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正体


 人間の体ってやつにも随分と慣れてきた。昔は疲れの取り方すら分からず、いくら真似ても人間の皮を被った何かにしかなれなかったが……。肘をついて頭を支えながら、隣で寝こけているサヤを見つめる。体が小刻みに震え、小さく唸っていた。夢でも見てるのか。眉が寄ってるとこを見るとあまりいい夢じゃないらしい。かねてから言われていた通り、サヤの肩を掴んで揺り起こす。
「むぅ……」
「……またか?」
「ん……んー、わかんない。やな夢だった」
 始めの内は逃げ回ってたが、近頃じゃ毎晩こうして一緒に寝るはめになってる。休息をとる必要もないのに寝転がって朝を待つのは、正直けっこうな苦痛だった。ましてやベッドの上だ。どうもこれには慣れねえ。本性を曝して乗っかるとあちこちで爪が引っ掛かるし、水分が吸い取られるのも地味に欝陶しい。
 だがオレが拒むと今度はサヤが、床で一緒に寝ると言って聞かない。渋々と一晩中冷たい床で見守った翌朝には、尻と腰が痛いというサヤの言葉でバルバリシアがブチ切れる。……結局、人間に化けて一緒に、ってのが折衷案だった。いや、よく考えりゃ、オレしか妥協してねえな……。
「……起きるなよ、布団が冷える」
「うー、まだ夜中かぁ」
「ああ。もうちょっと寝てろ」
 ……始めの内は逃げ回っていたが、近頃じゃ毎晩いやな夢を見るというサヤを突き放せない。目が覚めたら全部消えていた。何もかも夢だった。……そんな夢を見ると、言っていた。
 自分が何のために存在するのか、そんなことを理解してるやつなんて、いないだろうに。それでもサヤは考えずにいられない。かつてはそれが分かっていたから、分からない『今』が怖い。いつ引き戻されるか分からなくて怖い。目が覚めた時に一人。それが耐えられない。知ってしまったことが恐怖を呼ぶなら、それはオレのせいでもあるんじゃねえのか。

「……寝れなくなっちゃった」
「なら目を閉じてじっとしてろ」
「人間みたいなこと言うねー」
 誰のせいだと思ってんだよ……。最近、本気でまずい気がする。嗅覚は鈍るが、聴覚は人間の姿の方が鋭くなるらしく、サヤのふとした独り言まで聞こえてしまうと、今度は戻った時に聞こえないのが気になって仕方ない。
 この格好でいる限り魔物や人間の肉だってそれほど欲しくならねえ。もう何日、血の匂いを嗅いでないのか。そもそも『何日』なんて感覚からして人間の時間で生きてるじゃねえか。……本性を忘れそうだ。でも別に構わないんじゃないかと、思いつつあるのがまた。どうしたもんかね。
「……なんか考え込んでる」
「さっさと寝ろ」
「冷たいー、ひどいー」
 言葉では非難しながら、なぜか嬉しそうに擦り寄ってくる。柔らかい体が全身で密着してきた。ああ、一番まずいのは、これだよ畜生。
「ぬるくなってる」
「お前の体温が移ってんだよ」
「……もっと移す」
「いい加減にしろよ、襲うぞてめえ」
「……元の姿で、なら」
「……は?」
「人間の格好も、だいぶ慣れたけど……生まれたままの姿のほうがいいなって、思ったりも……」
「お前……けっこうな変態だな」
「なんでそういう……うー! カイナッツォは平気なの? 自分のホントの姿じゃないのに……」
 別にそんなことにはこだわらねえ。仮の姿だろうが真の姿だろうが、相手が誰だろうが……と言うとまたへこむんだろうなぁ。まあ、実際にはもっと単純な理由だが。
「この方が気持ち良いんだよな……」
「……そんな理由!」
「重要だろうが。お前は自分だけ良けりゃいいのかよ?」
「わたしは痛いだけだったんですけど」
 ああそうだ。人間はこういう時に不便だな。逃げ込もうとしたら、甲羅がなかった。余裕がなかったのはあの時だけだと言い切れるのか? だが化けずにやったとしたら、むしろ理性のかけらも残らないんじゃねえか。人間の体なら多少無茶しても痛いだけで済むが、本気で交わったらそうもいかねえ。うっかり殺しちまうことだって有り得る。いくらオレでも死体を抱くのは御免だ。だから。……なんでオレが言い訳しなきゃならねえんだよ。

「……見た目ぐらいどうだっていいだろ」
「どうだっていいなら、元の姿でもいいじゃん」
「屁理屈言うんじゃねえ」
「実感しにくいんだもん……」
 抱き心地のいい感触が遠ざかる。急にできた空間がぬるくなった体を冷やした。……とどのつまり、壊さずにいる自信がないだけだ。本性を失いかけてまで人間の姿にしがみつきたくなるほど……オレにだって怖いものがある。
「再三言うがな、どんな姿だって、オレはオレなんだよ」
「わかってるよ……わかってるけど、理屈じゃないんだよ」
「……ぶっ壊れても知らんぞ」
「死なない程度なら無茶したっていいよ」
 その死なない程度ってのが、一番難しいんだが……。本当に分かってんのかね。ふと見ると、悶々と悩むオレの横でサヤが何やら妙な格好をしていた。何かを挟み込むように間隔をあけて両手を掲げ、手と手の間の何もない空間をじっと見つめる。
「……何やってんだ?」
「赤ちゃんの頭って、これくらいかなぁ?」
「はあ? さてなぁ……なかなか食う機会がなかったからな」
「……聞かなかったことにしよっと」
 それがなんだって言うんだ。サヤがごろりと寝返りをうってオレの元に転がってくる。すっと伸びた手が下半身に向かい、
「んなぁあっ!? どこ掴んでるんだ馬鹿野郎!」
「うん」
「うん、じゃねえっ……な、撫でるな、おい!」
「人の頭が出てくるんだから……大概のものは入るんじゃないの?」
「………………お前、どれだけ馬鹿なんだ……」
「……カイナッツォが好きだもん……だから、ちゃんと、全部知りたいん、だよ……」

 何なんだ。何の嫌がらせだこれは。やり返すほど、オレの方が追い詰められてんじゃねえか。ああ、もう知らねえぞ。どうにでもなりやがれ。

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