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娘っ子


 違う世界の人間になるなんてホント楽じゃない。それじゃあ明日パワーをメテオにー、いいですともー! なんてお昼12時のノリで見てたけど……、すごく真面目な魔法入門書にさえ、のっけから「精神力をロッドに溜めて」とか「掌に魔力を集中して」とかワケわかんないこと書いてるし。現実と物語の境界線が違う。
 寝る前は勉強。魔法について学び始めた一日目の今夜……早くも挫折した。いわゆる第七感とかなんとかってものを、学ぶまでもなく意識してるのが魔道士って存在らしい。生まれ落ちた瞬間から違う空気を吸って生きてきた。常識なんて、そう簡単には変えられない。
 無理だ。わたし、無理。魔法使ってみたかったけど……いいや。人には向き不向きってもんがあるんだよ! 悔しくなんかないもんね!

 ヤケクソ気味に本を閉じたところで部屋の戸が開かれて、無言のままゴルベーザが入ってきた。ノックしろよーとか言える雰囲気じゃなく、異常に暗い。あれ、どうして? 晩御飯のとき普通だったよね。
「どうしたの、大丈夫?」
 返事もせずにふらふらと寄ってきたゴルベーザが、ベッドに腰掛ける。被ってた布団をのけて隣に座って、とりあえず言葉を待ってみる。
「……サヤ」
「う、うん」
 なんだ、なんなんだ。その神妙な顔、重々しい声。またなんか勝手に悩んでるのかな。とっとと打ち明けてほしい。引っ張られると緊張しちゃうか、ら、
「子供が欲しい」
 ああ、……ああ、うん。なんか、美味しいらしいよね。カイナッツォとスカルミリョーネが唯一話が合うところだよね。ゴルベーザの配下になってからは食べてないって言葉、信じたいね。聞いてもないのに自己申告してきたのが怖いけど。バルバリシア様やルビカンテには聞けないし聞きたくない。
 って、食べるの? そんなわけないよね? じゃ、じゃあ何なの。子供ほしいって。……小姓ってやつ? これ以上ヒトを養う余裕ないよ。わたしとゴルベーザだけならまだ、もらった畑と皆が狩ってくる謎の肉でもってるけど。
 ……そうじゃないよね。うん。ホントはわかってる。とりあえず混乱してみただけ。
「えっ、と……わ、わたしに言ってるんだよね」
「他に誰がいるんだ」
いないよね〜、他の人にそんなこと言ってても腹立つしね〜。……でもわたしに言われても困る。こんな夜にさ、寝っ転がってるとこにいきなり入ってきて、ベッドに並んで「子供ほしい」って。どう反応したらいいのか……。
「えーっと……お、おやすみ!」
「待て」
 何も浮かばなくて逃げ戻った布団から、短すぎる言葉で腕を掴まれて引きずり出された。だって、だって、子供ほしいなんて! 早すぎるし、重すぎる。

 家族がほしい。切実で、悲しいくらい純粋な願い。いつだったかローザに聞いたことがある。「セシルは自分に家族がいたことが本当に嬉しかったんだって」世界中どこにも自分の根拠を持たない不安はとてもよく理解できて、当たり前のようにゴルベーザも感じてるはずの。
 居場所がほしい。自分のための場所がほしい。家族がほしい。ここに居てもいいって、居てほしいって言われたい。求められたい。……叶えてあげたい。だけど、でも!
 越えなきゃならない一線を見ないふりできるほど鈍くない。興味本位では越えられない。責任の重さに足踏み状態、それ以前にもっと単純な不安も、ある。……怖いんだもん。
 一人遊びじゃない何かが、わたしにはまだ怖い。それがわかってるからゴルベーザは今まで何も言わなかったんだ。わかってくれてるって、わたしも知ってるから、……どうしたらいいのか。
 ただ若さに任せてやりたいやりたいって迫ってくるようなバカなら、ぶん殴って止めるとか、ちょっと流されてみたりとかもできる。だけどゴルベーザの後ろに控えた言葉が、子供とか家族とか人生なんて重苦しい文字に足が竦む。まだ子供でいたいって、思ってしまう。
「……ごめ、ん……わたし無理だよ……怖いもん……」
「……どれが怖い? 子供を作ることか、行為そのものか。それとも私が怖いか?」
「ゴルベーザは怖くない。……けど、他は全部、怖いかな……」
 怒ったふうでもなく焦ってもない。ちゃんと一つ一つ聞いてくれそうな雰囲気にちょっと安心できた。
「あまり思い出してほしくもないが、忘れたのか?」
「え、……え? 意味わかんないんだけど」

 突然立ち上がったゴルベーザは、また何も言わずに部屋を出て行って、隣の部屋でなにかごそごそした後すぐに戻ってきた。その手にはロッドが。
「……見覚えはないか」
 そう言われても、ロッドなんていっぱい持ってるじゃん、って喉元まで出かかって。何かが引っ掛かった。見覚えあるかと聞かれると、ない。月での戦いの最中も使ってなかったと思う。だけど何か、何かが、警鐘を鳴らすってこういうのかな。頭の中が普通とは逆方向にフル回転してる。
 思い出すな、思い出すな、思い出さない方がいい! このなだらかな波打つフォルムが妙に危険な感じ。どうしてだろう。ただのロッドなのに。さっさと引っ込めろこの変態! って罵りたくなる、これ、
「っあああああ覚えてない覚えてないなんっにも覚えてないぃぃ!」
「ついでに、もう一つ思い出してみるか?」
「えええっ? な、なんもないよ、もう何もないでしょ!?」
 っていうか忘れといてよゴルベーザのバカ。あんな、あんな……恥ずかしいだけの思い出なんか。欲求不満でもないのに、たかが治療であんな……でも明らかにあれ、最後はもう……え、あれっ?
「……あの時も、わたしのこと、……あの、そういう目で見てたの?」
「………………どうだろうな」
 曖昧にはぐらかして、ゴルベーザが手を伸ばしてきた。こめかみの辺りをそっと撫でられて、眠いような酔っ払ったような、ふわふわした変な気持ちになる。
「何故あの時、私のところに来たのか……覚えているか」
 急に声が遠くなった気がする。不思議と不安はなかったから、落ち着いて言葉の意味を考える。なぜって、だから……。
「体中痛くて……薬、もらおうと……」
「何処が痛かったんだ?」
「ど、どこって」
 なんだこれ、新手のセクハラ? っていうか、あの時わたし「どうして」なんて考えてなかった。とにかく痛くて痛くて、ゴルベーザなら助けてくれると思って……、

 ……いや、変だ。今の今まで何もなかったはずの場所に、見慣れない記憶が乗っかってる。どうしてあんな場所が痛かったのか、はっきり覚えてる。そんなはずないのに。ちょ、ちょ、ちょっと待って、なにこれどういう……ああ!
「記憶消してたの!?」
「私が消したわけではないが」
「だって、あ、うわあああなんだこれ!」
 唐突に蘇った記憶、が……あ、あ、ありえない。今度はホントに混乱してる。あの痛みも全部ゴルベーザのせいで、だけど元はと言えばわたしのせいで、っていうかわたし、やっちゃっ……知らない間に処女を取られてる……しかも、いま急に、実感できちゃってる。ついさっきまで存在しなかった記憶が、ふっつーに当たり前の顔して事実を訴えてる。
「こ、これ、ひどくない? 洒落にならなくない?」
「謝りたいのは山々だが今となっては、あれが……私だったのか、分からないんだ」
「あ…………、」
 責任者出てこーい。……もう、いないのか。なんてことしてくれたんだよバカって、誰にも怒れないのか。……泣き叫びたいほどショックなのに、あの時わたしは確かにゴルベーザを受け入れてて、そんな気持ちまでハッキリ思い出しちゃうと……。
「ずるい……ひどい……」
「サヤ……」
「べつに、そんな、死ぬほど大事にしてたわけじゃない、けど……こんなの、」
「サヤ、もう一度忘れたいならば、消してやれるが」
「そうじゃなくて! ……じゃなくて、なんで……忘れさせたの……」
 聞いたって、わかるはずないのに。今のゴルベーザには。
「……もう、忘れさせようとは思わない。新たに刻む記憶は私だけのものだ」
 怒りも悲しみも愛情も、全部引っくるめて混じり合っちゃって、区別がつかない。越えられなくて戸惑ってた線は実はとっくに跳び越してて、それでも怖いものは怖くて、……だけど、あげたいって気持ちもやっぱり、あの時から変わってないんだ。家族になってあげたい。わたしの全部預けて……自信ないけど、ゴルベーザの全部受け止めてあげたい。
 ……まだただのガキんちょなわたしに、のしかかる責任はすごくすごく重いけど、背伸びしてでもそれに届いたら。絶対、ゴルベーザは、一緒に背負ってくれるよね。

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