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白昼夢


 起きたら虫になっていた、なんて馬鹿な話が人間の書いた本の中にある。突拍子もない意味不明な話だ。興味もなかった。まさかオレがそんな目に合うとは考えもしなかったしな……。
 虫になった人間よりはオレの方がマシか? いや、考えようによっちゃこっちの方がヒデェ。
「あっ、猫だーねこねこ! どっから来たの? にゃー」
 にゃー、じゃねえよ。違和感に気づくそぶりも見せずにサヤが抱き上げた猫、それはオレだ。
 べつに化けてるわけじゃない。誰が好き好んで動物になんぞ化けるものか。気づいたら自分の体は変貌していて、ついでに元に戻るどころか魔法の一つも使えなくなっている。何か言葉を発すればこうだ。
「…………ニャア」
 まるっきりただの獣だ。やってられねえよ! オレが何したっつーんだ!?

「ねーお前カイナッツォ知らにゃい?」
 サヤにもそうだが他の奴らにゃ絶対にバレたくねえ。つーかその口調やめろ。抱きしめるな。頭撫でてんじゃねえ。色々と言いたいが口にしても全部が全部鳴き声になっちまう。クソッ。
「エブラーナで雪降ったっていうからデートしようと思ったのに」
 なんだその脈絡のない思いつきは……。オレが寒いの嫌いだって知ってんだろうが、嫌がらせかぁ?
「…………」
 急に何かろくでもないことを思いついた顔でサヤがじっと見つめてきた。穴があくほど見るわりに目が合わねえのが気持ち悪いな。わざと避けてるのか。

「大人しい子だね。飼い猫かな……ポロムにでも聞いてみようか?」
 ふざけんじゃねえ、との意味をこめて腕の中で暴れてみたが、簡単に押さえ込まれてしまった。あああなにもかも腹立つ!
「これくらいの大きさだったら、わたしにも抱きしめられるのにね」
「……ニャ」
「あはは、返事してるの?」
 独り言だと分かってるつもりでつい言い返しそうになる。手持ち無沙汰なのかサヤはやたらと撫で回してくるし。甲羅がないとこういう感触か。背中の毛を掻き分けて指が通るのが、人間の時とは違ってまた良い……って馴染んでどうするよ。
「べつに不満があるわけじゃないんだけどね」
「にゃあ」
「……ぎゅうってされたいなー!」
 猫語とは言え相槌があると話しやすいんだろうか。やけくそ気味に叫んだサヤは、すぐに頬を赤くしてオレの腹に顔を埋めた。毛並みが痒くねえのか?
 まあ、この大きさならどうのってのは、おそらくオレのことだろうな。普段の姿じゃサヤが思い切り手を広げたってオレの背中まで届かねえし、こっちが抱くこともできやしねえ。人間に化けりゃ問題ないんだがそれも嫌がる。
 求められたいっつう欲求が強すぎるのか、身動きできないぐらいに束縛されなけりゃ不安らしい。つくづく面倒臭い女だ。

「……何をしている? その猫は、」
「ミ゙ャッ!?」
 うげ、と咄嗟に出た声がやっぱり猫で無駄に傷ついた。スカルミリョーネがぽかんと口を開けてサヤを、というかその腕の中に収まってるオレを見ている。
 ああくそ、バレてやがる。魔物相手にゃ隠しきれねえか……だから見つかりたくなかったんだ。
「おい、お前、それは……」
「可愛いでしょ〜、飼い主いなかったらうちで飼いたいよね」
「…………」
 まじまじと見られるのもムカつくが哀れんで目を逸らされるのもそれはそれで腹立つな。つーか内心じゃ笑ってんだろこの野郎。
「モンスターじゃないペットほしかったし! もし飼うことになってもいじめないでよ? ってか食べないでね」
「……私が、そいつをか」
「そうだよ。あとカイナッツォとかバルバリシア様とかババロアからも守ってあげなきゃ」
「守ってやる?」
「だって、か弱い動物なんだから!」
「…………そ、そうだな」
「なんで笑ってんのスカルミリョーネ」
 畜生、元に戻ったら絶対ぶっ殺してやる。

