─back to menu─

ルビカンテ


 一夜が明けた。ルビカンテは昨日と同じ場所で泉を見つめていた。渦巻くのは後悔。何かに突き動かされるままサヤにぶつけた気持ちが、あれほどの強い想いが、どこへ行ったのか。今はなぜか胸に穴が空いたように、苦痛すら感じない。何もない。もう、何も。なぜだ?
「うわ、焼け野原!?」
 背後から聞こえた声は妙に白々しく、ルビカンテは振り返ることができなかった。足元を見る。知らず燻らせていた熱が、周囲の草を焼き払っていた。昨夜サヤがいた辺りも今は乾いた土ばかり。すべて消そうとしているのか。誰が?
「埋もれた財宝なんてないと思うよ。何か見つかった?」
「……何も」
「そう」
 いっそ冷たいほどに明るくサヤが頷く。やっぱり。だから言ったのに。やっぱり。やっぱり。水面に想いの残滓が反響した。心が揺らぐ。
「わたしのこと、愛してなんか、いなかったんだよ」
「違う!」
 サヤは受け入れてはくれなかった。今になって、あれがただの優しさだと分かる。拒絶は後悔を無くすため。それでもなお、ルビカンテを傷つけまいと流されてくれたにすぎない。すべてサヤの優しさだった。それだけだ。他に何もなかった。それがルビカンテを空虚な気分にさせる。

 サヤは受け入れなかった。ルビカンテの立場は変わらない。……いつも通り、見守るだけ。遠くから、サヤと、誰かの幸せを。
『他の男など見るな』
偽りだったなら、なぜ……。拒絶された悲しみと、純粋で淫らな欲だけが残されているのか。サヤがいなければ。サヤでなければ、この炎を消すことなどできない。ああそうだ、偽りではなかったんだ。真実だったのは拒絶だけで、だからこんなに、こんなにも……。
「……ルビカンテ?」
 呼ばないでくれ。もう二度と私を、見ないでくれ。手に入らないと……知ってから気づくなんて。
 沈黙を訝しみ、終わりを求めて、すべて消し去り元に戻すために、サヤが歩み寄る。同じだけルビカンテは後退った。
「ルビカンテっ!」
 泉のふちで躓き、体が浮く。引き戻そうと伸ばされた腕はルビカンテに届いたが、その弱さに悲しくなるだけだった。いっそ消えてしまいたい。





 気づけば目の前には慌てふためくサヤがいた。全身ずぶ濡れでルビカンテの顔を覗き込む。うまく働かない頭でぼんやりと、早く乾かして温まらなければ風邪を引いてしまうと、火を起こそうとして……自分の体が冷え切っているのに気づいた。

 自分の体温を移すように必死で抱きかかえながらサヤは、誰かを呼びに行かなければと焦っていた。自分には何もできない。無力さへの後悔ならあとでするから、とにかく今はルビカンテを助けなければ。しかしこの場に放って行けるはずがない。抱えて行く力もない。まさかこんなことで死んでしまうとは思わないが、ルビカンテが目の前で苦しんでいるのは事実だった。
 掠れた囁きと共に、ルビカンテの手がぴくりと動いた。サヤがその手をとり、強く握る。

 右手から熱が伝わってきた。サヤに触れたかった。声が聞きたい。笑いかけてほしい。もっと近づきたい。だが、今までと同じでは駄目だった。もう戻れない。
「ルビカンテ……なんで……」
 なぜ、手に入らないのだろう。ルビカンテの体中から熱が溢れる。サヤを焼き尽くしてしまいそうで、怖くて、怖くて、狂ってしまったのだろうかと怯えていた。自分の意思ではなかった時は、あんなに満たされていたのに。

「サヤ」
 腕の中の呼び声。
「サヤ……」
 瞼に唇が触れた。
「魔物のくせに……男のくせに、泣かないでよ……」

 サヤ、好きだ
 君がほしいんだ
 傷つけられても
 優しさに甘えてでも

「欲しくてたまらないんだ……自分ではもう、止めることが、」
 唇が塞がれる。炎が二人を取り巻いた。すべてを焼き尽くす熱の中で、サヤの体がルビカンテに重なる。そっと寄せた頬が、炎に照らされ赤く染まっていた。
「……仕方ないから、あげようかな」

