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カイナッツォ


 薄明るくなった空を見上げる。体を撫でた冷たい風に、サヤが小さく身震いした。
「……いい加減、帰るか」
「うー」
 肯定とも否定ともつかない声でサヤが呻いた。そろそろと地面を這いながら擦り寄ってくる。抱き寄せると、いつの間にかずいぶん体温が下がっていた。
「寒いだろ」
「うん……」
 頷きながらも一向に立ち上がる気配はない。オレに触ったって温かくはならんだろうが。抱きしめた腕を、サヤの目がじっと見据えている。
「どうし……ッいでええぇ! 噛むなっ、こら、離せ!!」
 頭を叩いて引きはがす。小さく歯型のついた場所が熱を持ってヒリヒリ痛んだ。それを不思議そうに見つめていたサヤがぽつりとつぶやく。
「噛みちぎれないね」
「お前なぁ! ……何がしたいんだよ……」
「血は出るのかな、って思って」
 不穏なことを言うやつだな。赤く痕のついた、人のものと寸分違わぬ腕を見遣る。血なら流れる。だが流れるだけだ。この姿形は表面上のものに過ぎない。人の生態をなぞってみたところで、相変わらず眠りも必要としないし、血を流しすぎて死ぬこともない。

「急に何だよ……」
「さっきちょっと思ったんだけどね」
「ああ」
「人の姿でしたら、子供作れるの?」
 真顔と言葉が繋がらない。頭の中で意味を理解し終えると、急に馬鹿馬鹿しくなってサヤを放り出して後ろを向いた。さっきちょっと思った? そんな余裕があったんなら、遠慮なんかするんじゃなかったぜ……。意識が飛ぶぐらい無茶してりゃ、こんな馬鹿な会話せずに済んだのに。
「やっぱり、無理?」
「当たり前だろうが! 人間に化けたからって、人間になったわけじゃねえんだよ」
「そっかぁ」
 ちょっと残念、と言いながら、向けた背中に抱き着いてくる。硬い甲羅ではなく柔らかい皮膚で、胸の感触を味わう。
 この姿も、流れてる血も、偽物だ。……血以外の物も。体の内で滾るものはあるが、それは生命力なんかじゃねえ。

「……子供ほしいのか?」
「今は、いらないけど。その内ほしくなるかもしれないし、ならないかもしれない」
「オレとじゃ無理だぞ」
「それならそれで仕方ないよ」
 ふと、サヤがここに留まってる理由を考える。オレを好きだと、傍にいてほしいと言うなら。そのためだけにここに留まる気はあるのか?
「……お前、これから先、元の世界に帰れるようになったらどうするんだ」
「どうしようかなぁ。……カイナッツォは、引き留めてくれる?」
「ああ? オレは何もしねえよ。お前が帰りゃ、オレも消えるだけだ」
「……呼び戻すとか、追い掛けるとか、言うだけでも言おうよ!」
「んな方法思いつかねえ。お前だって向こうに帰ってどうしようもなかったんだろ」
 そうだけど、でも、気持ちの問題として……。なにやらぶつくさ呟いて、やがてふて腐れたように頭を押しつけてくる。

「お前が帰らなけりゃいいだけの話だ」
「……帰らないでほしい?」
 なんでこう、オレに答えを求めたがるんだ。そのくせ自分のほしい答えじゃなけりゃ認めねえ。前より深く入り込んだ分だけ、欝陶しさが増した気がする。突き放しきれないオレも悪いんだろうが。
「サヤ」
 張りついた背中からはがして、肩を掴んで向き合う。冷えた体からさらに熱を奪うように全身で抱え込んだ。
「何度も言うが、オレはお前を好きにはなれん。だが、そばにいる限りは抱いててやるよ」
「……なんか、それ……ずるいよ!」
「惚れたのはお前だ、諦めろ」
 失う時がきても、さしたる苦もなく受け入れるだろう。その時が来るまでじっと待ってるだけだ。片時も離れずに。

