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永遠


かいふく、してくれないの?

 と、聞いたつもりだった。わたしに聞こえたのはゴボゴボって不快な水音だけ。喉のあたりに何か詰まって、息が苦しい。耳の奥でヒューヒューいってる。風の音かと思った。でも違う。よく聞くと、わたしの息だ。
 カイナッツォはどうしたんだろう。こんなに苦しんでるのに、助けてくれない。ほんっと性格悪い……。

ケアル、してほしいな

 やっぱり言葉にならなかった。不意に視界が陰った。景色も霞んでよく見えない……目の中が青く染まる。唇にひんやりしたものが触れた。ぬるぬると舌が割り込んできて、わたしの舌に纏わりつく。唾液と一緒に喉に溢れた血が吸い出されて、流れ込んできた空気にむせて咳をした。
 肺に穴でも空いたみたいに、吸った酸素がどっかに抜けていく。呼吸の仕方がわかんない。涙が出てきた。

わたし、死ぬみたい
「そうだな」

 声にならない言葉に返事があって、ちょっとだけ安心した。ちゃんと傍にいてくれてる。よかった。瞼が硬いもので覆われて、真っ暗になる。
 ……わたし、死ぬんだ。回復しても無駄なくらい、もうどうしようもないんだ。そっか。こんなもんなんだ……って思った瞬間、頭の奥からわーって恐怖がわいてきた。

カイナッツォは?
「ここにいんだろ」
わたしが死んだら、カイナッツォもいなくなるの
「そういう約束だったろ」
……死にたくない
「もう無理だ」
離れたくない
「ちゃんと傍にいてやる」

 でもずっとじゃない。いつかきっと、置いてくのはわたしだって、想像してたけど……覚悟なんか決められなかった。
 怖くて怖くて……いつか必ず来る、今日が……どうやって逃げればいいかわかんなくて、わたしだけお婆さんになって、カイナッツォを置いて行くなんて。そんなくらいならいっそのこと。

死ぬ前に、食べられたいな
「……いらねえよ」
そしたら一緒にいられるのに
「んなもん、てめえの自己満足だ」

 だって消えてなくなるくらいなら、カイナッツォの中に溶けちゃうほうがずっといいよ。せめて最後に永遠を夢見たい。そうすれば死ぬのも怖くなくなる、かも。こんなに……こんなに怖いのに。
 あと何回、好きって言える? あと何回、一緒に寝られる? あと何回……同じ朝を迎えられるの? 楽しくても幸せでも、ふとした瞬間心が冷えた。
 わがまま言って怒られて、甘やかされて、抱き合って……そんな明日がもう、来ない。

死ぬのやだ……こわいよ……
「お前は消えやしねえよ」
だって、じゃあ、死んだらどこにいくの?
「……人間のことなんか……天国とかいう……じゃねえの……」

 そんなとこ行きたくない。カイナッツォがいないのに。もう声もよく聞こえない。目を塞いでた手が離れて、頭のてっぺんがふわふわした。頭、撫でてくれてるのかな。もう、わかんない。なんにも……。
 二度と会えないのがただ怖い。わたしはまだ泣いてるのかな。もう死ぬのに。泣いたらもう、乾かせないのに。……いやだな……。

「おいサヤ、まだ聞こえてんのか?」
 さっきより近く。耳に触れそうなところで声がした。うん、まだ大丈夫って頷くこともできずに、もっと名前呼んで、消えてなくなるまで呼び続けてって言えなくて、気分だけで抱き着いた。ホントはきっと指先すら動いてない。
 死んだらおしまいだよ。だってもうなんにもなくなる。お別れの時は、いつか必ず来るんだから。……それでもいいって手を伸ばしたくせに。永遠なんて……ない……。

「お前が死んだらゴルベーザ様のところに連れて行く」
そのあとは
「見届けてけじめつけたら」
そのあとは
「オレと同じ場所に連れてってやるよ」

生も死もない闇の中で、ずっと一緒にいてやる

永遠、に?

だからもう、怖がらなくていい

 地面に広がっていく血の赤さに反して、サヤの体が青ざめていく。こんなにゆっくり死を見つめるのは初めてだな。それがよりによって、サヤの。
 ……今更オレがお前を一人にするかよ。死んでどっかに行くのか、消えてなくなるのか、知ったことじゃねえ。勝手に連れて行く。もう決めた。
「……痛くないか」
 最早サヤは意識すら返せない。霞んでいく思考に探りを入れる。痛みなんか、とっくに麻痺してるらしい。せめてもの救いだな。
 あとのことは構わない。ただ、ゴルベーザ様に伝えなきゃならない、それだけが重苦しくのしかかる。受け入れるだろうか。それほどの強さを、もう持っているだろうか。スカルミリョーネやルビカンテ辺りは残るのかもしれない。
 サヤが死ねばもうオレには関係ない。責任だけ果たしたら、あるべき場所に還るだけだ。こいつを連れて。

「     」
 サヤの意識が微かに揺れた。呼吸が止まる。小さく消えていきそうな命にそっと手を伸ばすと、無防備そのもので、躊躇もなくあっさりと転がり込んできた。本当に……始めっから終わりまで、何も変わらねえな……お前は。
 まあ、食ってもよかったんだ。でも器まで独占すんのも悪いだろ。中身は最初からオレのものだからな。……遺される者への気遣いって奴かぁ? 人間くさくなったもんだな。情けねえ。
 責任とってくれよ、サヤ。

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