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 ソファーに腰掛けたサヤと手の中の小瓶を見比べる。どうしたものか。昨日の記憶はしっかり消えているようだが。
 ……しっかり、消えすぎたのか? まさか傷を癒すため私の元に来るとは。もう少し危機を感知する能力を身につけてほしいものだな……。
「サヤ、服を脱げ」
「へっ? や、あの、薬くれたら、自分でやるからいいよ」
「自分では不自由な場所もあるだろう」
 それはそれで見てみたいが。彼女が自分で……自分で? 頭の中に浮かびかけた情景を慌てて打ち消し、サヤの隣に腰掛ける。困ったような視線が向けられた。
「不自由な場所だから困るというか、恥ずかしいというか……」
「治療をするだけだ。何を恥ずかしがる」
「だって……なんで平気なのかな」
「何のことだ?」
 頬を染めてもじもじと俯く。誘っているのか、馬鹿者。転がり込んできたチャンスを逃す気など毛頭ないが、あまり理性を失うような行動はしてくれるなよ。

「……えっと、ゴルベーザ様はホモですか」
「…………?」
「や、ごめん。なんでもない。あーもういいや、お願いします! 痛いし!」
 やけくそとばかりに勢いよく服を脱ぎ捨て、あらわになった背をこちらに向けて座りなおす。床に擦れてできたらしい擦り傷と、力任せに抱きしめたあとが痣になっていた。白い肌に残る赤い傷。痛々しさよりもむしろ蠱惑的に見えてしまう。……好んで傷つけたわけではないが……。
「わぅ! つめ、た、い」
「痛くはないか?」
「う、うん。そっちはそんなでもない」
 硬く冷たい鉄に阻まれて、サヤの柔らかさも暖かさも感じない。薬を掬い取り塗りつけながら記憶を反芻する。誰にどのようにしてつけられた傷なのか、教え込んでやりたい衝動にかられた。

「……こっちを向け」
「え、前はいいよ」
「痛むんだろう? それとも自分で塗るか」
「ここで!?」
「お前は不注意なところがあるからな。誰かが見ていなければ」
 悶々としつつもしばらくして渋々振り返る。乳房や首筋には、背中よりも激しく噛み跡と青痣が残っていた。自分の余裕の無さをまざまざと見せつけられたようで、少し恥ずかしいな。
「手を退けろ」
「うー……」
 薬を乗せた指先でそっと痣をなぞる。忘れさせたのは私だというのに……改めて、刻みつけたい。今すぐに甲冑を脱ぎ捨て押し倒したい。そんな欲求を心の奥底にある冷ややかな闇に押し隠しながら。
「……っ、う……」
「顔が赤いが、どうかしたのか?」
「なんっでもないよ!」
「何を怒っている」
「怒ってないです!」
 そっぽを向いて頬を膨らます表情があまりにも子供染みて、僅かに微笑ましい気持ちを呼び起こした。尤も、これから微笑ましいとは言い難いことをするのだが。
 詫びるつもりはない。だが治療しながら新たな傷をつけるわけにもいかぬ……。慈しみ撫でるように、乳房を、腹を、内股を。

「ちょおっ、と、ストップ! もういいって!」
「…………」
「んっ、ゴ、ゴルベーザ、洒落になんないってば」
「…………」
「き、聞いてよ、あっ、んん!」
 逃げられぬよう抱き寄せながら、黙々と指を動かし続ける。裂け目を行き来するたびに薬が粘り着き淫猥な音をたてた。いっそのこともう一度洗脳してしまおうか。そうすれば生身で触れることもできる。多少無茶をしても構うまい。……しかし、それでは今後歯止めがきかなくなるな。
「もうっ、いい加減に……あぁッ、や、やだ、あぅ」
 すでに薬をつけずとも指を滑らせることができる。どこまで名分が通るだろうか。もう、無理か。それならそれで私も自棄になれるのだが。
 苛々した気分で愛液の溢れ出したそこに指を差し込む。掻き回してやりたい。だが不用意に指を曲げれば間接部分に肉が挟まるかもしれない。
「……ままならぬものだな……」
「なに、言っ、あっ、あん、うぅっ、ゴルベーザの、変態……」
「……治療をしているだけだが?」
「どこがぁ、あ、あ、だめ、あっ」
 緩やかに挿入を繰り返しながら起ちあがった突起を撫でる。サヤの背が反り返り、乳房が揺れた。触りたい。口づけたい。しかしそれはできない。甲冑の下で滾る熱に身を任せてしまいたいのに、冷ややかに見つめるもう一人の私がそれを許さない。
 怒りに染まらぬよう神経を使いながら、ひたすらサヤを追い詰めることに集中する。

「ここもこんなに腫れている。やはり薬を塗っておかなければな」
「ああぁ! それ、違っ、ぁんっ、ばかぁ」
「違うなら、これは何だ?」
「あっ、や、はっ、やだぁ」
「サヤ、あまり快楽に浸るな。こんなに濡らしては薬が流れてしまう」
「あ、あ、あっ、あぁッ、くぅ」
 サヤの声に切なさが増し、肩が震え、私を押し退けようと突っ張っていた腕から力が抜ける。縋りつき泣きながら喘ぐ息遣いを、素肌で感じられたら。
 絶頂に身を任せようとしたサヤから、するりと指を抜く。呆けたように宙を見上げ、我に返ると真っ赤な顔で私を睨みつけてくる。
「どうした」
「……わっ、わざと?」
「何を言っている」
「うぅー……!」
 判断をつけかねた表情で必死に見据えてくる。私の本心を見定めようとしているらしかった。ここまできて何を信じるというのか。サヤは他人を信用しすぎるな……。なかば呆れつつ周囲を探るが手頃なものは見つからない。腰に備え付けたロッドを見遣る。少々サイズが合わないが、仕方あるまい。

