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存在


「サヤが来たけれど、どうするのかしら?」
 ちょっと苛立ちを隠しきれなかったわたしの声に、似たような二つの視線が返された。
 なんでも仲間内にはすごい早さで広まったらしい「サヤが妊娠した」という話は、何故かわたしにだけ伝わって来なかった。それを知ったのはつい先程。「うちのゴルベーザ知りませんか!?」と、カイナッツォに乗った彼女が部屋に駆け込んで来たときだった。
 事前に連絡も寄越さず、正規の手順も踏まず、いつもの暢気な態度からは考えられないような剣幕で。聞けば妊娠を打ち明けた翌日にゴルベーザの姿が消え、サヤの周囲の誰もその行方を知らないのだと言う。
 腹立たしかった。相当な不安を持ったはずの彼女に、誰も助け舟を出さなかったことが。

 ゴルベーザはここ数日バロンにいたわ。ミシディアには伝えてあると言い、わたしもそれを疑わなかった。セシルと親睦を深めてもらえるなら喜ばしいとさえ思っていたわ。
 だけど本当は、セシルもセオドアもその時すでに知っていたなんて。四天王だってゴルベーザの居場所を知り得ないはずがない。口裏を合わせサヤには知らせなかったんだわ。わたしに隠していたのは彼女に漏らさないため。
「あなたの所在が知れないこと、あの娘にどれほどの負担を与えるか分からないの?」
 睨み据えるように見詰めれば、その表情に苦々しいものを浮かべて目を逸らす。分からないわけない。そんな馬鹿な言い訳はさせないわ。逆の立場で考えれば、サヤが何も言い残さず姿を消してどう思うのか、嫌というほど理解しているに違いないのに。
「ローザ、兄さんだって分かってるけど、つらい立場なん、」
「あなたも悪いわ、セシル」
「えっ!」
 自ら割り込んできたくせに振られるとは思っていなかったようで、セシルは無防備そのものに首を傾げた。わたしも近頃ようやく見慣れてきたから、そう簡単にほだされてあげないんだから。
「本来なら兄の態度を窘めるべき立場なのに、一緒になって拗ねるなんて!」
「僕はべつに拗ねているわけじゃ……」
「では何だと言うの。つらい立場って何? どうせ子ができると分かって『サヤの子供なら可愛い女の子がよかったのにカイナッツォに似たらどうするんだ』なんてどうでもいいことを考えてるんでしょう! それとも嫉妬? まだセオドアとなんて考えてる? 一番大事なのは本人の気持ちでしょう! 大事な時期にくだらないことで彼女を不安にさせないで!」

 何故カイナッツォに乗ってるのと尋ねたら、答えたのは魔物の方で。「妊娠中ってのは大事にしなきゃならないんだろ」と。不服そうに、だけど少し楽しそうに。「ホントはちょっと冷えるんだけどね」ってはにかんだサヤに、「阿呆、なんで早く言わないんだ!」と怒って背中から降ろそうと慌てていた。
 四天王の中でも一番関わりの薄かった者だし、評判も悪いし、確かに心配ではあったけれど。ちゃんと上手くやってる。でなければ魔物相手に子供なんてできないわ。
 決定的な絆でもあり、元の世界との完全な別れでもある。相手が相手だから反応も怖かっただろうし、これからまだまだ不安も出てくるわ。
 そうした中であの娘が一番頼りたかっただろうゴルベーザが、一番祝福して欲しかっただろうこの人が、つまらない感傷のために事実を拒否した。それが許せない。
「何か言うことはないの?」
 内心では何も言えるはずがないと思いながら、二人の目を交互に見遣る。どうやら相当落ち込んでるようね。もっと罪の意識に苛まれてもいいわ。
「もしもショックで死産になったら、喜べるの?」
「……そんな不幸を喜べるものか」
「ならあなたのこだわりが如何にくだらないか、分かるでしょう」

 サヤが恋をすること事態は受け入れていた。独占欲ではない。子供ができて家庭を築くのだって本当は嬉しいはず。それは人間が思い描くものとは違うだろうけど、ゴルベーザにとって彼等は魔物でありながら共に過ごした仲間。問題もない。
 つまるところ、子供がどうこうなんて関係ないのよね。彼女がいつの間にか大人になってしまったのが、寂しいの。分からなくはないけれど……。それはきっと、喜ばしくもあるはずじゃない?
「これ以上バロンへの逗留は許可しません。お帰り頂けますね、お義兄様」
「……もう少し拗ねていてはいけないか?」
「わたしは甘やかす気はありませんから」
 サヤならば、なんだかんだでゴルベーザに甘いから……ひとしきり怒った後にはすぐ許してしまうだろうけど。まだ傷つけ足りないならどこへでも行けばいい。そう厭味を漏らすとゴルベーザは眉間にしわを寄せ低く唸った。
「兄さん。もう、諦めましょう。僕も一緒に謝りに行きますから」
「あなたは駄目よ。まずはサヤを安心させてください」
 半ば押し出すように部屋の扉に導く。何度か無意味に虚空と足元を見比べて、「世話になった、ありがとう」と礼をして部屋を出て行った。
「……ローザ」
「長くかかればそれだけ仲直りしにくくなるでしょう?」
「僕も一緒に行くのに、問題があったのかな」
「あなたは後でもいいじゃない。先にきちんと、落ち着いて当人同士で話し合わなければ」
 そういうものかなと考え込むセシルを前に、ひそかに冷汗をかいた。……だって、カイナッツォも来ているのよ。あなたが行ったら話がややこしくなるじゃないの。

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