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カイナッツォ


「本当にカイナッツォさんなんですね」
 先を歩きながら、セオドアがせわしなく振り返る。何の変哲もない黒髪に黒い目の、紛れも無く人間の姿……その見慣れない男を、名乗っただけであっさり引き入れた。こいつ大丈夫かよ、無防備すぎだろ。サヤの影響が悪い方に出てんな。
 かつては見慣れた石畳を歩く。以前と違う姿とはいえ、自分の死に場所を歩き回るのはいい気分じゃねえ。
「……で、あいつはなんで怪我したんだ?」
「階段から落ちたそうです。上から下まで」
 馬鹿すぎる。バロンに行ったきり帰ってこないと心配してみれば……。あいつのそそっかしさだけはどうにかしてやりたい。周りのためにもオレのためにも。
 狼狽しすぎてミシディアの町ごと破壊しそうになったあげく、お前がもたもたしていたせいでとつかみ掛かってきた女の顔が浮かんだ。……あー、頭いてえ。

「テレポもデビルロードも傷に障るし、飛空艇を使うわけにもいかないから、と」
「ケアルで治せないほどひどいのか」
「いえ、全く。というかテレポしても問題ないくらいなんですけど……」
 煮え切らない言葉に足が止まった。セオドアが困り顔で振り返る。なんかとてつもなく嫌な予感がするんだが。まわりを確認して記憶と照らし合わせる。すぐそこに見えている部屋が王の執務室だ。
「オレ帰るわ」
「すみません、もう無理です」
「サヤを放ってどこへ行く気だ?」
 ドアの向こうばかりに気をとられて背後の人影に気づかなかった。以前見た青臭い気配とは比べ物にならない威厳に満ちた姿。年を食って随分様変わりしたようだ。威圧感すら感じる。……まるでゴルベーザ様のような。嫌になるほど真っ直ぐな視線だけが脳裏にこびりついた記憶と重なった。

「……怪我が治ったら勝手に帰ってくればいいだろ」
「なぜよりによって貴様なんだ」
 だから、オレが知るかっつーんだよ……。やっぱりここまで伝わってんのか。サヤが言い歩いてんのか。そんなにオレを追い込んで楽しいか、馬鹿野郎。
「サヤがあの頃と変わらぬ姿だと知った時、いずれセオドアのお嫁さんにと考えていたのに!」
「勝手に決めないでください」
「どうしてだ、セオドア。不満なのか?」
「僕もサヤさんも、そんな気はありません」
 きっぱりと拒絶する口調に憤っていた肩が落ち込んだ。この親父もどっかぶっ飛んでるな。前はもう少しマトモに見えたんだが。これに比べりゃセオドアはマシな方か……。
「それに、恋人の前で失礼ですよ」
 前言撤回だ。
「恋人じゃねえ」
「……えっ?」
「サヤが勝手に言ってるだけだ」
「サヤさんが……?」
 不審そうに首を傾げるセオドアを見て、不意に疑念がわいた。まわりから固める、こういう手口はサヤには似合わない。ましてあいつはオレとセシルの関係にやたらと神経質だ。相手が相手だけに、不用意に話を進めるとは思えねえ。

「ポロムから近々結婚の予定もあると聞いたが?」
 あのガキか、黒幕は!
「そんな馬鹿げた話まで疑いもせず信用するとはな。そのからっぽの頭でよく一国の王なんて役が務まるもんだ。魔物に乗っ取られていても気付かぬような愚かな国だから問題ないのか?」
「……貴様!」
「クカカ……もう一度やり合うか? 以前のようにはいかねえぜぇ」
「でも、サヤさんがあなたを好きなのは本当ですよね?」
 場の空気を意に介さないセオドアに、オレとセシルの肩ががくりと落ちた。くそ、毒気を抜かれた……。
「オレの知ったこっちゃねえ……」
「……サヤは王の私室にいる」
「なぜオレが迎えに行かなきゃならないんだ」
「お前が行かないのなら、私はサヤを帰す気はない」
「それは父さんが決めることじゃないのでは?」
「セオドア、ちょっと黙っててくれないかな……」
「でも今ここにいる中で父さんが一番部外者ですよ」
 けっこう言うな、こいつ。端で聞いててもグッサリきたぞ。面と向かって言い捨てられたセシルは力無くうなだれている。……いっそ哀れだな、とは言わないでおくか。さすがに同情するぜ。

