─back to menu─

ルビカンテ


 ローザから預かったと言い、セオドアが持ってきたものだった。ほのかに甘い香りのする何の変哲もないジュースのようだが、それを前に三人は膠着している。
「人の好意を頭から疑うなんてルビカンテらしくないと思う」
「しかし妙な気配というか、本当に嫌な予感がするんだ」
「ここまで言うんだから、やめておいたほうがいいんじゃ……」
「セオドアまでそんなこと言う! ローザがせっかくくれたのに、疑うなんて失礼だよ!」
「だが……せめて毒味をさせてくれないか?」
「珍しいものだって言ってましたから、体質に合わないのかもしれませんし」
「……もういい、飲んでみればわかるよ!」
「サヤ、待て!」
 堂々巡りの会話に痺れを切らし、一息に飲み干そうとするサヤの手から、ルビカンテが咄嗟に杯を奪い取る。何かを言われる前にいっそ自分が飲んでしまえば、多少の毒ならどうということもないし、サヤが被害に合うよりは……。一瞬の内に思考が駆け巡り、中の液体を飲み下す。数秒の間の後、放心したルビカンテが杯を取り落とした。軽く間抜けな衝撃音が続く。茫然としていた。サヤもセオドアも茫然としていた。

「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……何も……問題ない」
「ほら、だから言ったのにー! わたしだって飲みたかった!」
「でもなんだか様子がおかしいような」
「ねえ、美味しかった? どんな味だった?」
「ああ…………」
 じっとサヤを見つめると、おもむろに顎に手をかけ、口付けた。呆気にとられたサヤが口を開くと、柔らかい肉塊をくわえさせられる。頬を内側から舐めあげ、歯列をなぞり舌を搦め捕る。果肉を貪るように、深く何度も角度を変えて繰り返す。目を見開くセオドアと視線が合って、両者赤面。
「んー!? んむむむ!!」
 我にかえり暴れるサヤの、顎を掴んだまま腰を引き寄せる。離せという言葉のかわりにどんどんと胸を叩くがびくともしない。思う存分サヤの口腔を蹂躙した後、満足げに口を離すと、どちらのものとも知れない唾液が二人の舌に糸を引き、セオドアが居づらそうに視線を逸らした。
「……このような味だった」
「はあっ!? 味っ、味なんかわかんな……」
「ではもう一度教えてやろう」
「わあああっやめやめやめ!!」
 慌ててルビカンテの口を抑え、背をのけ反らせて逃げる。近づこうとする力と押し返そうとする力に挟まれ、サヤの手が震えた。

「えっと、僕、そろそろ帰ろうかな」
「この状況でわたしを置いて逃げるの!?」
 キッとセオドアを睨んだのも束の間、すぐさまルビカンテの手に引き戻される。強くつかまれた顎の痛みでぎゅっと目を閉じたサヤの耳に、低い囁きが滑り込む。
「私以外の男を見るな……」
 混乱だった。むしろ錯乱に近い。やっぱり何かの毒だったんだろうか、ルビカンテがぶっ壊れちゃった。それよりも、何か自分が一番被害を受けそうな気配が、サヤには恐ろしかった。自由なはずの瞳までがルビカンテに釘付けになり、一瞬サヤの思考が消える。

***


「……どういう状況だ?」
「わかんないっ」
 サヤは未だルビカンテの腕の中にいた。抱きすくめられて振り返ることもできず、かけられた声の主に期待を寄せる。セオドアには逃げられた。命の危機というわけでもないし、助けは必要ないと判断されたらしい。
 大体セオドアにはどことなくルビカンテ贔屓なところがある。なんかよく分からないけど彼ならきっと大丈夫、などと楽観的に考えているに違いない。しかし、ゴルベーザなら! ルビカンテの意思よりサヤを優先してくれるはずだ。ルビカンテとて、命を捧げた上司に逆らうはずがない。
「ゴルベーザ様、私のサヤに無断で話し掛けないで頂きたい」
「お前のだと? そうか……邪魔をしたな」
「ちょっと待てえええっ!」
 突如拳を震わせ雄叫びをあげたサヤに、二人の男が不思議そうに首を傾げる。その様子は彼女に見えねども、どうやら自分以外みんな頭がおかしいらしいと絶望していた。
「なんか変だと思わないの!?」
「何がおかしいんだ? 君のすべてが私のものだというのは事実だろう」
「ルビカンテが言うならそうなのだろうな」
 馬鹿だこいつら馬鹿なんだ大人なんて肝心なときにはいつも役に立たない。いや、そんなこと考えちゃいけない、二人とも大事な人なんだから。ルビカンテのいつものまともっぷりが仇になってるだけなんだ。思考がぐるぐると円を描き、理性と良識の力でなんとか元の場所に着地する。

「どうして急にそんなふうになっちゃうの? さっきまで普通だったじゃん」
「私はいたって平静だが」
「とりあえず、離して! 普通にしゃべらせて」
 必死の懇願にルビカンテは渋々と腕の力を緩める。ようやく少し解放されたサヤが大きく伸びをし、ゴルベーザを振り返ろうとした途端、また力のこもった腕の中に拘束され、後ろ頭を固定される。
「私以外を見るんじゃない」
「……どう思う?」
「……確かに、少し妙だな」
 この期に及んで少しというのが不満だったが、ゴルベーザからの疑念はルビカンテに動揺を与えた。自分としては、いつも通りにサヤを慈しんでいるにすぎないのに、何がおかしいというのか。彼女がそれを拒否しているらしいのも不満だった。

「ルビカンテ。サヤが私を見るのが不満なのか?」
「いえ、そのようなことでは……」
 問われて初めてルビカンテは考える。ゴルベーザに不満などあるわけがない。サヤとの絆にしても、むしろもっと深まるべきものだと思っていたぐらいで……、……だが、
「……サヤの目が、他の男に向けられるのは……」
「では女ならば?」
「……」
「バルバリシアなら」
「嫌です」
「そうか……サヤ、悪いが私は力になれん。これはお前達二人の問題だ」
 あっさりと身を翻し去って行ったゴルベーザを、二人して茫然と見送っていた。その問い掛けの意味が。ルビカンテは自分の変化を自覚し戸惑う。サヤは見捨てられた気分になり憤る。

「私は……」
「なんでこんなことになっちゃうの?」
「君が好きだ」
「そんなの前からじゃない」
「違う。保護者としてではなく、男として見られたいんだ」
「そんなの……急に言われたって、わかんないよ!」
 力任せに振り払われた腕。離れて初めて二人の目が合った。距離が詰められる前に、それを先に逸らしたのはサヤだった。
「サヤ……」
 優しさのない、ひたすらに求めるだけの声。いつもの力強さも余裕もなく、縋るような弱さが、今は疎ましかった。
「……知らない。わかんない!」
 サヤが走り去り、残されたのは拒絶だけだった。

1/7
[←*] | [#→]


[menu]


dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -