─back to menu─

愛と友情


「カイナッツォに嫌われたー!」
 突然の叫び声に、周囲が一斉に振り返る。慌ててセオドアの口を塞ごうとしたが、身長差のせいでスルッと逃げられた。
「いきなり何言いやがる」
「サヤさんがこうやって泣きついてきたので、事情を聞きにきました」
 あの馬鹿、ここんとこ見かけないと思ったら、よりによってバロンに愚痴吐きに行ったのか。せめてゴルベーザ様までで留めてくれればいいものを。
「父には何も伝わってないので安心してください」
「……オレ最近お前が怖い」
 低く呟いた本音にセオドアは不思議そうに首を傾げる。自覚がないのが一番厄介なんだがな……。人の考えに先回りして話すんじゃねえよ。

「近頃サヤさんを避けてるそうですね」
「別に理由なんか、」
「僕があげた指輪のせいですよね」
「……」
 こないだからサヤの指には赤い石のついた指輪がはまっていた。意匠は凝っていなくとも、石を見る限り相当高価なものに違いなかった。それもはまっているのはご丁寧に薬指だ。
 ……だが、とうのサヤが『セオドアからもらった』と嬉しそうに言うものだから、誰も気にしてなんかいなかった。オレ以外は。
 その形状も存在する位置も、くれた相手もどうでもいい。問題なのは石に秘められた魔力だ。
「予定ではカイナッツォさんが『それがあるとお前に近寄れない』と泣きつくはずだったんですが」
 それは既に言った。もちろん泣きつきはしなかったが。サヤは、セオドアがくれたものだから外したくないと却下した。
「で、『オレとセオドアと一体どっちが大切なんだ!』っていう展開になってほしかったんですよ」
 それも言った。いや、それに近い事をだ。その指輪をつけてる限りオレはお前に近寄りたくない、それでもいいんだな、と。サヤはやはり聞かなかった。人からもらったものは大事にすべきだ。ましてこれをくれたのはセオドアだから、わたしがつけてなかったらきっと悲しむ。そう言って譲らなかった。
 あれこれとくだらない口論はしたが、結局サヤの指にはあの石がついたまま、オレは徹底的にあいつを避けた。

「……言えばよかったんですよ。その石には水の力を弾く効果があるんだ、って」
「お前な……何のつもりだ」
「特殊な事情があれば、素直に口に出してくれると思ったんですが」
 ……だからこいつは嫌なんだ。なにもかも見透かしやがって。道理でルビカンテと話が合うはずだ。それがどれくらい他人に不快感を与えるのか、いっぺんでも考えてみろ。
「事情なんか関係ねえ。オレは、あいつに何も返すものはない」
 だから、何も言わない。何も伝えない。あいつから近寄ってくる限り拒みはしないが、オレからは絶対に手を差し出さない。
「どうしてそう無駄なあがきを……」
「無駄言うな」
「じゃあ僕に取られてもいいんですか?」
「ああ?」
「サヤさんはもうあなたを特別扱いしてしまったんです。あなたから明確な答えが得られないなら、サヤさんは自棄になって帰ってしまうかもしれない。僕はそんなの嫌です。彼女を失うくらいなら、友情を愛に変えてみせる」

 深い色の目だった。まばゆい光よりもむしろ、静かに闇の美しさを湛えていた。深すぎて、どこまで本気なのかも計りきれない。
「彼女はただ、素直な気持ちを伝えてほしいだけなのに……」
「オレがあいつに好きだと言っても、嘘にしかならん」
 今だって、好きなんて気持ちは分からねえ。サヤを失いたくないとは思うが、それがなんだって言うんだ? そんなこたオレたち全員が、とっくに自覚してる。サヤがオレに求めてるのは、それ以上の『気持ち』だ。
 受け入れてほしいというなら拒絶はしない。だが……オレには、あいつが向けてくるものと同じものは、返せない。
「カイナッツォさんは、分かってない……」
「何をだよ」
「サヤさんが求めてるのは、あなたの気持ちです。それ以上は教えてあげません」
「……それは分かってるってんだよ」
「分かってないですよ。あ、さっきのは嘘ですから。僕はサヤさんとどうにかなる気はありません。彼女をこの世界に繋ぎ止めておきたいのは本当ですけど」
 また他の手を考えて来ます、と笑いながらセオドアは去った。食えない奴だ。結局全部オレへの挑発じゃねえか。
『サヤさんが求めてるのはあなたの気持ちです』
 ……オレの気持ちなんか、存在しないと言ってるだろうが。人間並の感情で答えてやることはできない。どうしろってんだよ。

