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カイナッツォ


 恋愛なんて感情そのものが人間特有のものだ。自分の血を託すに足る存在か否か、価値ではく感情だけでなら他人を計るのに他の何も必要ない。もちろん子を成さない魔物にはそれすら不要なわけだが。
 オレにとって必要か不要かという選択肢すらなかった。邪魔だと思えば消してやり、そうでなければ放っておくのが常道。居なけりゃ困る存在など有り得なかった。

――わたしカイナッツォのこと好きになったから、覚えといてね。
 いきなりそう宣言すると問い返す暇もなく駆け去ってしまい、それきりサヤの姿を見なくなってからしばらく経った。他の奴らとは普通に顔を合わせているらしいから多分オレを避けているんだろう。
 反応に困った。好きになったって、だからどうしろってんだ? 例えばそうだな……こういう時には「お付き合いしてください」とでも言うのが定番だったか。好きになったからどうこうしたい、してくれと頼み込んでくるならオレにも返す言葉がある。「嫌だ」とな。
 ただ好きになったからそれを知っておけと言われてもどうすりゃいいのか分からんだろうが。覚えとけっつー言葉もよく考えれば怨念染みてて怖いじゃねぇかよ。
 ともに過ごした月日はもうそれなりに長くなり、あちらはどうか知らんがオレはサヤのことを少しくらい分かるようになってきた、と思っていたんだが。どうやら間違いだったらしいな。

 とうのサヤはオレから逃げ回っている。何の答えも求めていないと言うならそれはそれでありがたいことだが、どうも釈然としない。一体何を求めてあんなことを言い出したんだ?
「サヤなら、お前を選ぶのも理解できる」
 相変わらずのしたり顔でルビカンテが頷いた。何だよ、どこがどう理解できるってんだ。
 このオレを好きだと言うんだぞ。確かにサヤは誰彼構わず友情とやらを抱いて回る無節操なアホだが、そんなものとはわけが違う。恋愛感情なんつう曖昧で根拠がなくて理解不能な欝陶しいものを差し出してオレに受け取れと言うんだ。オレに。他の誰が相手でも面白がって他人事でいられたのに。
 年中発情期のバルバリシアか、あいつに執着心まるだしのスカルミリョーネが相手だって方がまだ納得できるぜ。さぞ快い返事ももらえるだろうよ。もちろん、同じ人間であるゴルベーザ様や歳の近いセオドアに好意を抱いたなら尚更だ。なんだったらルビカンテだって悪いようにはしないだろう。
 なんでよりによってオレなんだ? 一番有り得ねぇだろうが、その選択。……まあ、あいつの場合は不思議と“魔物なんかに惚れてんじゃねぇよ”って話にゃならねえんだよな。
「何だっつーんだよ全く、馴れ合いてえならオレ以外の相手にしろよな」
「あの娘には恐れるものが多い。それも単純な恐怖ではないから、守り通せる者は限られているだろう。……私は、サヤが選んだのがお前でよかったと思うよ」
「オレはこれっぽっちもよくないんですがねぇ」
 怖いものなんか溢れるほどあるに決まってるじゃねえか。あいつは貧弱な人間の中でもとくに弱いんだからな。だからなおのこと、守る力があるかどうかよりも守ってくれる相手を選ぶべきだろ。……本当にどうしてオレなんだよ。迷惑だ。
 ただただ迷惑なのになんでいつまでも悩まされなきゃならないんだ。
 あいつでなければ無視して終わりだってのに、周りがそうはさせない。そんなことは不可能だというのに、考えて悩んで、傷つけずに済む方法を探せと追い立てられる。

***


 そもそもここ最近ずっと、妙に風が強くて嫌な予感はしてたんだ。嵐なんてものは大概予兆があるものだからな。まあそんな大掛かりなモン、来るのが分かってたからって避けられるとは限らねえが。
「恨めしい……」
 さっきからどこへ行ってもバルバリシアがついてくる。オレの視界には入らないように真後ろをどこまでもどこまでも延々とだ。聞こえないふりでもして無視してたが、引っ切り無しに怨み言を呟かれたら気になって仕方ない。
「呪ってやる〜〜……」
 ましてその言葉一つ一つに毒でも含まれていそうな暗い声音で。お前一体いつからスカルミリョーネに弟子入りしたんだと問い詰めたい。
「……おい、いい加減にしろ。言いたいことがあるならさっさと言えよ」
 背後霊の相手にもうんざりして振り返ると、バルバリシアは長い髪を逆立たせて怒り狂っていた。静かな声だったから油断したぜ。マジで怖い。
「な……何だよ」
「言いたいことですって? 馬鹿な。言えないからこうして嫌がらせしているんじゃないの!」
「ああ?」
 どういう遠慮の仕方だよそりゃ。だらだらグチグチ文句垂れられるよりはいっそ襲い掛かって……来られても欝陶しいが、その方がまだオレだって対処しやすいだろうに。
 というかそもそもオレは悪くない! サヤが振り撒いた迷惑をなぜオレが被らなきゃならねえんだ!?
「サヤに先手を打たれたのよ。『わたしカイナッツォを好きになったから威嚇とか牽制とかしないでね』って! 必死な顔で頼み込むのがそれはもう可愛かったから思わずうん分かったって言っちゃったわよ!!」
「馬鹿か」
「なんですってえ!?」
 うお、しまった。呆気にとられてつい本音がこぼれた。しかしあいつと約束したからってだけで気軽に喧嘩も売れんとは、意外に律儀な女だな。意外すぎて気持ち悪いぜ。

