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世界


 なんてアブノーマルな。そんな趣味ないんだけど。わたしの右手に鉄の輪がかかってる。そこから繋がる鎖の反対側にはゴルベーザの左手が。なんだこれ。手錠です。いや、なんで? っていうかわたしいつの間に寝た? なんでゴルベーザと一緒に寝てるの?
 もしかして、パロムなのかな……。意味わかんないんですけど。行方不明になっちゃえとか言っといて、これじゃ真逆じゃないの。

 ……よく寝てるなぁ。爆睡することもあるんだね。寝顔を見られるなんて想像もしてなかったなぁ、なんかすっごい違和感がある。いつもはこんなにじっくり見つめないし。寝顔は意外と幼いなんてよく言うけど、ふつうにオッサンだね。
 わたしゴルベーザのこと、男の人として見てるのかな。好きだし、大好きだし、傍にいたい。わたしを見ててほしい。……だけどもう今更って感じで、いろんな想いが混じってわからない。どんなふうに好き? ゴルベーザはわかってるのかな。わたしのこと女として見てるのかな。……ロリコン?
 結婚っていうより、家族になる。それでいいならいいよね。家族ができれば……居場所が……。いいことだって、わたしも思ったのになぁ。好きって言われて嬉しくなったのに。なんでかな。あっちの世界、捨てよう。二度と帰らない。もう、そう言っちゃおうかな。言えば困って罪悪感でまた傷つくんだ。
 嘘だとしか思ってくれない……、ただの強がりにしないでよ。わたし、ゴルベーザを選んじゃダメなの? 家族を捨ててまでこっちを選んじゃダメなの? 思う存分怒り散らしたあとは泣けてきた。縛るものがなきゃいけないのかな。結婚とか、愛してるとか、形や理由がなきゃ……言葉がなきゃダメなのかな。わかんないんだよ。ただもう失いたくないってだけで傍にいる。
 ……皆ここにあるのに帰れないよ。帰りたいのに、帰りたいって思うことがもう苦しい。いやだな。ああーいやだ。大切なのに、好きなのに、今のゴルベーザにはすんなり言えない。言えない理由なんてもっと言えない。

 まだ目を覚まさない。こんな静かな夜なら、なにか吐き出すチャンスなのに。……っていうか、よく考えたら変だよ。なんで起きないの? 繋がれた手を振ってみても無反応。重いなぁ、腕だけなのに。こんなに重いのにゴルベーザのこと背負えるのかな。
 わたし、あなたのこと知らないんだよ。きっと何も知らない。過ごしてきた時間は偽物なんかじゃないって、思いたいけど……やっぱり空っぽなんだよね。あなたは確かに記憶を持ってるけど、わたしが一緒に過ごした人は狭間にいるんだ。ゴルベーザであってゴルベーザじゃない。あの時初めて触れ合って、心のどっかで拒絶されて……ああ、まだ全然遠いんだって、多分お互いに思った。まだ足りないんだよ。
「…………あ、」
 スリプルかかってるのかもってふと思ったり。寝てるにしてはあまりにも動かないし。わたしがいるのに気配で起きないはずないもん。殴ったら目が覚めるかな。グーでいいかな。……まぁいいや、平手打ちにしてあげよう。
 体をねじって自由な方の左手で頬を叩く。パチンと軽い音がして、しばらくしてからのそーっと起き上がった。なんか寝ぼけてるようなのでもう一回、と手を振り上げたのを捕まえられた。
「何故殴るんだ……」
「その前にこれ気にしない? 普通」
「……なんだこれは」
 何っていうか手錠だよね。ゴルベーザが無理やり眠らされるくらいなら四天王も協力してるんだろうなぁ。もっと直接的になんとかしてほしかった。にっちもさっちもいかなくて、考える気力も尽きかけてる。
 そりゃ自分でなんとかしなきゃいけないことなのは、わかってるけど……、うん。手錠のせいで逃げられない。追い詰められると何でもできるかもね。せっかく示してもらった道だから、ちょっと走ってみようか。

