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父親


 セシルには内密で話がしたいと、伯父さんから呼び出された。バロンに来てくれるという話もあったけど、父さんに知られないために僕がミシディアへ来ることになって。
 サヤさんはカインさんに呼び出されて家にはいない。何だろう。何の用事なんだろう。二人きりで伯父さんと向かい合って、部屋の外にはルビカンテさんが待機している。この異様な空気……ちょっと怖い。
「セオドア……」
「は、はい」
 重々しい口を開いたかと思えば、僕の名を呼んだっきりまた黙り込む。無言の時間がたっぷり満ちていく。
「ゴルベーザ様。逃げていても事態は変わりません」
「あ、ああ……分かっている」
 扉の外から急かすような声がした。本当に、何の話なんだろう。相変わらず空気は張り詰めてるけど、オロオロと視線を泳がせている姿を見てると緊張は和らいだ。

 父さんに内緒って聞いたときは、伯父さん自身の話か父さんの話かなと思ったんだけど……。サヤさんもいないなら、少しは見えてくる、かな?
「……セオドア、サヤをどう思っているんだ」
「どうって……大好きですけど」
 どうして固まってしまうんですか、僕なにか間違えたんだろうか。だってそんなこと今更なのに。勘違いの余地もないほど僕らの間には何もないし……父さんは時々、暴走するけど……まさかこの人まで感化された? それは少し困る。
「お前は素直に言うのにな……」
「えっ?」
 バルバリシアさんからも似たようなことを聞かれたけど、今度のは牽制なんかじゃない。もう少し違う角度の不安? 僕がどう思ってるかじゃなくて……、
「あ、もしかして、」
 サヤさんの気持ちを見失ってるのかな。……また、と思うけど仕方がないのか。この二人は傍から見るよりずっと複雑な関係らしい。
 ゼムスという人間が、生きてどこかに存在してれば、まだよかった。いなくなってしまった人の記憶って強大だ。でも……過去のサヤさんを僕は知らないけど、今の彼女は確実にあなたを見ているのに。
「もしかして、何だ?」
「いえ……口に出さなくても、サヤさんはあなたが好きですよ」
 ウッと喉を詰まらせて気まずそうに目を逸らし、溜め息をつく。言わない彼女も悪い。でも言えない性格だって分かってあげられないあなたも悪い。……どっちもどっち、です。
「サヤに結婚を申し込んだのだが」
「ええっ!? 恋愛だったんです、か……」
 しまったと思った時にはもう遅い。つい口をついた言葉は想像を超えた勢いで伯父さんの胸を刺したらしい。
「す、すみません。あの、その、似合わないとか、そんな意味ではなくて」
「いや、いいんだ……自分でもそう思うのだからな」
 いえ、自分でだけは思っちゃいけないのでは。だけどそんな話を全然聞かされなかったのはショックだ。ああでも、父さんに知られたら……迷ってる暇がないくらい話が大きくなってしまう。
 ……いっそ、話しちゃおうかな。他人の後押しがなきゃサヤさんは無理なんじゃないかな。相手がこの人では尚更。

 それにしても、結婚しようと申し込んで承諾されて、まだ悩んでるんだろうかこの人は。それも、サヤさんが自分をどう思ってるか……なんて根本的なことで。
「彼女の気持ちを確かめたいなら、子供が欲しいなんて言ってみては?」
「またそれか……」
 また? 他にも誰かそう言ったのかな。……だって父親とは子供を作れないでしょう。そんな直接的にでなければ確かめ合えないのかと僕も思うけど、口約束で安心できないなら他に方法なんてあるのかな。
 それとも、別に安心なんてしたくないのかもしれない。不安定な関係に慣れすぎて、満たされるのが怖いのだろうか。
 僕はいつも『かつて過ごした時間があるのに』って思うけど、彼らからすればその記憶は……別れにしか辿り着かないんだ。縋れるわけ、ないか。

「以前とは違う関係に、ならなきゃ」
 サヤさんが昔と同じ姿で現れて、四天王もそばにいる……過去と現在の境界線が分からないから不安なのではないか、と。
「違う関係か……」
 そう、例えば。しばらく二人きりで暮らしてみるとか?
「元の世界を捨てると言うんだ。もう帰らないと。……私のために」
「それで罪悪感を?」
 こくんと頷いた表情は少し嬉しそうで、そんな自分をまだ嫌悪してるみたいだ。難しい人達だなぁ……だからこそ愛おしくて放っておけない。
 あれだけ本音を隠したがってた彼女が、やっとそれを口に出せたなら、小さくても確実に進んでるんだ。
「そんなこと、知らなかったのはあなただけなんですよ」
「何……?」
 ずっと、この大地に帰ることを考えてた。元の世界に戻ることよりも……。彼女の未来をここで生きる決意を固めてた。
「あなたが自分を責めるのが怖くて言わなかっただけで。でも、傷つけてもいいと思うほど、あなたが欲しくなったんですね」
 この人にだけはやけに過敏に、繊細に反応していた。踏み込むのを怖れて遠くからそっと窺うだけだった。ようやく壁を打ち壊す気になったんだ。それが他の誰でもない、この人の言葉がきっかけなら……よかった。ホントによかった。
「……手に入れてもいいのだろうか」
「もちろんです! サヤさんだって、あなたのものになりたがってるんだから」
 本当に、もうずっと前から。……ってどうして突っ伏しているんだろう。何故か部屋の外からも変な音がした。何か妙なこと、言ったかな……。
「セオドア……お前はもう少し言葉を選んでくれ」
「え、……は、はい」
 何が悪かったんだろう。だって彼女はこの地に立つ理由を、ただ一人のためにと定めたがってるのに。当のあなたがそれを遠慮してるなんて悲しい。……何がいけなかったんだろう? 何も間違ってないはずだけど。

「……と、とにかく、早くまとめて、二人でバロンに報告に来てくださいね」
「ああ……」
 父さんも母さんも、きっと喜ぶ。ちょっと喜びすぎるかもしれないけど。舞い上がった父さんを見るのもそれはそれで悪くない。
「あと、サヤさんには僕が知ってるって、言わない方がいいと思います」
「何故だ?」
「だってサヤさん……僕の伯母さんになるんですよ」
「分かった、言わないでおく」
 取りやめにすると言い兼ねない。いくらなんでもそんな理由で? ……いや、彼女に逃げ道を作らない方がいい。父さんや母さんから見ると義理のお姉さんになる、なんて。「それは無理だー!」って、その場の勢いで逃げ出してしまう。
 幸せになるのに、躊躇なんてしないでほしい。あなた達の笑顔を望んでる人間だって、たくさんいるんです。

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