「あ、あの、あのね……」
「何だ?」
「いや、だから、なんていうか…………えっ、なにやってんの?」
「指では奥の傷に届かなくてな……」
 すでに名分など無きに等しいが、薬を塗りつけながら柄の形を確かめた。幸いにも先端が丸く全体的になだらかな作りになっている。あまり負担をかけずに済むだろう。パニッシャーでもあれば面白いことになったのだが……残念だ。
「な、なんか、波打ってるね」
「そうだな」
「長すぎると思うんだけど」
「奥まで届くのならいいではないか」
「大きすぎるし」
「だが、物足りないんだろう?」
「………………!!」
 絶句するサヤをよそに、先端をあてがう。驚いて腰を浮かせたところへ深く押し込んだ。声にならない悲鳴をあげながら、他に縋るものもなく私にしがみつく。
 昨日の今日だ。痛みもさほどではないはずだが。死角に隠れた顔を窺うこともできず、背中を撫でるように支えながらロッドを抜き差しする。次第に漏れ始める甘い声に安堵した。
「んっ、ふ、あっ、や、あぁ、あ、」
「…………サヤ、」
 達するなら私の名を呼んでほしい。そんな願いを口に出せるわけもなく、妙にやる瀬ない思いでサヤの肉壁を掻き回す。一度は触れられたのだから構わない。例え彼女が覚えていなくとも、痛みと快感を、せめてこの体が記憶してくれれば……。
「あ、あ、だめ、もうっ、ああっ、ぁ、っぁああ!」「……っ」
 その瞬間、サヤの心を覗き見てしまった。声に出さずに呼んだ名を、知ってしまった。
 どうしてお前はいつも、私の心を乱すのだ。もうこれ以上、苦しめないでくれ……。

***


「……しまってやる」
「……何をだ」
 さして物騒なものとも思えないのに、サヤの右手に光るものに背筋を嫌な汗が伝う。どうも悪寒がする。あまり相手をしない方が良いかもしれない。
「……傷は、いいのか?」
「お、か、げ、さ、ま、でぇぇ」
「そうか。それはよかった」
「ゴルベーザにぃ、是非っ、お礼がしたいんだぁ」
「配下を気遣うのも私の務めだ、気にするな」
「遠慮しなくて、いい、から……」
「サヤ、本当に大丈夫か?」
 壊れていないか。言動がおかしすぎるぞ。単に怒っているにしては目が不穏な光を放っているし。というか、頼むから、その右手のものを離してほしい……。

「ふ、ふ、ふ」
「……ちなみに、礼というのは?」
「わたしも、ゴルベーザがしてくれたのと、同じこと……してあげる」
 言葉だけなら期待してしまうんだが。言葉だけなら。知らぬ間にじりじりと後退りしていた。サヤが同じ歩幅でゆっくりと追ってくる。
「……気持ちは嬉しいが、私は特に傷ついてもいないのでな」
「そうだよねえ、だから、まずは、傷を、つけないとねえ」
 手にした鋏をカチャカチャと交差させながらにじり寄る。……四天王に命じて、刃物の類いはすべて除去しておかなければならんな……。
「その、それは、薬では済まないと思うんだが」
「大丈夫だよ」
 いやに自信たっぷりにサヤが宣言する。笑顔だった。まばゆいばかりの笑顔だった。正直なところ怖かった。
「ゴルベーザはすごい力があるじゃん……いざとなったら……再生すればいいよ……」
「形は戻っても何か大切なものを失う気がする」
「どうでもいいから……鎧を脱げよ……」
 たしか赤い翼隊長として早急に片付けなければならない用事があったな。今、思い立った。いや、思い出した。すぐにバロンに戻らなければ。サヤの気持ちを受け取ってやれないのは心苦しいが、それは一国の命運を分かつ重大な仕事のはずだから仕方がない。
「サヤ。私は急用ができた。話はまた、そのうち、いつか、聞こう」
「逃げても追いかけるからね地獄の果てまでも追いかけるからね絶対逃がさないからねわたしいつまでだってゴルベーザがしたこと」

 忘れないから!

 脳裏に響いた声に、喜びと恐怖に巻かれながら歪められた空間に逃げ込む。忘れてほしくはなかった。苦痛と快感が、誰の手でもたらされたものなのかを。しかし……しかし……。
 揺らめきながらあらわれた殺風景な部屋を出て、人目を避け城の奥へと向かう。豪奢な扉の先で書類に埋もれたカイナッツォを見つけた。
「これはゴルベーザ様……何か御用でも?」
「カイナッツォ。仕事は私が都合をつけるから、なるべく頻繁に塔に帰ってサヤの機嫌をとってくれないか」
「……はっ?」
「頼む。私の命が、命よりも大切なものがかかっているんだ!」
「は、はあ……分かりました……」
 カイナッツォならばサヤを宥めるのに慣れている。できるだけ早く機嫌を治してもらいたいものだ。このままでは塔に帰ることすら危うい。

 ……あの時たしかに、サヤの心に私を見たのだが。だからといって許されたわけではないのだな……。

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