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道化


 結婚……結婚ねえ。サヤって確かオレ達と同じぐらいの年なんだよな。年下にしか見えないが。結婚か。ポロムもレオノーラも自分のことみたいに喜んでたがオレには理解できないな。特にここ最近は、めちゃくちゃ機嫌悪いじゃないか。よく人目を避けて苛々してる。……今も。
「よぉ、何やってるんだ?」
「べつに、ぼーっとしてるだけ」
「ふーん。ところでさぁ、結婚式はいつ挙げるか決めたのか」
 分かりやすくサヤの表情が凍った。結婚前はいろいろ不安になるもんだって聞いたが、そういう感じじゃない。もっと純粋な怒りを感じる。
「結婚式ね。さあね。しないんじゃないの?」
「やめるのか」
「さあ。ゴルベーザに聞いたら?」
 オレに怒るなよな。何があったのかも知らないのに、宥められないだろ。

「あんたさぁ、この世界の人間じゃないんだよな」
 もうそんなこと分からないぐらい馴染んでるけど。幻獣だってずっと留まりはしない。用が済めば自分の居場所に還る。……そんな存在が結婚? あっさり決断なんてできるものか? 祝福だけで済ませられるべきじゃない。現に今だって帰る方法探してるじゃないか。
「元の世界に帰りたいって思わないのか?」
「思うよー」
「……帰る方法、なくはないんだよな?」
「そうだねー」
「帰らないのか?」
「帰る気ないよー」
「バカにしてんのかよ、あんた」
「へっ?」
 ……くそ、こいつ無自覚だ……。なんで暢気でいられるんだよ。元の世界に帰りたいって言いながら、どうして結婚だなんだって言えるんだ。あれだけ執着してるやつらに何も言わないで、なんで一人でイラついてるんだよ。
「わっかんねえな、昔のオレなんかよりよっぽどガキくさいくせに」
「ぷぷ……その歳で『昔』だって……ばかじゃないの」
「……あんたって時々やけに辛辣だよな」
「わたしの愛情はせまーい範囲に配るだけで精一杯なの」
 もうほとんど持ってかれちゃったし、と呟く声が冷ややかだった。……誰に? とは聞ける雰囲気じゃない。分からない。

 あいつらにだって、帰りたいって言うじゃないか。元の世界への想いを隠そうともしない。でも帰る気はない? ……実はすごく恨んでるんじゃないか。そう思われても仕方ないぞ、あんたの言動。
「帰る気なんかないって、せまーい範囲のやつらを安心させてやろうと思わないのか?」
「言って安心すると思う?」
「え」
 なんか、ヤバイ空気だ。からからに乾いて今にも爆発しそうな。案の定噴き出た怒りは止まらなかった。

「わたしが帰る気ないって言ったって信じないよ。ずっと重く考えやがるんだよあいつらは。わたしのことなんて信用してないの。心のどっかでいつも、サヤは元の世界に帰りたいって考えてる、それを縛りつけてるんだって後ろめたいの。バカじゃない? ほんとバカじゃない? わたしはもう、心置きなく元の世界になんか帰れないんだよ! こっちを選んじゃったんだ! 家族も友達も生活も思い出も未来も、全部捨てちゃったんだ。自分の意思で! 今更どのツラ下げてってやつだよ! ……そりゃ帰りたいよ。わたしの生まれた場所なんだよ。忘れられないよ。でも……あっちに帰っても、ごめんねって伝えて、またこっちに戻って……戻って来れるって確信できなきゃ帰れない。わたしの居場所、もう、ここなんだもん! それをあいつら、全然わかってないんだよ! わかろうとしないんだ! いつまでも!! バカだよ!!」

 しまった。迂闊に突くんじゃなかった。こんなに溜め込んでたのか……。まあ、そりゃあ腹立つよな。ここまで想われてんのに肝心なとこでサヤを信用してないんだ、あいつら。か弱いだけの、守ってやらなきゃどうしようもないガキだと思ってんだ。
 ……そりゃ腹立つよな。分からなくはない。ていうかすげえ分かるけど。……ああ、言ったって通じないよな。あのオッサンも四天王も、溺愛してる分だけ気遣って遠慮してる。それが距離になってんのに。一肌脱いでやりたいけど、どうしたもんかなぁ。
「……なんかもう、すごくイヤなんだ」
「ん?」
「こんな気持ち隠して皆の前で健気なふりしてる自分がやだ」
 わたしはもう汚れている……って? いや、ある意味すごく健気ではあると思うけどな。もどかしい、よな。相手を理解したうえでの嘘だ。可哀相な被害者を演じ続けてさ。しかもそれで相手が救われてるわけでもない。
 サヤがこちらの世界を選んでいると知ったら。四天王はどうだか知らない。けどゴルベーザはまた傷つくだろうな。……あーあ、ガキに気遣わせてんなよ、カッコ悪いなぁ。自分がサヤを大事にしまくってるのに、返ってくるものは見えないのか。

「……行方不明になっちゃえば?」
「……?」
「二三日あいつらが混乱してんの見届けたら戻ってきて、そんで絶望してるやつらの前にいきなり現れて『信じないお前らが悪いんだ、ばーか』って言ってやれ」
「パロム性格悪い」
「なんだよ、いい考えだろ」
「うん、すごく。すっきりしそう」
 気遣ってがんじがらめになってるなら、いっそのこと思い切り傷つけて大喧嘩でもした方がマシだ。
「あんたとは気が合いそうだと思ってたんだよな」
「……それはどうかな」
 えっ、そこ否定されると思わなかったんだけど。一緒にいて煩わしいことがないんだよな。そっちだってオレ相手ならいくらでも愚痴吐けて楽だろうに。
「だってまだ、わだかまりがあるでしょ?」
「あー……」
 まっすぐ見つめてくるサヤの視線に面影が浮かんだ。途端に苛々が沸いて来る。わだかまりか、確かになくなっちゃいないけど。
「でもそれはアンタとは」
「関係ないことは一つもありません」
「そうですか」

 でもまあ、もうほとんど……どうでもいいって気分になりつつある。サヤのおかげというか、あんたのせいというか。そりゃ腹立たしい目に合わされたのは事実だが、あいつがセシルに何も言わないのにオレがあいつに何かしたら……まるでオレが悪者みたいじゃないか。少なくともポロムとレオノーラはそう判断する。くそ、女ってやつは……。
「……わたしがいなくなってカイナッツォが取り乱してるのとか見たら、恨みなんて吹っ飛ぶかもね」
「それは想像するだけでも笑える」
「……取り乱すかわかんないけどね……」
 サヤがいなくなったら。ゴルベーザとルビカンテとあのねえちゃんは間違いないな。アンデッドのやつも、多分。……あいつは……。
「取り乱すだろ。絶対」
「そうかな」
「そうだよ」
「そうかぁ」
「そうだ」
 なんか馬鹿みたいな会話だなぁ。天才にあるまじき失態、でもないか。言ってみるだけで楽になることもある。
「……パロムとは気が合うかもね」
「だから言っただろ?」

 未来の親友候補のために、ちょっと頑張ってみるかな。いつまでも罪悪感に縛られてたんじゃお互いに踏ん切りつかないだろ。確かなものを得る前に想いが深くなりすぎて、身動きとれなくなってる。ここはきっと、他人が必要なところだろう。

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