***


 繋いだ手は力強く、しかし座り込んだサヤにもたれ掛かり肩に顔を埋めたルビカンテは、到底回復したとは言い難かった。それでも密着した体は彼女が離れることを許さない。
「ね、やっぱり休んだほうが、」
「嫌だ」
「……駄々っ子か!」
「君が、熱を……私に……サヤの熱を……私にくれ……」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
 譫言のように呟きながら、ルビカンテの手が濡れた衣服を脱がせていく。さらされた素肌。胸の曲線を水が滴り、陽光を弾いて落ちた。サヤの抵抗をかい潜り、下から押し上げるように揉みしだく。荒々しい愛撫に柔らかな乳房がぐにゃぐにゃと歪んだ。寒さで起立していた乳首を口に含み強く吸い上げる。
「んっ、ま、待っ、ねぇって、あぁッ」
 拒絶の言葉を言わせたくなくて、性急に責め立てる。カリカリと歯を立てながら舌先で突き、胸を責めるのとは別の手がサヤの背後から下腹部に伸びる。肌にはりついた下着の上から指を沿わせ、全体で強く擦りあげた。
「あ、はぁっ、んっあぁっ、は、あ、あっ」
 サヤを手放すことがただひたすら恐ろしかった。もう何も分からない。愛されたい、優しさがほしい。今までのように、今まで以上に、受け入れてほしい。
 ……そんなことはもういい。どうせ手に入らないなら、せめて今だけでも自分のものにしてしまおう。想いが錯綜して何が本心なのかすら。傷ついてもいい。傷つけても……サヤを、傷つけても……?
「あ、あ、っ、く……い、いい加減っにぃ〜!」
「ぐぉっ、…………」
 責めの隙を縫ってサヤが叩き込んだ拳は、吸い込まれるように鳩尾に入った。普段ならどうということもない攻撃が弱り切ったルビカンテを追い詰める。更に辿った思考と状況から、精神的なダメージは致命傷だった。

「……えっ、ごめん、大丈夫?」
 前のめりに蹲ったまま動かないルビカンテを見て、さすがにサヤも声をかける。が、反撃を恐れて距離をとりながらの謝罪だった。離れゆく熱に縋って伸ばした腕がぴしゃりと叩き落とされ、ルビカンテは崩れ落ちた。額に触れる地肌が冷たい。
「いくらなんでも真っ昼間は、ないな」
「……このままだと私は泉に沈んだまま浮かび上がれない」
「沈んでればいいと思うよ」
「…………」
 あまりの言葉にもう一度泣きかけたルビカンテだが、サヤもまた今の脅しは最悪だと憤っていた。命なんか盾にしなくても、もう何も、縛るものなどないのだから。太陽の下ですべて明るみに出て、あとはもう焦る必要はなかった。流されることなく穏やかに、素直になるだけで。
 しかしふと思い直す。ルビカンテはまだ馬鹿、いや、混乱したままかもしれない。そしてもしそうならば、それは誰のせいだったか。
「サヤ……私はもう駄目だ……」
「ふぅん……」
 やっぱり馬鹿モードだと再確認しつつサヤは迷う。一応年頃の娘としてそういった行為に興味はあるものの、昨日の今日だとはいえ真っ昼間に、人の来ない片隅にしても街中で。まだ理性の残るサヤには堪え難かった。が……。

「…………」
 もはや倒れ伏したまま動かないルビカンテを見遣る。このまま放っておけば回復するはずだけれど、しないのだろう。理論ではなく感情で。それにきっと、動かなければ望ましい展開にはならない。
「……テレポストーンが、あったらよかった」
 サヤの呟いた言葉は分からなかったが、おおよその意図はルビカンテにも理解できた。のそりと起き上がると訝しげな視線をよそに懐を探り、小さな模型を取り出した。
「……いや、えっと……そういう問題じゃなく」
「ならば……」
 よろよろと歩み寄り、戻りきらない魔力を凝縮させる。二人を包み込んだ闇が晴れると、街を囲む林から少し離れた場所にいた。
「……今は、これが、」
 限界だと口にすることもできず、消耗したものを取り戻そうとサヤに縋る。その弱り切った姿を見てサヤはふと、どこまで持つか試したい欲求に駆られた。さすがに洒落にならないから実行はしないが、後々の自分の体を思えば、弱らせるだけ弱らせた方が。そっとルビカンテの手からコテージを受け取り、地面に設置する。空間が歪み簡素な休息施設が出現した。

「……あのね」
「あ、ああ」
「服取ってきて」
「…………」
 涙目のルビカンテが再び闇に消えるのを見つめながら、サヤはホッと溜息をついた。
「あー、コテージ入っちゃったら回復しちゃうじゃん……」

3/7
[←*] | [#→]


[menu]


dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -