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ルビカンテ


 混乱した頭にまともな考え方などできるはずもなく……。サヤは途方に暮れる思いで夕闇を見つめていた。泉の水を撫でる風が冷たい。ルビカンテが自分に何を求めているのかは、抱きしめる腕から嫌というほど伝わっていたし、ゴルベーザの言葉の意味も理解していた。
 だがその裏には、サヤだけが認識している事実がある。まず間違いなくあのジュースが原因だった。こんな状況に追い込まれたからには、惚れ薬の類いでも入っていたのだろう。
 問題はそれだった。好かれている。今までとは違う意味で。……それはルビカンテの本心ではないと、サヤが知っているのに当人は知らないのだ。答えの出しようがなかった。

「サヤ」
「わあっ」
「逃げないでくれ」
「追いかけちゃうかなぁ、普通……」
 今は惚れているサヤに拒絶されて、ルビカンテは傷つくかもしれない。だがそれで行動を控えてくれれば、あとはあの飲み物の効果が抜けるのを待つだけでよかった……はずだったのに。
「どうすれば受け入れてくれる?」
「受け入れないかもしれない、とは思わないの」
「私はもう自覚してしまった。……逃がす気はない」
 それでは最初から選択肢がないじゃないか。正気に戻ったときに後悔するのは、どちらかといえばルビカンテのほうだ。サヤには逃げ道がある。優しさゆえに流されるという逃げ道が。そして、例え少ない中からでも進むべき道を自分で選ぶことが許されている。
 ルビカンテは自分の意思ではなく突き進むことしかできないのだから、止めるならサヤが、踏み留まらなければならない。手酷く拒絶してでも。

「わたしに好きな人がいたら、どうすんの?」
「…………」
「いや、例えばの話だけどね! ……やっぱいい、返事しないで」
 ルビカンテの目が細められ、周囲の気温が一気に下がった気がした。聞かなくても聞きたくない答えを知ってしまったのだろうか。これが勝負ならサヤに勝ち目などない。いつも甘やかされている分だけ、すぐにほだされてしまうだろう。自分の決意に何の力もないとサヤは自覚していた。
 冷ややかにも見える笑みを浮かべたルビカンテがにじり寄り、歩調を合わせるようにサヤが後退る。無駄な足掻きだとしても。
「わたし、ルビカンテのこと、嫌い、だし」
「嘘だな」
「……そういう自信過剰なところがっ」
 厄介なんだと叫ぼうとして泉のふちで躓く。水面に投げ出されそうになった体をルビカンテが抱き留めた。
「サヤ。私を受け入れるんだ」
「んっ、……」
 またも近づいてきた唇を、今度は拒否せず受け止めた。面倒になったのかもしれない。すべて時間の流れに任せてしまえばいいと。それとも触れ方が優しかったからだろうか。拒絶して、傷つけたいわけじゃない。……半端に受け入れてしまったら、あとでつらいのはルビカンテなのに。

「サヤ……愛している……」
 酔ったようなふわふわとした抱擁に、抱きしめ返すこともできず立ち尽くしていた。せめて本当のことを言わなければ。思考力が鈍ったわけではないのなら、少しは落ち着いて考えてくれるかもしれない。愛されるのは嬉しい。だけど、それが嘘だと分かっているのに。相手だけが真実だと信じているなんて。
「ルビカンテは……わたしのことなんて愛してない」
「何を言う」
「やっぱりあのジュース、なんか入ってたんだ。ルビカンテの言う通りだったね」
「サヤ……私の愛が信じられないのか?」
「明日まで待って……じゃなきゃ、きっと後悔する」
「明日には偽りに変わるとしても、今この瞬間には真実だ」
 駄目だった。一度燃え盛りはじめた炎を消すほどの、冷ややかな何かを、サヤは持たなかった。流されて得た後悔はあんなにも苦いのに。何もせずにいるのは嫌なのに。ただ、自分の満足のために、抵抗しないでいるんじゃないのか。泣きたい気持ちのまま、サヤは何度目かの口付けを受け入れる。

***


「もーやだ。もー嫌い……ルビカンテなんか嫌い」
「……嘘だとしても傷つくんだが」
「本当に嫌い。……大っ嫌い」
「それでも私はサヤが好きだよ」
 傷つくと言いながらどこか嬉しそうなルビカンテは、一時受け入れられた喜びに浸っていた。それを全身で感じ取るサヤは。
「…………」
「サヤ……、なぜ泣くんだ」
「……嫌だから」
 この世界で出会って、失って、取り戻して、……好きになったのは本当なのに。天と地の間で重なり合い、愛を囁くのは一体何のためなのか。こんなにつらいだけの感情が恋愛であるはずがないと、サヤは泣いていた。明日すべて消えるとしても今だけ愛し合うことはできるが、何も得られはしない。
「サヤ……」
 なりふり構わず、傷つき、傷つけられても、それでも欲しいと想われたなら。それはどんなに幸せなことだろう。だがこれは嘘だ。どんな甘い囁きも優しい抱擁にも、虚しさしか感じない。サヤは視線を合わせないまま手を伸ばした。
「絶対、最後までしないでね。それだけは嫌……堪えられない」
「……君が望むなら」
 言い終わるやルビカンテはサヤに口付ける。求めるよりも与えるために。この想いが嘘だとサヤは言う。ならば今、真実に変えてしまえばいいと思っていた。もうずっと愛している。ただ少し形が変わり、そこに欲を伴うようになっただけだ。何を迷う必要があるのか。

 明日戻ってくるものが本当の自分だとしても、この記憶が残っていれば変化に順応するのはたやすいだろう。サヤは一度、受け入れてくれたのだから。
「愛している……」
 今一度確かめるように呟きながら、サヤの服に手を入れる。手の平をあて下着越しに胸を覆うと、重力に流れ歪んだ乳房を柔らかく揉み、襟元から覗く素肌に吸いついた。緩やかな優しい愛撫と、痕を刻みつける強い口付けに、サヤの体が震えた。
「ん……あ、っ……」

 せめて今日、傷つけまいと、サヤはルビカンテにしがみつく。明日を知りつつまた流されている自分を憎みながら。ルビカンテの手が宥めるように体を撫でた。優しくされるほど悲しいなら、いっそ無理矢理犯された方がよかっただろうか。傷つくのが自分だけならば。しかしそれはできない。サヤが傷つけば、ルビカンテの心が余計に痛むのだから。
 服の上を這い素肌には決して触れない熱がもどかしく、サヤが身をよじると、ルビカンテの手が見透かしたように直接胸を揉みはじめた。その感触そのものより、目線を下げた先で手の動きに合わせなまめかしく蠢く服と、サヤの表情ひとつも逃すまいと見つめてくる瞳が、体温を上げていく。
「はぁっ……ん、ぅう」
 愛していると知り、それを受け入れてもらえるならば、他に何もいらないのに。下着をずらし、中心に触れないように下から胸を揺らす。歪められた乳房が服に擦れ、小さく尖った先端に微かな刺激が走った。
 急速な時間の流れを望みながら穏やかさに身を任せ、サヤは涙の乾いた頬をルビカンテに擦り寄せた。体の奥からゆっくりとせりあがってくる感覚がある。
「っ……きら、い……」
「……一度だけ、好きだと言ってくれないか」
「……んん……っふ、ぁ……」
「サヤ……」
 明日には嘘に戻る。明日には真実になる。二人は互いに正反対の想いを抱きながら、明日の訪れだけを支えに、そっと重なり続けた。

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