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染みつく


 しくじった。今はもう、体から命の残りカスが抜け落ちていく感覚しかない。サヤが消えて、狼狽したゴルベーザ様とバルバリシアを見ている内に、知らずオレまで焦っていたのかもしれない。あるいは気配を追ってたどり着いたこの場所で……血の匂いを嗅いだ瞬間、周りが見えなくなったのか。相手が何者なのかさえ。
 暗い穴蔵の中にぐちゃぐちゃと粘ついた音が響く。そこに混じる嬌声のせいで、意識を失うこともできない。
「サヤ……ッ」
 痛みに耐えながら搾り出した声にも、返ってくる言葉はない。すでに正気を失った瞳は虚空を見つめ、与えられる痛みと快楽に浸り、獣のように喘ぐだけ。
 サヤにのしかかったドラゴンがニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる。その黄ばんだ爪が細い腕に食い込み、赤い舌に全身を舐めまわされ、苦悶さえ快感に変えて身をくねらせた。

 怒りと憎悪で吹き飛びそうな理性を抑えながら、魔力を孕んだ水を引き寄せる。充満した雷の気配に遮られてうまくいかない。第一、それを奴にぶつけるわけにはいかなかった。忌ま忌ましいことに、奴はサヤと繋がっているのだから。いくら苦手な相手だとはいえ、守るものさえなければ、こんな下等種に苦戦しないのに。
 躊躇した隙をついて、雷撃が脳天を貫いた。組み敷いた小さな体を突き上げながら尾を揺らし、オレの周囲に雷鳴を轟かせる。牽制か、挑発か。サヤの手が縋るように奴の前肢に絡みついた。……上等だ。お望み通りぶち殺してやる。
 集めた水を霧散させ、魔力を収縮して姿を消す。僅かに動きを止めた奴の背後で姿を現し、硬い鱗を突き破って爪を立てる。痛みに暴れ出す前にサヤの中から引きずり出した。溢れ出す快楽の声から無理矢理耳を逸らして、帯電したドラゴンの体を引き裂く。どす黒い血と内臓が辺りに散らばる。全身を赤く染めたサヤが、自分の腹の上に飛び散り痙攣している腸を茫然と眺めていた。
 正気を取り戻す前に、ここから連れ出してやらなきゃ、ならないのに……。

 四肢から力が抜けて崩れ落ちる。体中に雷の残滓がこびりついていた。頭から尾の先まで痺れっぱなしで、甲羅が割れそうなほど痛い。……二回目だってのに。死にたくない。こんな状況で、死に切れねえ。
「カイナッツォ……?」
 覚束ない呼び声。朦朧としかけた意識がギリギリのところで引き戻される。霞んだ視界の中で、白い体がゆっくりと起き上がってオレに目を向けるのを感じた。途端に悲鳴をあげて駆け寄ろうとするが、意識と共に戻ってきた正常な痛みがその動きを妨げる。あと一歩の、ところで……。
「やだ……なんで? 死んじゃ、やだよ……置いて行かないで……!」
 泣き出しそうな声が穴蔵中に響いて、傷口の中からオレを掻き回した。気力を振り絞って立ち上がる。オレがこれだけ耐えてんだから、てめえもちっとは気合い入れやがれ……。いつでもすぐに泣きやがって。

「……動けねえん、だよ……お前が来い……」
 精一杯突っ張っても重い体は地面から大して離れない。僅かな隙間にサヤが体をねじ込む。そっと伸ばされた温かな手がオレの顔を撫でた。白けた視界で、ぼんやりと泣き顔が見える。それを掻き消すような不快な匂いが頭の中に漂ってくる。今死ぬなよ。今死んだら、確実にこいつの体が潰れる。あー。それはそれでいいのか? ……いいわけねえ。しっかりしろよ、オレ。
「死なないよね? ねえ?」
「うるせえ……黙ってろ……」
 水が集まる。這いまわるように流れ、こびりついた血と肉片が取り払われて、ようやくサヤの素膚が現れた。……まだ足りねえ。野郎の精液が溢れ出すそこに勢いよく水を流れ込ませる。胎内で渦を巻く感覚に怯えてオレの下から逃れようともがいた。暴れんじゃねえ、押さえつける気力もねえんだよ。
「じっとしてろ」
「何っ、考えてんの……! こんな、ことし、してる場合じゃ……なぁっ、んんッ……」
 掻き出すように流れては逆流する水が、放尿に似た快感をサヤに与えた。自らの魔力で直接触れて、少し力が戻ってきたようにも思う。血ではなく羞恥で赤く染まった頬が、今度はハッキリと視界に映った。
「……感じてんのか?」
「うぅっ……ばかぁ……ちゃんと、自分の回復……してよぉ……」

 傷口を舐めながら魔力を送り込み、傷口を塞いでいく。奴の残滓が消え失せたのを確認して水を引いた。息を弾ませながらサヤが縋りつき、傾いたオレの体に驚いて手を離す。
「……まだフラフラすんだよ……つかまるんじゃねえ」
「だから、ちゃんと休んでってばっ!」
 覆いかぶさった体を押し退けサヤが逃げていく。オレの隣で膝立ちになると、甲羅に手をつき容赦なく体重をかけた。ずしんと地面にぶつけた衝撃で体中に激痛がはしる。
「〜〜〜〜〜ッ!?」
「あっ、ごめんね」
「ごめんで済ますなっ、殺す気か!」
 へたりこんだ体に今度はサヤが覆いかぶさった。外気から甲羅を守るように手を広げる。どう考えても幅が足りないが、うっすらと感じた温かさにようやく安堵した。
「……オレは寝る。ちゃんとそこにいろよ」
「うん。待ってるよ……」
 体のすべてを甲羅に引っ込める。冷たい闇が意識を覆った。だがその向こうに眠りを妨げる熱い光を感じる。……回復したら、その体が誰の物なのか教えこんでやる。オレの持ってるすべてを預けてやったんだ。今更ほかの奴に食われるのは我慢ならねえ。お前は、オレの匂いだけさせてりゃいいんだよ。

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