界超えて口を開いたら。
 ……今度は優しくしてくれるつもりみたいだ。貪るような激しさはなく、ゆっくり舌が絡まってくる。導かれて躍らされて、湿った音を絶え間無く響かせて、離れてくっついてを繰り返しながら……なんか妙な背徳感があった。
 そりゃ恥ずかしくて当たり前なんだけど。異常。ありえないくらい恥ずかしい。これ、耐えられるのかな。

「……っは、ぁ」
「……どうしようか」
「な、何が?」
 さっきまで日常だったと思うんだけど、変な空気に紛れていつの間にかゴルベーザの雰囲気が変わってた。そんな急にその気になれるものかな。それとも押し隠してただけかな……。
「どちらの体勢で塗り替えようかと、思ってな」
「……え?」
 意味がよく、わかりません。って、言おうとしたら、お尻を掴まれて膝に乗せられた。子供をあやすような体勢、でもそんな健全さは微塵もなく、どちらの体勢って一体……と視線を逸らした先に、あのロッドが。
「……うあー! どっちってそういう意味かー!」
 とりあえず引っつかんで投げ捨てた。壁と床で何度か跳ねて、背後でカンコンカンって軽い音。
「何も投げずともいいだろう」
「い、いらないでしょ、あれ!」
「まあな。今は代替品など必要ない」
 それはつまり前にできなかったことをするってことで、それはつまりできることなら前にもしたかったってこと、で。ねえ何なの、その邪悪な笑顔。そりゃクリスタルも輝かないってもんですよ。
「……薬も塗ってやろうか?」
「いらないよ! ……まだ」
 でもなんかすごい楽しそうで……悪戯っ子みたいな表情が可愛くて、欲情を隠さない目が色っぽいから、だから……まあ、いっか。
「……あのね、わたし、ゴルベーザのこと……」
 好きだから。先に言っとかないと変な下心を感じそうだから。だけどちゃんと声になったかわからない……また唇を塞がれて、聞こえた? って尋ねることもできずに。
 歯茎から頬っぺたの裏まで、歯の一本一本まできっちり舐めまわされて、そういえば酔っ払ってチューして舌噛みちぎられた歌手がいたなぁなんてバカなこと思い出してみるけど、気を逸らせなかった。

 逃げられない自信があるのか、体を支える手が離れて下へ下へ伸びていく。下着の上からすっと指でなぞられて、無意識に制止しようとしたわたしの手が、夜着をめくりあげるもう片方との間で迷った。どっちも止められない。
 教訓、寝巻きは上下きちんと着ましょう。あたふた手を動かしてる隙に唇が離れて、めくりあげた裾をゴルベーザがくわえた。っていうかそんなくらいなら脱ぐから、恥ずかしいマネしないでほしい。
「あ、あの……っん! ぁ……」
 抗議失敗。足の付け根に差し入れられた指が下着を食い込ませるように動いて、布が張り付く感触からそこで何が起きてるか思い知らされる。調子づいた指は下着をずらして入り込み、冷静さが掻き消えた。やり場のない両手はいつの間にかゴルベーザの肩の上に、押し返しもせずぎゅっと掴んでる。
 持ち上げられた布の向こうに、揉みしだかれる胸がチラチラ見えて……うわーわたし……なにやってんだ、わたしたち。正気でいるってこんなに恥ずかしいものだっけ?
 しかも寝巻きをくわえたままのゴルベーザが、冷たい目がわたしをじっと見てるのに気づいちゃって。……冷たく見えるのにぎらついて、睨んでるのかってくらい強くて、責める動きは緩慢でも……余裕のなさも求める強さも、その視線から感じてしまう。
 よく集中すれば、力を入れすぎないように不自然に強張った指が、ぬめりを帯びて掻き回すぎこちなさが、わかってしまう。
「あ、っく……ぅ……!」
 だから多分、
「んっ……ふ、ぅ……んん」
 きっと、
「や、やっ……ぁ……め……」
 いやだってだけは、言っちゃいけないんだ。抑えちゃいけない。大丈夫だから、恥ずかしいだけだから、拒絶しないから、ちゃんとわかってる、から……、もっとして、って?
「……っん、……い、言えなっ……」
 むりでした。ごめん。ごめんなさい。こういうときホントの弱さが出る。気遣って、安心させてあげられるような言葉、出てこない。だったらせめて行動で、と、ゴルベーザの肩を掴んでた手で自分から服を脱いで。戸惑う視線を見ないように下着も脱い、で……、間抜けなことに寒さでくしゃみを一つ。
「……サヤ」
「寒い、から……あっためて」
 後で冷静に考えたら、こんなセリフの方がよっぽど恥ずかしいのに。

 受け入れたのは、何者かもわからない無機物じゃなくて、闇も光も内包した、確かな熱を持って脈打つ、他の誰でもない、あなただから。
「いっ……あ、ぅ……」
「……大丈夫、か」
 大丈夫じゃない! 痛い! 裂けそう! ……でも前よりマシだ、なんて正確に伝える余裕はないからとりあえず。
「う、ん……」
 痛くて痛くて痛くて……なのに、どうしてこんな、幸せなのかな。言葉にならないほど痛くてつらくて、なのに……嬉しい。繋がってるのが、それを実感できることが、明日も覚えてられることが。
「……嬉しい」
「……本当か?」
「嬉しい。……幸せ。嬉しい。嬉しい……大好き」
「っ、サヤ……ちょっと、待ってくれ」
「大好き、大好き、大好き……ゴルベーザが好き、ずっと、ずっと」
 体の中に埋め込まれた塊がぐっと反り返って、
「お前は……普段は言わないくせに……っ」
「……言わなくても……いつも同じ気持ちだよ……」
 苦痛、不安、恐怖、ぜんぶ、どんな闇も。ただ心地よさと愛おしさだけが胸に残る。それを与えてくれるのが好きな人なら。
 ……わかったんだ。わたし、こっちの世界を選んだんじゃない。ただゴルベーザがほしかっただけ。あっちに帰ったら、いないんだもん。手に入らなくなるんだもん。それが我慢ならないから、もうずっと、あなたのためだけに存在してるんだよ。
「……動いてもいいよ」
「もう少し、このままでいたい」
「うん……」
 熱いなぁ。すごく熱い。重いし、痛くて、嬉しい……。こんなに強く、生きてるってこと実感してる。幸せなんだ。ちゃんと幸せになれるんだ。わたしもゴルベーザも、この世界で、生きてていいんだ……。

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