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眼鏡


 今日は魔物の姿のカイナッツォさんに、サヤさんが寄り掛かってくつろいでいた。何となくそれを眺めつつ、いつも使われている人間の姿を思い浮かべてみる。……せっかくだから聞いてみようかな。前から気になっていたことを。
「カイナッツォさん」
「ああ?」
「よく、化けてる格好……あれってサヤさんがモデルですか?」
 深く考えず口にした疑問にサヤさんが目を丸くした。頓着なく「そうだぜ」と言うカイナッツォさんにいよいよ飛び上がる。
「えっ、な、なにそれ!?」
「前からもしかしてって思ってたんですが」
「別に、参考にしただけだがな。そっくりでもねえだろ?」
「そうですね……でも、仕種というか、雰囲気が似てます」

 なぜか顔を赤くしたサヤさんが、カイナッツォさんの頭を叩く。叩かれた方が欝陶しそうに見上げると涙目になって震え始めて、さすがに彼も僕も驚いた。
「な、なんだよ」
「あれもう禁止!!」
「はあ? なんで」
「だって……わたし変態じゃないもん!」
「何言っ……ああ……。いいじゃねえか別に、気にするほどのことかぁ?」
「気にする! 絶対やだ!!」
 えっと……これは僕が口を挟まない方がいいんだろうな。そんなつもりで言ったんじゃないけど、たしかにサヤさんにとっては『恋人が自分』って気がして嫌なのかもしれない。中身はカイナッツォさんなんだから、べつにいいと思うけどなぁ……。

「誰でもない人に化けるって、やっぱり難しいんですか?」
「そーだな。ま、一から作るより手を加えるだけのが簡単なのは、何だって同じだろ」
「だから、変身しなくていいってば!」
「……そうですよね。手を加えないのは、もっと簡単なんだし」
「チッ……またそれかよ……」
 サヤさんはどうしても、そのままのカイナッツォさんを求めてる。それは分かるけど、カイナッツォさんはどうして嫌がるんだろう? 僕なら、ありのままで一緒にいられる方が嬉しいのにな。
「……ひょっとして、サヤさんが面食いだから、人間に化けるんですか?」
「はあっ? てめえ喧嘩売ってんのか」
「いえ、好みはともかく、カイナッツォさんは美形ではないと僕は思います」
「んなこた言われんでも分かっとる! いちいち本人の前で言うなっつーんだ!!」
「すみません……気にしてたんですね……」
「ち、が、う!!」
 じゃあどうしてなんだろうか。自分がサヤさんの好みのタイプじゃないことに不安を抱いてるわけでもなく。ふと黙り込んでしまったサヤさんに気づく。

「……サヤさん?」
「ん。……あ、え?」
「何ぼけっとしてんだ」
「ううん。……やっぱり、そのままのカイナッツォが一番カッコイイなって思ってた」
「……」
「……」
 サヤさんは真顔だった。思わず見たカイナッツォさんの表情はうんざりといった風情で、からかってるとか慰めてるとかじゃなく、日常的に交わされてる言葉なんだと察しがついた。なんだか居づらくてカイナッツォさんに顔を寄せて声をひそめる。
「あの、いつもこうなんですか?」
「ああ、まあな……」
「恋は盲目って本当だったんですね」
「正直たまったもんじゃねえよ、こっちは」
「好きなのは分かるけど現実を見た方が……」
「言うだけ無駄だ。オレはもう諦めた」
「ちょっとお二人とも、内緒話になってないんですけど?」
 少し怒りを含んだサヤさんの言葉に慌てて姿勢を正す。どうしよう。人の好みにまで口出しすべきじゃないけど、審美眼が歪んでしまうのは良くないんじゃないかな。そんなに好きだって言うなら、それ自体は微笑ましいんだけど……。

「言っとくけど、べつにカイナッツォが美形だなんて思ってないよ! だから、わたしにとっては美形とかより、カイナッツォが一番、好きだから……カッコイイって……あの……あれっ?」
 言いながら自分の言葉に恥ずかしくなったらしくて、顔を赤らめて俯いてしまった。
「……かわいい」
「……」
 否定しないってことは、カイナッツォさんも同意見なんだろうか。いつも肝心なことだけ言わない人だから……だからサヤさんも、ありのままでいてほしいって、こだわってるんじゃないのかなぁ。
 僕らには心の奥まで覗くことなんてできないから、必死で相手のことを考えて、それでも好きな人のことなら冷静になんか考えられない。不安を少しでも和らげたくて。

「……サヤさんは見た目も含めてカイナッツォさんが好きなんだから、他の姿ばっかりとってたら、気持ちが揺らいじゃうかもしれませんね」
「えっ、そんなこと……」
「自分が恋してるのが誰なのか、分からなくなったり」
「…………」
 以前ならきっと、「それならそれで構わん」とか「所詮その程度だったってことだろ」とか言われてた。だけどカイナッツォさんは何も言わずに僕を睨んでいる。
「……セオドア? なんで赤くなってるの?」
「えっ」
 本心を、執着の強さを初めて見せてくれたから、嬉しくて。……なんて口に出したら、すごく怒られそうだ……。
「ま、まさか……やめてよね、セオドアとライバルになるのは困る!」
「阿呆かお前は」
「そうですよ、カイナッツォさんはサヤさんのものなんですから」
「……そういうことじゃねえだろ!?」
 もう大丈夫そうだ。きっと。……少しだけ、寂しいけど。

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