***


「仲直りできたんですね」
「えっ、う、うん」
 純粋な笑顔で言われて思わず吃った。仲直り以上のことまで、してしまったような気がする。とてもそんなこと言えないけど。
 今朝は結局帰れなかった。腰が痛くて立ち上がれなかったわたしをカイナッツォが背負ってくれて、家の前までは戻ったんだけど。中から立ちのぼる殺気を感じてカイナッツォが逃げ出したから。そして二人してバロンに駆け込んだ。セオドアに報告したかったし、挨拶できなかったセシルにも声をかけたかった。
 ……バルバリシア様がおさまるまでは、四六時中一緒にいられる。みっともないと思いつつニヤニヤが止まらない。おかげで何か言う前にセオドアにばれちゃった。
「やっぱりカイナッツォさんが折れましたね」
「やっぱり?」
「絶対そうなるって、母さんと言ってたんです。ミシディアでも皆そう思ってたんじゃないかな」
 そうなのかな。どうなんだろう。なんかまるでわたしが、人の気持ちも考えないで押しまくって強引に手に入れるって性格、だと思われてるみたい。……実際そうだけど。
 ちらっと部屋の隅を窺うと、カイナッツォは仏頂面で聞こえないふりをしてた。でも今回のは痛み分けじゃないのかなぁ。結局、カイナッツォの気持ちを実感できたのは、体が触れ合ってるときだけで。なにもかも思い通りになったわけじゃない。……思い出したら体が痛くなってきた……。

「そういえば、セシルは?」
「寝込んでますよ」
「ええっ! だ、大丈夫なの?」
「平気でしょう。母さんもついてるし」
 平然と告げる声に、さすがにカイナッツォも振り返った。寝込んでるって、なんで? 昨日会ったときは元気だった。というか王様が、父親が倒れたっていうのに、こんなに冷静でいいの?
「久しぶりに二人でゆっくりできるから、よかったんじゃないかな」
 そういう言葉を聞くと、セオドアなりに気遣ってはいるんだろうけど……取り乱して心配された方がセシルは嬉しいんじゃないかなぁ……。
「あ、でも、お二人が結ばれたことは、まだ言わない方がいいかと」
「そ、そうだね……ゴルベーザたちにだって、まだ言ってないし」
 結ばれた、という言葉。横目で確かめるとカイナッツォは黙ったままこっちを見てる。否定されないというだけで舞い上がってしまう。ごめん、セシル。恋は人を無情にします。

 戻ってきたカイナッツォに対して……ローザやカインに直接聞いたことはないから、二人の考えはよくわからない。けどセシルは、はっきりと拒絶を示していた。かつてはわたしを通して少し気持ちが変わってたみたいだけど、相手が生きてるのと死んでるのとじゃ、やっぱり違う。ゴルベーザや他の四天王はゆっくりと受け入れられても、カイナッツォだけは。
「……べつに、あいつに認められなくても問題ねえだろ」
「そうですよね。二人の気持ちが通じ合ってるなら、父さんは関係ないですよ」
「いや通じ合うとかじゃなくてだな……、お前が言うと意味が変わる」
 この二人は、なんだかんだでうまくやってるのになぁ。ただ単に、セオドアが強いだけなのかな。簡単にはいかないことも、無理強いすべきじゃないことも、よくわかってる。けどやっぱり、せっかくなら歩み寄ってほしい。
 カイナッツォがもう少し柔らかい態度をとってくれれば。でもそんなのカイナッツォじゃない、って気もする。因縁なんかなくたって、カイナッツォとセシルはそもそも合わないのかもしれない……。
「バルバリシア様の方が、まだ簡単かも……」
 名前を口に出しただけで、カイナッツォがびくりと震えた。……そんなに怯えなくたって。
「馬鹿言うな、あの女が簡単に認めるわけねえだろ」
「まだ話してないんですか?」
「つーかあいつから逃げてここに来たんだよ! 戻ったら絶対に殺される!」
「わたしが傍にいれば大丈夫じゃない?」
「そんなもん、その場限りだ。むしろ怒りが蓄積されて後が怖い」

 でも、始めに宣言したとき、バルバリシア様はすんなり受け入れてくれたけどなぁ。カイナッツォを好きになったからって、他のみんなへの好意が薄れるわけじゃないんだし。逆の立場になって考えてみようか。バルバリシア様に恋人ができたとしても、わたしは嫉妬なんて……なんて……あれっ、嫉妬、するかも……。
「……よく考えたら、けっこう前途多難?」
「よく考えなくてもそうだろ」
「サヤさんの気持ちが折れなければ大丈夫ですよ」
 ……それなら自信がある。拒絶されても呆れられても、いっそ完膚なきまでに叩きのめしてほしいとさえ思っても、わたし自身の気持ちだけは揺らがなかった。
 わたしはセオドアを無条件に全面的に信頼してるから、その言葉に安心できる。

 先のことなんかわからない。セオドアが受け入れてくれたように、カイナッツォが流されてくれたように、相手が揺らぐまで押し通してやる。今のわたしには、絶対なくせない一番大事なものが、ちゃんと見えてるから。

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