「迎えに行ってあげてください。そろそろバルバリシアさんも限界でしょう?」
「あ、ああ……分かったよ、行きゃいいんだろ」
 すでに気力の尽きかけているセシルを尻目に渋々と私室へ向かった。……血筋なんてものはよく分からんが、他の血族を見るかぎりじゃセオドアは母親の血をよく引いてるんだろうな……。女ってのは恐ろしいぜ……。
 サヤもいつか女になるのか? あの面倒臭さに恐ろしさまで加わったら手に負えんな。

***


「あれっ、誰?」
 それなりに決意を固めて開いたドアの先で、ベッドに腰掛けたサヤが足をぷらぷらと揺らしていた。気が抜けたあと猛烈に腹が立ってきた。
「お前、怪我は」
「ローザが治してくれたから……って、誰?」
 ああ? オレは一体なんのためにここまで来たんだ? くそっ、迷ってたのが馬鹿らしい。話を広げてたのだって結局サヤじゃねえ。こいつはいつも通りだ。べつに何の変化もない。さっさと終わらせときゃ、ややこしくならずに済んだんだ。
「……あの〜」
「オレはお前が好きじゃねえ、だからお前の気持ちには応えられん。それが受け入れられないなら消えてやるから、帰ってくるまでに考えとけ。じゃあな」
 唖然とするサヤが部屋の景色に溶けた。何度ここで話しただろうか。内容もない、くだらない話だ。きっと二度と訪れない。この場所で会話を続けたら、自分の意思が揺らぐ。拡散された魔力がオレを包み込んで収束した。

「……逃げたわけじゃ、ねえ」
 言い訳のような呟きがミシディアの泉に落ちて消えた。卑怯で何が悪い。名乗らなくたって考えれば分かることだ。
 分かってほしい、だけか。そうしたくて傷つけたんじゃない。踏み切らせたのはサヤの方だと……。
 胸が痛むのは人間に化けてるせいだ。元の姿に戻っちまえば、どうってことない。……なのに、どうも戻る気がしねえ。





 現れた瞬間消えた影。置いていかれた言葉の意味を考える。治ったはずの傷が痛んだ気がした。
「好きじゃない」
 なんだかんだで優しいから、押し通せば流されてくれないかな、なんて期待もできない冷たい声。振り切るように立ち上がって部屋を出た。ドアから離れたところでこっちを窺う人影と目が合った。
「わたし、そろそろ帰るよ。ローザ呼んで来てくれる?」
「カイナッツォさんは……」
「置いてかれちゃった」
 できるかぎり明るく言ってみても、セオドアは察してしまった。同情を顔に出さない優しさが、心から嬉しい。いつもわたしの一番求めてるものを返してくれる。好きになりたい人を好きになれたら、簡単だったんだけどなぁ。
「……母を呼んできます、待っててください」

 気持ちの変化に気がついて、照れるより戸惑うより先に、伝えなきゃって焦った。浮かれる暇もなかった。後になって冷静に考えたら、すごく押しつけがましいことをしてた。仕切り直させて! って思い始めたところでなぜだか話が大きくなってて、いたたまれなさに逃げ出した。
 ここにくるんじゃなかったな……。今なら悲しみじゃなく懐かしさで、思い出に浸れると思ってたのに。まさかここで答えを出されるなんて思わなかった。
「サヤ……大丈夫?」
 心配そうに声をかけてきたローザの、その美しさといったら。恋が叶った人の輝きが眩しすぎて、なんだか泣けてきた。
「長らくお世話になりました〜」
「……また、いつでも来てね」
「うん……またくるよ」
 いつかをなぞるような会話。意識が占領されてる。他のことがなんにも考えられない。そっと目を閉じると、翳されたローザの手に吸い込まれた気がした。

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