 それにしてもサヤめ、いろいろと間が抜けてるわりにはこんな時に限って予めバルバリシア相手に予防線なんか張ってたのか。これは益々もってまずい展開だな。先を見据えてるってことは気の迷いでは済まないってことじゃねえか。冗談だったと流すことはもうできない。……いや、冗談じゃなかったのはとっくに分かっているんだが。
 ああもう、なぜだ? いっそ「わたしの想いに応えて」とでも言えよ。そうすりゃオレにも返す言葉がある。「嫌だ」と。
「なんでよりによってお前なのよ」
「オレが知るか」
「そりゃあ見ず知らずの人間風情にかっさらわれるより、不本意ながら身内みたいなお前の方がマシだけど……なんでよりによってお前なのよ!」
「だからオレが知るかっつーの!」
 結論を出すならサヤに会わなきゃならんのにあいつは巧妙に隠れている。……めんどくせえぞ。なんで今になって余計なこと考えちまったのかねえ? これまで通り浅く付き合っていけりゃ、お互い楽だったのによ。
「カメはいいのに女同士はダメなわけ? あの娘の好みは理解できないわカメなのに」
「どさくさに紛れてカメカメ言うな」
 魔物相手に恋愛感情抱くやつが性別なんか気にするかよ。そうだ、んなこと気にして引き下がるようなヤツじゃない。だったら素直にバルバリシアにでもしとけば誰も平和でいられたってのに。
 ……いや、べつに平和を望んでるわけでもないが。……何度目か分からんがやはり思う。なぜオレなんだ。恋愛なんかできるわけねえだろ。
***


 ミシディアから出ちゃいないはずなんだが、サヤは完全にオレの視界から逃れているらしい。こんなに狭い世界でも忌々しい住民どもが加担すれば逃げ切ることは可能なんだと思い知った。
「いつまで引き延ばす気だカイナッツォ。いい加減に答えを出せ」
 無責任にも背を押され八つ当たりされサヤを探し回り突っ返そうとしても見つからず、そういうオレの苦労を理解することもなく文句だけはつけてくる輩もいるしな。
 というか、うるせえ。スカルミリョーネにだけは言われたくない。逆の立場になってみろってんだ、お前もあいつに真っ向から関わったことなんかないだろうが。
 答えなら最初から出てるんだ。だがサヤに答えを求められた覚えはない。一方的にあいつの気持ちを突きつけられただけだ。求められればよかった。同じものを返せと言われれば気軽に答えてやれたのだ。……嫌だ、と。拒絶を恐れて逃げてるのはあいつの方じゃないのか。
「とっとと貴様の答えをサヤに伝えてこい」
「あいつが見つかりゃとっくにそうしてる」
「戯れ事を……本当に会う気があるなら方法はいくらもあるだろう。ゴルベーザ様にでも、他の誰にでも尋ねればいい。……会って話をするのが怖いだけではないのか」
「……」
 くそ忌々しい。こいつだってぐるになってヤツを匿ってるんじゃないのか。なんだかんだ言いながら裏じゃ過保護で構いたがりな野郎だからものすごく疑わしい。

「話の通じぬ相手でもあるまいに。断りたいのなら女々しく迷わず早く行けばいい」
「ハッ。そしてお前が後釜を狙うってか」
「……なぜそうなる。サヤは……人間は、人間と結ばれるべきだ」
 至極尤もなご意見だな。だが相手がサヤでなければの話だ。あいつがオレたち相手に敵対心や拒絶を見せたことがあったか。仲間ではないと一度でも距離を置いたことがあるか? 魔物だから、人間だからなんてのは理由にならねえ。もちろんオレが嫌がる原因は大部分それだが、そんな理由じゃヤツは引き下がらないだろうよ。
 一度保護者になっちまったらもう逃れようがない。あいつに通じるほどの拒絶を示すなら真っ向からいくしかねえ。結局、保護者の立場に立ち返りながら、傷つける道しか残されてねえんだ。
「横からうだうだぬかすなら、お前がサヤを説き伏せてみろよ」
「不可能だな。この答えは貴様にしか出せん」
「……なんでオレなんだ。ゴルベーザ様やセオドアでいいじゃねえか、話も早ぇし」
「私の知ったことか。今更何を言おうと、サヤが惚れたのはお前だ、カイナッツォ」
 ああくそ、うるせえ。惚れたとか言うんじゃねえよ胸糞悪い。しかしまあ足踏み続けてんのも限界かもな。伝えなきゃならない。それでどんなに傷つこうが構わんが、その先が問題だ。すべてをなかったことにして今まで通りに戻れるほどあいつは器用なのか? ……絶望的だ。
 こんなに面倒臭い思いをしてまで恋愛なんてものにしがみつく、人間ってのは本当に理解できねえ。
「せいぜい足掻くことだな。サヤは一度決めたらそう簡単には諦めてくれんぞ」
「知ってるよ、残念ながらな」

