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ルビカンテ


「サヤさん……怒ってますか……?」
「……セオドアには、ちょっとだけ」
「セオドアには……、私に……は?」
「しゃべっていいって言ってない」
「す、すまない」
 部屋の隅でうろうろと歩き回りながらサヤを見つめるルビカンテ。セオドアは微妙な面持ちで二人を眺めていた。
 セオドアが逃げ出した4日後、バロン城に魔物が攻め寄せた。見事に露出の激しい女性型モンスターばかりだったものだから、城内はいろんな意味で大騒ぎだった。
 軍勢を煽りながらパニックに陥っていたバルバリシアを引きずり連れ帰ったのはスカルミリョーネで、カイナッツォがセオドアに事の次第を伝えて行った。と言ってもただ『サヤが帰って来ないのだが知らないか』というだけの話なのだが。
 サヤがいない。それはセオドアにとっても心配なことだったが、ミシディアの彼らにとっては自分の命と同じほどに重大だった。ちなみにルビカンテもいないことに気づいていたのはカイナッツォだけだった。
 ゴルベーザは魔導船まで使いミシディア周辺を徹底的にさらっていたが、数日前の会話については、サヤがいないという事実に掻き消されていたらしい。

「いろいろと……大変でした……」
「うん……わたしも……」
 呟きながら二人して横目でルビカンテを見据える。無言の責めに耐え兼ね、ルビカンテは慌てて目を逸らせた。セオドアは深く後悔していた。どうも居づらい空気を感じて逃げてしまったが、こんなことになるなら、しっかり傍についていればよかった。
 気を失ったサヤがルビカンテに抱えられて戻ってきたのは、あの日から1週間も経ってからだった。
「……本当に……迷惑でした……」
「うん……わたしも……」
 何の事はない。彼女は皆が恐れたように、元の世界に帰ったわけではなかった。ただ……ただ、ルビカンテに誘拐されていただけだった。サヤのやつれ具合とそれに反した二人の肌の輝きを見れば、聞かずともおおよそのことは分かっている。迎えた皆は何も言わず、聞かず、帰ったときには無傷だったルビカンテはミシディアに入ってから3日ほど、瀕死で伏せっていた。
 その後サヤは自身の回復と皆へのフォロー、ルビカンテの最低限の安全の確保に忙しく、今ようやく、久しぶりにセオドアと話しているのだった。

「結局、ローザはなんだって?」
「それが、その……ちょっとつついてみたかったんだそうです」
「……わたしを?」
「というか、その周辺をと言いますか」
「……わたしが飲んでセシルを見ちゃってたりしたら、どうしたのかな」
「聞いてみたんですけど……」
「効果はすぐ切れるし、それはそれで面白いかな」
「……ハイ、そう言ってました」
「ローザ……恐ろしい子……。多分セオドアを狙ってたんだろうけど」
「でしょうね……」
「大人って」
「馬鹿ですよね」
 またも二人分の視線を受けてルビカンテはいたたまれなさに逃げ出したくなった。しかし二人きりにしてしまうのも不安で、相変わらず部屋の隅をうろうろする。

 ある程度満足すれば帰るつもりだった。……満足しなかったのだ。魔力とアイテムでサヤの命を繋ぎながら、根負けするまで攻めて攻めて攻めて、ようやく好きという一言を勝ち取ったときには、驚くほど時間が経っていた。
「でも、結果的にはよかったんでしょうか」
「わたしはもっと普通にゆっくり進みたかった」
「…………」
「…………」
「……同じような顔で見ないでくれ」
 全面的にルビカンテが悪いと、本人も分かってはいたが、サヤへの想いを自覚し、それが叶い、浮かれてしまいたい時期の今この扱い。つらい。さらにルビカンテはゴルベーザからも『サヤへの接触禁止』が言い渡されていた。いつ解けるのかは彼女の気持ち次第だ。堪え難い。目の前にいるのに触れることすら許されない。
 多少暴走してしまったのは事実だが、何も年がら年中抱いていたいわけではないのだから。心と体が繋がった今はもう怖いものなどない。……だから、触れるぐらい……いいではないか……。事前にあれだけ苦しんだのに……。