 スカルミリョーネは立ち去るでもなくかと言って何をするわけでもなく、中身がオレだと知らずにじゃれまくってるサヤを見て、肩を震わせて噎せそうなほどに笑っている。いっそ正体をバラされた方がマシかもしれん……。
「猫が好きなのか」
「うん。なんかわたしあんまり懐かれないけど、この子は触らせてくれるから嬉しい」
 心底嬉しげに目尻を下げるサヤを見て、スカルミリョーネが目を細めた。
「カイナッツォが妬くぞ」
 動物相手に妬くかよ! つーかオレだってのに。野郎、ここぞとばかりに面白がりやがって……。
「妬かないでしょー、カイナッツォだもん」
「猫の方がいいのだろう」
 比較対象に持ってくんじゃねえよ、嫌がらせにしてもそれはねえだろ。オレは猫と同レベルか? そんな底辺で競わされて堪るか。
「うーん? 亀も猫とおんなじくらい好きだよ」
「……よかったな」
「何がよかったの?」
「いや、べつに」
 何がよかったんだ。何もよくねえよ。……同レベルなのか、サヤの中では。何が悲しくて猫と比べられなきゃなんねえのか。ここまで来てペットと同等だと? いくらなんでもキレるぞ。
「わっ、どうしたのにゃんこ、お腹すいたの?」
「にゃんこ……」
「暴れない、で……ああっ!」
 間の抜けた呼び方すんじゃねえっつってんだろ! いや言えてねえけどな。
 オレの内心を見抜いて堪えきれなくなったんだろう、爆笑するスカルミリョーネという珍事に意識を奪われたサヤの手から、身をよじって脱出する。こういう時ばかりは猫の体もありがてえ。
「待ってよにゃんこー!」
 未練がましく呼ぶのはオレじゃねえ。嫉妬するわけじゃない。……だが気に入らねえんだよ! 阿呆が、元に戻るまで帰らねえからな。



「……ねーカイナッツォ」
「何だよ」
「猫ほしい」
「へぇー、あっそ」
「何その冷たい返事!?」
 人間に化けたらなんだかんだ文句つけるくせに猫はいいのか。その期待に満ちた目は何だ? 言っとくが頼まれたって動物になんざならねえぞ。
「ほしいけど飼う余裕ないし……提案があるんだけど」
「嫌だ。断る。諦めろ」
「まだ言ってないのに!」
 やっと戻れたってのにまた猫になれってのか、冗談じゃねえよ。もう二度と御免だ。あの格好でサヤの膝で丸まってるとなんか妙に馴染む。うっかりそのまま寝そうになった。……絶対に、嫌だ!
「わたしはモフモフ属性じゃないけどね」
「何だその属性」
 聞いたことねえ。元素でもないし闇だの光だのでもないよな。……まあいいか、聞かん方がいい気がする。
「すべすべひんやりもいいけど、たまにはいいよねモフモフ」
「チラチラ見るんじゃねえ」
 毛がいいなら最初っから毛の生えた奴にすりゃいいだろうが。つーかそもそも愛玩動物と一緒にするなよな。

「……おい」
「んー?」
 ぼけっと空想に耽るサヤを体の下に引っ張り込む。そりゃ無理な体勢だが、やってできないこたねえ……多分。
「どうしたの、わわっ!?」
 サヤの背に腕を回して抱き寄せ、後肢で体を支える。……あー、思ったより辛いなこれ。感触まではよく分からんが、微かに響いてくる心音で密着している実感はある。ま、悪くはねーな。
「これで充分だろうが?」
「潰されそうで怖い」
「言うに事欠いてそれかオイ。もっとオレの努力を讃えろ」
「重いの?」
「当たり前だ」
 二足で立ち上がるのだって相当きついってのにこんな不安定な体勢、いつ崩れるか分かりゃしねえ。なのにサヤは嬉しそうな顔してオレの首に腕を回してしがみついてくる。体重かけるな阿呆、本当に潰すぞ。
「もっと思い切りぎゅってしてほしいな」
「肋骨折れても知らんぞ」
「だって幸せだからいいの!」
「……ああそうかよ」
 望み通りに多少力を籠めてやる。が、どうにも怖々してしまう。オレも甘くなったもんだ。
 欲深な奴だから、な。オレみたいなの相手では言葉も態度も物足りないんだろう。ガラじゃねえと思いながらもつい何か叶えてやりたくなる。
「やっぱりカイナッツォは冷たくて大きい方がいいね」
「……へ?」
「猫でも可愛くて好きだけどね!」
 おい……ちょ、ちょっと待て、バレてんのか?

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