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唖然


 こんなことになると思わなかったというか、普通は思わないよね? セオドアにぽろっと零しただけの冗談が、こんな大惨事に繋がるなんて。っていうか普通は誰か途中で止めると思うんだけど。
 カイナッツォの関わる話で、パロムとポロムに聞かれちゃったのがまずかったんだろうなぁ。一体どこまで広まったんだろ。まあ、手っ取り早くていいけど。悩む暇すらなかったね。
「甲羅のおかげ命拾いしたね」
「ああ、砕け散るかと思った……。ってお前もっと早く助けに来いよな」
「ごめん、カレー探してた」
 家に帰ったらせっかく作り上げたカレー粉がねこそぎ無くなってたんだもん、死ぬかと思った。町外れで轟く爆音にも気づかないくらい焦るのは仕方ないよねぇ? 白魔道士さん達が呼びに来なかったらずっとカレー探し続けてたよ。
「……てめぇ、オレとカレーどっちが大事なんだ」
「かれ……イナッツォの方が大事に決まってるじゃん!」
「おい」
 大体セオドア使ってわたしの苦労の結晶を持ち出させたのはカイナッツォの方なんだから、カレーのことで責められる筋合いないもんね。あ、カレーについて責められてるんじゃなかったっけ。

「お前のくだらん嘘のせいで散々だぜ……」
 もう少し経ったら完全に治っちゃうんだろうけど、一度消し炭になりかけたのを見たから罪悪感がある。わたしのせいと言えなくもないし。
「父無し子にならなくてよかったよね」
「まだ言うか。嘘つくにしても、もう少しマシなのにしろ」
「いくらなんでも、あんなえげつない嘘つけないよ」
 セオドアがわたしの子供なんて有り得ないし、カイナッツォとの間に赤ちゃんができるとか、そんなことあるわけないって切り捨てられるのだって。質の悪い冗談は、もっとえげつない真実があるから。
「……お父さんって呼ばれるのと父上ってのと、どっちがいい?」
「セオドアと同じこと聞いてんじゃねえよ」
「個人的にはパパだけは嫌だなぁ」
「だからやめろっての!」
 こんなことになると思わなかったというか、普通は思わないよね? 誰だって冗談だと思うに決まってる。考える間もなく。バカな噂が知り合い中に行き渡っちゃって、言おうかどうしようか悩む時間もない。
「ホントにできちゃったらどうする?」
「できるわけねえってんだよ」
「でも、できちゃったんだよ」
「だからもういいって……何?」
「最近なんか体調悪いなっては思ってたけど」
「……サヤ、いい加減にしとけよ」
 まだ未形成の胎児。形じゃなくて魔力で存在を示してる。わたしはそれを感じられない。
 ちゃんと生まれるの? まともに育つの? っていうかそもそも、この中にいるのは「何物」なのかと。……誰に聞けばいいんだか。ホントはもっとしっかり考えてからにしたかった。だけど、どうせ考えても結論なんか出ないんだし。

「……おい、何とか言えよ」
 カイナッツォにとってはただの災難なのかもしれない。起きるはずなかったこと。単なる事故。じゃあこういう場合、どんな行動を取るのかな。アクシデントがなければ打ち明けられもしなかったかも。
「ま、人間じゃないんだし、認知しなきゃとか結婚しなきゃとか、そういうのはないもんね」
 逃げたければ逃げられる。わたしが怖いのは、逃げたくなる程の重みすら感じてもらえないんじゃないかってことだけど。
 事が大きすぎて許容量をこえてる。わたしは冷静なんじゃなくて、思考停止してるだけ。
「なあ、ちょっと待て、もう一度最初から、正確に説明しろ」
「わたしはカイナッツォの子供を妊娠しています」

 呆然とするカイナッツォって新鮮でいいなあ。この話を聞いたときはわたしも似たような顔してたんだろうけど。
「魔力を感じるって。命を宿してるのは間違いないって言われた」
 胡散臭そうにしながらカイナッツォがわたしのお腹の辺りを覗き込む。本人にだって実感がないのに魔力なんかでわかるものなのかな。ちょっと悔しい。
「……言われてみりゃ確かに……」
 それで感じたのは絶望ですか、面倒臭さですか。口に出して聞く勇気がない。一体どうなっちゃうのか見当もつかなくて、わたしが頼れるのはカイナッツォだけなのに。本人がその気なら簡単に捨てられちゃうってこともよく分かってるから、怖い。
「……サヤ」
「何?」
「本当にオレの子か?」
 蹴っ飛ばしてやろうかな、もう! そんな人間みたいなこと言わないでよ、余計不安になっちゃう。
「他に心当たりなんかありませんけど」
「マジかよ……」
「本気と書いてマジ」
「はあ?」
 しまった、漢字がないから通じない。やっぱりちっとも冷静じゃないわたし。カイナッツォがどんな答えを出すのか、聞きたくて、聞くのが怖くて。
「お前なんでも有りか……」
 この場合なんでも有りなのはカイナッツォの方なんじゃないかと思うけど。普通、魔物は強いほど子供なんか作らないって言ってたのに。やろうと思えばできるのかな。やろうと思ったの?
 自分一人だけで生きられる、カイナッツォは子供が欲しそうには見えなかった。だけどわたしは欲しかった。……じゃあやっぱりわたしのせい?
「んで、いつ出てくるんだ?」
「出てくるとか言われるとエイリアンみたいでイヤだな……」
「明日か? 明後日か? 今日中か?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
 まだ人型にもなってないと思う。いや、人型になるのかもわかんないけど。妊娠期間だって人間と同じなのかどうか。っていうか何なの? なんか楽しみにしてる?
「普通なら十月十日……まだ2ヶ月も経ってないから、」
「なんだ、気の長ぇ話だな。もっと早く産めよ。ガキがいる間は大事にしなきゃならねえんだろ」
 えっ、なにそれ待ってよ。大事に扱うのが面倒だから早く産めってこと? そんなの意思でどうこうできるわけないでしょ! って問題はそこじゃなくて。
「な、なんか、もっとないの? こんなはずじゃなかったとか、子供なんて面倒臭いとか」
「なんでそう後ろ向きなんだよお前は」
「だってカイナッツォだもん」
「どういう意味だコラ」
 欝陶しがりもせず受け入れるなんて、らしくないというか変。
「他の野郎の子ならともかく、オレとお前の子だってんなら別に問題ねえだろ」
 そりゃまあそうなんだけど。……なんかわたし、まだまだ理解できてなかったのかな。ちょっとだけ「実は浮気しちゃった」とか言ってみたくなる。怒ってくれるのかな。そんなこと、するわけないのに。

 気の長い話、か。わたしには短すぎると思えたのに。ほとんど永遠の時を生きる魔物には長くて、比べれば一瞬で死んじゃうような人間には短い? なんか謎々みたい。
 考えても答えの出ないことだって、わかってるけど、とりあえず……一緒に待っててくれるらしいから、大丈夫かな。

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