「そういえば、ルビカンテの泣き顔見ちゃったよ」
「!! サヤ、その話は……」
「ルビカンテさんが……!」
「あの時は殊勝で可愛かったのに〜」
「そ、想像できないんですが」
 つらい。あれから誰かに会うごとに死にかけて、サヤに放置されて、セオドアにまで少し軽蔑された気もして、一体いつまで続くのだろうか。それもやはり彼女次第だ。……触りたい。目の前にいるのに!
「セオドアも見せてもらえばいいよ」
「そんな機会があるでしょうか」
「今でもいいよね?」
「い、いや、それは」
「できたらゴルベーザに頼んであげてもいいよ」
「ぐっ…………し、しかし……」
「すでに泣きそうではありますけど」
 ……本当につらい。サヤと結ばれた喜びを思う様味わえたなら、どうということもない苦痛なのに。一体いつまで……。

***


 別に純真無垢な乙女を気取るわけではない。恋人同士の甘い行為に特別な夢をみていたわけでもない。ルビカンテと結ばれたこと自体は嬉しかったが、サヤの怒りはもっと単純で強大だった。痛かったのだ。いく、というのはきっと天国に行くのだと思っていたが、現実は生き地獄だった。
 ルビカンテもそれなりにサヤの体を気遣かっていたが、魔物基準のいたわりなどあてにならないと思い知った。気絶するまで攻め倒されては回復を待ち、それが何度も繰り返された。
 本当に死ぬかと思った。途中など傷や体力どころか処女膜まで再生された。馬鹿である。どう考えても鬼畜だし変態だ。紳士から優しさをとったら何も残らないのではないか。
 冷静になり状況も落ち着いた今、サヤは改めて怒りに燃えていた。ルビカンテは落ち込んでいる。だが反省はしていない。それを敏感に感じ取り、どうにも許してやる気になれずにいた。
 実際のところルビカンテは風攻めにあい毒におかされ溺れ死にかけた揚句に隕石まで降ってきて傷を癒す間にもセオドアから厭味を投げ付けられていたのだが、寝込んでいたサヤはそれを知らない。

「最後に触れてから一週間だ」
「…………」
「まだ怒っているのか」
「…………」
「ゴルベーザ様はもう許して下さったんだが」
「…………」
「サヤ……」
 あくまでも沈黙を崩さないサヤに、ルビカンテは重い溜息をついた。ゴルベーザの許可を得ても、肝心の彼女自身が触れられることを拒んでいる。何もしないからと懇願しても、黙って拒絶の意を示すのみ。

 怒りはまた諦めでもある。どうせ自分が折れるのだとサヤは知っていた。自制させてへこませた揚句にルビカンテが暴走するとどうなるのか、身をもって知ってしまったのだから。少しくらい怒りに浸らせてほしいと考えていた。
「私もそろそろ限界だ……」
「一週間くらい、ルビカンテには一瞬じゃない」
「だから焦っているんじゃないか」
 ちぐはぐな答えに首を傾げる。人よりずっと長い時を生きる魔物に、一瞬の時間が待てないのかという思い。そして気づいた。一気に怒りが融解してしまったのを、複雑な気持ちで自覚した。
「……気づくのに、時間をかけすぎた。今までの埋め合わせをしたいんだ……」
 時間なんて、一瞬で過ぎ去ってしまうから。せっかく手に入れたばかりなのに失うことなど考えたくない。みすみす喜ばせるのも癪だが、サヤとてルビカンテを悲しませるのは嫌だった。のそりと立ち上がり、ルビカンテに歩み寄る。待ち構えていた腕の中に閉じ込められ、体中でその熱を感じた。

「もうちょっと、紳士的になってね」
「努力はしよう」
「一週間に2回まで、一日3回まで」
「……足りないんだが」
「それ以上はわたしが持たない!」
「回復すれば、」
「嫌いになるよ」
「……努力はしよう……」
 努力だけなら誰でもできるんだけどな、とまた辛辣なことを考える。言葉だけだ。嫌いになんかなるわけがない。『許してくれ』と言わないルビカンテは、よく分かっているのだろう。分かっていることをサヤも知っている。
 例え離れても、もうしっかりと繋がっているから、簡単に切れたりはしない。二度と失うものか。触れ合う肌の熱の他にもっと確かなものを手に入れたから、意味のない怒りに甘えるくらい構わないだろう。

「一応言っとくけど……」
「ん?」
「わたしの方が先輩なんだから」
「……何のことか分からないんだが」
 先に好きになったのは。……言ってあげないけど。胸の内で意地の悪い笑みを浮かべ、サヤは目を閉じる。
「待て、この状況で寝ないでくれ」
「なにかしたら、また冷却期間だからねー。おやすみ」
「サヤ……!」
 悲しませるのは嫌だが、困らせるのは楽しい。どうせお互い様なのだから。対等の立場になった喜びに微笑みながら、最も安全で危険な腕の中、眠りについた。

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