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本能


 そりゃあちょっとは見知ったところもあるんだけどさ。それでも結局、やっぱりわたしにとってここは異世界なわけで、家族も友達もいない場所に、一人ぼっちで取り残された気分になることもあった。何度もね。
 寂しい。心細い。誰でもいいから隣にいてほしい、人肌の温もりが欲しい……そういう時に傍にいてくれる人って、すごく心惹かれちゃうよね。弱り切った心身を支えて励ましてくれて、わたしも全部預けちゃおうって気分になる。この人になら何もかも捧げられるって、思った。
 ……まあ若気の至りっていうか、こんなことになると思わなかったというか、普通は思わないよね? わたしとカイナッツォとの間に子供ができるなんて。

「……という話を聞いたんですけど」
「できるかッ! なんつう嘘かましてんだあの馬鹿は」
 魔物もびっくりのえげつなさだぜ。大体、人肌の温もりとか言ってる時点でオレと結び付かねえだろ。むしろ奪う側だってのに。そういう問題でもないか。つーかこいつも何を素直に信じてるんだよ、有り得ねえだろその話。
「そしてサヤさんがゴルベーザさんのところに戻る時、赤ん坊を連れては行けなくて……」
 ってまだ続くのかよ。なんかとてつもなく嫌な予感がするんだが。まさかこの話、ゴルベーザ様にもしたんじゃねえだろうな。
「身を斬られる思いで僕を託したのが、母さんだったって」
「……僕を託した?」
 お前の話だったのか。そうかセオドア、お前はオレとサヤの子供だったんだな。ってんなわけねえだろうがああ馬鹿か!
「そんなもん、テメェの母親に聞けば一発で嘘って分かるだろうが」
「そういうこともあったかもね、って言ってましたけど」
「……セ、セシルは?」
 もうこうなれば敵だのなんだのはどっかに置いておく。お前はまともな人間だと信じてるぞセシル。もちろん息子の天然ボケを諌めたんだろうな。
「えっと、血の繋がりなんか無くても私はお前を誇りに思ってる、って」
 もう全員揃って消えてほしい。なんで照れてるんだ。なんで誰も止めないんだ。バロンには阿呆しかいねえのか!? ああそうか、天然っつうのは遺伝かよ! 親譲りの阿呆だってんならどうしようもねえ。

「カイナッツォさん」
「今度は何だよ……」
 もう勝手にしてくれ。何の話をしてようがオレは関係ない。できれば何も聞きたくないがな。
「呼び方、父さんと父上どっちがいいですか?」
「お前もう帰れ、な」
 疲れた。どっと疲れた……。どこまで真面目に話してるのか分からねえのが怖いな。まさか本当に本気で信じてるのか? そんな阿呆な。しかし真顔でしれっと嘘つける程、神経図太いようにも見えない。
「だけど僕、どちらにも似てない気がするんですよね」
 中身は案外サヤに似てる気がするがな。クソ真面目な顔してくだらんことに全力を注ぐ辺りが。
 いっそのことオレも乗るか。なんかもう自暴自棄になって来た。さっきから嫌な風が吹いてるのも気掛かりだ。……広まってんじゃないだろうな、この話。
「……お前は祖父さんに似たんだろ。実はサヤはゴルベーザ様とローザの娘だったんだ」
「ええっ!?」
「ちなみにスカルミリョーネはカインの兄貴でルビカンテとバルバリシアの息子でもある。バルバリシアはサヤとセシルの姉だ」
 自分で言ってて訳が分からん。とりあえず奴を姉に据えとけばそこまで怒り心頭にもならん気がするんだが。あー、なんでオレが嘘に振り回されて防波堤を張らなきゃなんねえんだ。どっちかって言えば被害者じゃないのか?
「じゃあ母さんが僕のお祖母さんで、父さんは伯父でカインさんは従兄弟? ちょっと待って下さい分からなくなってきました」
 一瞬でそれだけ整理できりゃあ上等だろう。そもそもオレだって把握してねーよ。もう誰を何だと言ったのかも覚えてない。
「設定を増やしすぎると消化しきれません……」
「だったら最初からくだらん冗談に乗るんじゃねえよ」
 で、結局ちゃんと嘘だと分かってたんだな。まあ当たり前っちゃ当たり前だが、こいつは侮れんな。表情だけなら全くボロを出す気配がない。……肝の据わりっぷりは母親の血か? 厄介そうな奴だ。

「なんだってまたそんな話になったんだ」
「僕が生まれた時の話を聞いて、羨ましくなったらしくて」
 それで自分も子供が欲しいってか。単純な奴だ。今度は確固たる物を残したいってことかもな。にしてもオレを巻き込むのはいただけねえ。
「あれ、バルバリシアさん? どうしたんだろう、あんなに急いで」
「……巻き込まれたくなけりゃ逃げた方がいいぞ」
「え?」
 セオドア以上に、嘘だと分かりきってるじゃねえか。完全に八つ当たりだろうが。こうなるのが分かっててオレを引きずり込むサヤも悪質というか何と言うか、絶対面白がってやがる。
「あ、あの、大丈夫なんですか?」
「まあ数分後には大丈夫じゃなくなってんだろうな」
「止めて来ましょうか」
「嵐を人間の力で止められると思うか。……それより家からカレー粉を持って来てくれ」
「え、どうして今そんな」
「オレが生き延びるために必要なんだ」
「分かりました。家にあるもの全部持って来ます!」
 よし、素直な分だけ人の良さが捨てきれなくて扱いやすいな。サヤの阿呆め、自分の家族計画にオレを巻き込んだこと、後悔させてやるぜ。一生カレーライスは食えんと思え! ……まあ、オレがこの一戦を生き延びたらの話だが。

「カイナッツォ! 聞いたわよ。お前を排除する絶好の機会が来たようね!」
「嬉しそうだな、バルバリシア」
「当然よ。スカルミリョーネとルビカンテもすぐに来るわ」
「そりゃあちっとはキツイかもな」
「ゴルベーザ様にご報告してからね」
 ごるべーざさまにごほうこくしてからね? ちょっと待て、四人掛かりとは聞いてないぞ。……いや、ゴルベーザ様も嘘だと理解するぐらいの冷静さは持ってるはずだよな。セシルと違って一緒になって冗談かますノリの良さもないはずだ。……じゃあ頭上に見えるあの隕石は何だろうなぁ。
「一応言っとくがありゃサヤの嘘だぞ」
「分かっているわよ、計算が合わないもの」
「突っ込むとこはそこだけなのか、おい」
「嘘に決まってるけれど、お前ならやりかねないと皆が思ってるわ」
 望んだってそんなこと不可能だ。人間みたいに簡単には増えない。強者にはそれなりの自負ってものがある。まあ、必要がないからって実際に試したことはないんだが、普通は無理だよな? 別にオレが望んでるわけじゃねえけどよ。
「そろそろ観念なさい」
「殺しちまっていいのかよ?」
「ほほほ、愚か者! 何のためにルビカンテまで呼んだと思っているの?」
 これは生き残るのも不可能かもしれねえな……。半殺しにしては回復されて、なぶりものにされた揚句に跡形もなく消されそうな気がするぜ。ああー、よりによってこんなアホくさいことで死にたくねえなぁ。サヤの馬鹿野郎。

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