 仏頂面というよりは単に無表情な、いつも通りのスカルミリョーネを見ていてふと思った。……こいつは何が目的なんだ? オレに受け入れさせたいのか、拒絶させたいのか。
「どうせ……いずれは貴様が折れるはめになる」
「不吉な預言するんじゃねえよ。てめえはサヤに人間とくっついてほしいんだろうが」
「そうなるべきだと言っただけだ。なってほしいとは言っていない」
 どいつもこいつも面倒なことばかり言いやがって。なんでもっと気楽に生きさせてくれねえんだよ、目的もなく、自分のためだけに。……ああそうか。そういやオレは生きてるんだったな。未だかつてそんなことを実感しなかったから忘れてたぜ。
 くそ、それが誰のおかげかまで思い出しちまった。何のために舞い戻ってきて、何を思い悩んでんのか。全部ヤツのせいじゃないか。

***


「カイナッツォ、サヤなら祈りの館にいるぞ」
 相手が違えば余計なお世話をありがとよ、と厭味の一つも返せたんだがそうもいかんな。顔が引き攣らないよう強張ったまま振り返ると、やけに嬉しそうな元上司の顔があった。
 こうして改めて眺めると、戦いの真っ最中に比べりゃそれなりに吹っ切れた顔をしていた。かつてこの存在が纏っていた闇に惹かれていたオレとしてはもったいない気もするが、まあ“ゴルベーザ様”の四天王だからな、素直に喜んどくべきなんだろう。
「……あいつは、何か?」
「彼女の口からとくに伝言は聞いていないが、お前に会いたいと言っていた」
 口じゃないならどっから聞き出したんだっての。サヤの頭の中を覗くのはもう遠慮しなくなったんだろうか。それともむしろオレを追い詰めるためなのか。
「結婚式には私が父親役をやっても構わないか?」
 それにしてもゴルベーザ様は前からこんなにトボけた人だっただろうか? 長きにわたる洗脳と重苦しい贖罪の旅で根本的なところがぶっ壊れたんじゃないのかと疑いたくなる。
「あー、一応聞きますが、何の話で?」
「ああすまない、先走ったな。式よりもまず話し合うべきことがあるか。……まず、住居はあのままでいいのか?」
 だから、いくらなんでも飛躍しすぎだろう! まだあれっきり話もしてねえんだぞ。なんだってこの人は異常に浮かれてるんだ。
「いやあの、ゴルベーザ様……」
「サヤにはできる限り早く身を固めてほしかったが相手がなかった。カイナッツォならば私も安心だな」
 ぐっ、アンタもですか。オレのどこがどう安心なのか言ってみてほしいもんだ。こうなると怒り狂って引き離したがっていたバルバリシアが、一番真っ当な反応を返している気がしてならない。オレでよかった。オレ相手なら理解できる。なぜ当事者のオレだけがついて行けてないんだ。

 考えたくない。確かに、逃げていると言われれば否定できないかもしれない。だがそれのどこが悪い? 逃げて当たり前じゃねえか。ぬるま湯に浸かってそれでよしとしていたものを、なぜ急に関係を変化させたがるんだ。切って捨てられないところまで踏み込んできたのはサヤなのに今更それをさせるのか。
 配下として多大な期待を寄せられた時よりも、今のゴルベーザ様の視線はずっと重かった。
「カイナッツォ」
「……は、」
「お前にしか届かない心がある。サヤを頼むぞ」
 いや、頼まれても、困るんだが……。忠誠なんぞクソ食らえだ、もう目的が一致しているわけでもなくただ昔の誼みでここにいるだけ、ゴルベーザ様はオレの主でも何でもないのに、口答えできない己が恨めしい。
 オレなんかに頼まないでくれ。アンタがすべきことじゃないか。オレだって他の奴らと変わらない、一度サヤを置いて行ったんだぞ。どうして任せようと思えるんだよ。
「……それで、式場はどこにするんだ?」
「いやもう言いたいことは山ほどありますがとりあえず、オレに断る権利はないんですか」
 まさかそんな可能性があるとは思わなかった。見開かれたゴルベーザ様の目が無言でそう語っていた。……言ったら言ったでちっとは気が楽になるもんだな。
 大事には思ってる。失いたくないと思う程度には。それは認めよう。だが惚れた腫れたって話になりゃ別だ。あいつにそんな感情は抱けない、というかあいつでなくても無理だ。オレがオレである限り、受け入れるなんて選択肢はどこにも存在しないんだ。
「……そう、か。サヤは悲しむだろうな。仕方のないことだが」
 サヤ第一のゴルベーザ様の反応が恐ろしかったんだが、意外にもすんなりと頷かれた。オレが拒絶するという可能性を他でもないゴルベーザ様に受け入れられて少しばかり安心した。
 好きでもないのに。……応えられるわけがないだろう。オレはあいつを、ただどん底に突き落とすためだけに、会いに行かなきゃならないんだ。

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