「あのさ、結婚するのやめてみない?」
「……は?」
 突然すぎて、怒りとかより先に驚きで埋めつくされてるみたい。無防備な表情が見慣れなくて面白い。
「何にも縛るものがなくなって、帰る方法も見つかったし、もうわたしがここにいる理由ってないよね」
 だから結婚するんでしょ。理由を作り直すために。あの頃と同じだよね。変わってないんだ。いてほしいって思われてるから、ここにいる。そうじゃなくてさ、家族ってそうじゃないでしょ。仕方なく一緒にいるんじゃないんだよ。いい加減に信じてよ。
「結婚なんかしたらまた、帰れない理由ができちゃう」
「……理由があっては、いけないのか? ……それがなければサヤは去ってしまうだろう」
 ほら傷ついた。わたしがゴルベーザを選ぶって、当たり前のことに気づけない。信じられるものがなかったから。本当に何もなかったって自覚しちゃったから、だから前と同じことしようとしてる。
「ちょっとだけ聞いてくれる?」
 少し迷いながら頷いて、珍しく目を逸らさないでいてくれたから、なけなしの勇気がわいた。
「わたしはもう元の世界を捨てる。だからこっちの世界の人になれるまで、待ってほしい……。帰れない理由なんかなくても、必要も意味もなくても、ここにいたいの。いつか普通に家を出て独り立ちするみたいに、自分の意思でゴルベーザを選びたい……。求められてるからとかじゃなくて、」
 ……わたしはゴルベーザと一緒にいたい。一緒に生きたい。だから、まるごと信じられるようになったら、わたしの家族になってほしい。

「……駄目だ」
「……えええっ」
 ここで拒絶って、マジですか? どこが駄目だったのかわからない。結婚しないことがダメ、なら譲歩はできるけど。わたしの言いたいことをわかってくれたなら。
「お前が私を選ぶのは素直に喜ぼう。だが信じられるまで待てというのは不可能だ」
「……わたしなんか信じられないってこと?」
「サヤが許容してくれたところで私には私が許せない。どうして信じろと言うんだ」
「じゃ、じゃあ……許せるようになるまで、」
 言いかけたところでゴルベーザが左手をあげた。繋がれたわたしの右手も引っ張られる。空いた手でお互いの手錠のわっかを掴んでちぎっ……ちぎっ、た!
「すすす素手で!? ばっ」
 馬鹿力……。月の民ってすごい。その馬鹿力で腕を引き寄せられて、抱きすくめられる。
「縛るものがなくても傍にいるなどと、お前がいくら言い聞かせても私には信じられない。自分にその価値があるなどとは未来永劫思えん。訪れぬ時をずっと待ち続けろと言うのか」
 なんかもしかしてすごい勢いで怒ってる? このビリビリきてるのって殺気? わたしやばいの? 死ぬの?
「言葉でも理由でも縛れぬならば、この手で縛るだけだ……」
「だってそれじゃ……ずっと、失うのを恐れなきゃなんないよ」
「構うものか。恐れている限り今は私のものだと実感できる」
 な、なにこれ。前向きなのか後ろ向きなのかわかんない。

「……サヤ。お前が逃げられるのは、力で私に抗った時だけだ……。待たせることも離れることも許さない」
 だから、そんなふうにがんじがらめにしなくたって大丈夫なことを信じてほしいんだけどな。……ああでも、わたしが力で敵うわけないのに、例えそれが苦しみを消すためでも洗脳なんかしない……、ゴルベーザはわたしの意思を残してる。最後の一線、ホントにギリギリの危ういところで、信じてくれてるのかもしれない。
 できないものはできないんだよ。……そりゃそうだよ。わたしだって何度痛感したことか! わたしはゴルベーザに信じてほしい。だけど、それはできないってこうもはっきり言われると……じゃあ仕方ないねって言うしかないじゃん。

「……もういいや」
 縛っておかなきゃ安心できないなら、そうすればいい。許せない内は傷つけばいい。わたしも耐えられなくなったら暴れるもん。いつかどっちかが折れたら、その時に勝負が決まる。
「信じなくてもいいけど……わたしは元の世界よりゴルベーザを選んだからね」
 複雑そうな顔で、それでも腕の力を緩めて、ぶっ壊れた手錠をぶら下げたままの左手でわたしの頬を撫でた。がむしゃらじゃない。ちょっとだけ埋まった気がする……。
 感情のままぶつけたけど、壊れなかったなぁ。こうやって少しずつ、でいいのかな。いろいろとすっ飛ばしてきたから戸惑うんだよね。もうこれ以上ないほど近くにいるのに、打ち解けてないから。
 初めて、喧嘩みたいなこと、できたのかも。ちゃんと本当のこと言ってくれたもん。まあいいか。とりあえず。

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