***


 無言で手渡したものを、サヤもまた無言で見つめていた。セオドアが贈ったものによく似た青い石の指輪。魔力を秘めて水の力を吸収し増幅する。赤い石の魔力と打ち消し合って、今は互いに何の効果もないが。
「……いらねえなら返せ」
「……いる。返さない」
 座り込んでオレを見つめるサヤの頬が、夕陽に染まっていた。真剣な眼差しが突き刺さる。……そんなに深い意味のあるもんじゃないと、言ってやった方がいいんだろうか。単なるご機嫌取りだ。他に何も思いつかなかった。……それだけだ。
「どうしよう……嬉しすぎる……」
「……セオドアからだってもらっただろ」
「カイナッツォにもらうのは、意味が違うもん!」
 意味なんか、ない……と、言えなくなってしまった。そこまで喜ぶと思わなかった。そんなに幸せそうに笑うと思わなかった。無性に叫びたい気分だ。
 それは違う、お前が求めてるようなもんじゃねえ。セオドアがお前にやったような、好意の証でも何でもない。ただ、オレがお前の傍に行くための……、
『サヤさんが求めてるのはあなたの気持ちです』

 ……なんだっけか、なんか今すげえ馬鹿なことを考えた気がする。
「おい、一つ聞くがな……お前セオドアに何か吹き込まれたか?」
「え?」
「その指輪、絶対外すなとか。とくにオレの前で」
「あ……うん、それは念押しされたよ。そんなこと言わなくたって、大事にするのに」
 してやられた。あいつは最初から、オレに指輪を外させる気だったんだ。それがオレの意思表示になっちまう。そうするのはオレがサヤの傍にいたいからだと、分からせるために。
 好きだなんだって感情がなくたって、オレの本音がサヤの元にあるなら。……あああ、くそっ! ガキのくせに、人間のくせに……!
「ど、どしたの……?」
「……なんでもねえよ」
 人間らしい感情なんか持てねえ。サヤに返せるものなんか、何も。それを悔やんでる時点で、オレはもう負けてんじゃねえか。余計なこと自覚させやがって。これじゃまるで……。
「案外はじめから惚れてたのかもな……」
「……えっ?」
「サヤ、出かけるぞ」
「え、え、え」
 すっと水の気配が体を取り巻いて視点が高くなり、座ったまま混乱気味のサヤを、人間を模した腕で抱え上げた。
「……ここじゃできねえだろ」
「な、なに急に!? どうしちゃったの?」
「ここんとこお前に触ってないから欲求不満なんだよ」
「…………!!」
 何か言いたげに口を開いて、そのまま何も言えずにオレの肩に顔を埋めた。指に光る青い石が、夕陽に染まって深い色に変わる。まるで奴の瞳のような色。……付き纏うんじゃねえ、今ぐらい忘れさせろよ。
「……わたしもカイナッツォにさわりたかった」
「そうかそうか。じゃ、嫌というほど味わわせてやるぜ」
「や、やっぱ今のなし……」
「聞こえん」

 サヤが求めてるのは、気持ちだ。だがオレはそんなもん持ってねえ。……嘘は返せない。真実でなければ、応えるわけにはいかない。……それは結局、真実を返してやりたいってことか。
 そんなに欲しいなら、言葉ぐらい与えてやってもいいのかもな。気持ちってヤツも、後からついてくる、かもしれない。サヤが欲しいものを手に入れて喜ぶのは、オレにとっても悪い気分じゃねえ。……それも真実には違いない。

8/26
[←*] | [#→]


[menu]


dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -