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疼き


 何だってんだ。せいぜい八つ当たりして気を済ませるしかねえと思ってたのに、サヤはあれっきりこっちに来やがらねえ。今まで散々用もないのに邪魔しに来てたくせに。オレもくだらん用件で塔に戻れねえし、かといって特に呼び出すような理由もない。
 あっちから働き掛けてこなけりゃ何の動きもないわけか。気に入らねえ。……何故来ないんだ。照れか、ふて腐れてんのか、それとも。とにかくこの状況は大いに不満だ。
 夜中ならいけるかと慌ただしく仕事を済ませて、隙を見て塔に帰り着き、今サヤの部屋の前に立っている。
 夜明け前に城に帰れば問題ないよな……ってなんでオレがここまでしなきゃならないんだ。本来ならあいつの方こそご迷惑おかけしましたと謝りに来るべきじゃねえのかよ。スッキリしねえ。
 更に追い打ちをかけるように、扉を開けて部屋に入った途端、悲鳴をあげる間もなく爆音と閃光に襲われた。
 目眩と耳鳴りから立ち直ってみると巨大化したサヤが立ちはだかっていた。いや、周りの風景まで異様なことになっている。何だこりゃ、オレが縮んでんのか?
「設置魔法ミニマム!」
「何を得意げな顔してんだ馬鹿野郎」
 誰だ余計な入れ知恵しやがったのは。こんなところにトラップを作るな! 誰も侵入しやしねえだろ! オレ以外は。何だ、オレ狙いの罠かこれは。
 しかしこいつオレが白魔法使えんの忘れてやがるな。……面白い、どういう腹積もりか知らんがとりあえず黙って見ててやる。

 甲羅の脇を抱えられてひょいと視点が高くなった。……軽々持ち上げられて掌に乗っかるのも、いい気分じゃねえな。遊ばれてるようで腹立たしい。
「思い出すなあ、小学生のとき飼ってたミドリガメ。ひっくり返していい?」
「いいわけねえだろう」
 嬉しそうな顔すんな。横から指で突くのをやめろ。くそっ、なんかうまいこと魔力が働かねえな。いざって時にちゃんと回復できるのかコレ。
「おい、全然反省してねえのか? お前の余計な好奇心のせいでオレがどれだけ被害を被ったと思ってんだ」
「う……それは〜……」
「オレがわざわざ来てやったっつーのに罠なんか仕掛けやがって。喧嘩売ってんのか、あァ?」
「だってカイナッツォ怒ってるもん。怖いから会いに行けないんだもん。ちっちゃくなれば怒っても怖くないかなって……えへっ」
「かわいこぶるんじゃねえ気持ち悪い」
 全然、心なんか動いてねえぞ。いや本当に。つーかオレは何しに来たんだ。遥々バロンからミニマムかけられて遊ばれるために来たんじゃなかったはずだ。
「大体さあ、巻き込んだのはわたしだけど……あれ作ったのはルゲイエだよ。文句ならルゲイエに言ってよ!」
「あれと会話が成り立つと思うのか?」
「成り立たなかったからあんなことになったんだってば」
 こいつ、あくまでも自分は悪くないと言い張る気か。ルゲイエがどうだろうと受け取って実行したのはてめえだろ。
 何度思い出しても腹が立つ。あんなに精神に余裕がなかったのは生まれて初めてだ。よりによってサヤ相手に無防備まるだしで。ああ苛々する。そのうえ気持ち良かった。たまらなかった。もう一回やりてえ……って問題なのはそういうこっちゃねえだろ。
「なら聞くがな。お前なんでオレ相手にあれを使ったんだ?」
「普段偉そうなヤツの方が従わせるの面白そ、っとカイナッツォなら優しいから許してくれるかなって!」
「ほぉ〜〜。……殺されたいようだな」
 まるっきり反省する気がない。……と思ったんだが、脅しが聞いたのか何なのか急にしょげはじめた。
「何だよ」
「うん。……ごめんなさい。あんな大変なことになると思わなかったから」
「…………」
 まあ、な。素直に反省されても、それはそれで怒りの持って行き場がないんだがな。

 正直な話、旨味がなかったわけじゃない。命にかえても壊すわけにはいかないというフラストレーションを差し引いても、かなり良かった。
「あのー」
 不満もたまってたしな。あのくたばり損ないが質素なのを好きだったのか知らんが、とにかくバロン城には女っ気が少なすぎる。周りにいるのは野郎と魔物と婆ばっかりだ。何が悲しくてジジイの格好して一日中紙束に埋もれてなきゃならねえんだ。
「カイナッツォ〜、もしもーし?」
 ただ単に人間に化けて踏ん反り返ってりゃいいと言ったのに! ゴルベーザ様に騙された! 今更やっぱり嫌ですなんぞと言えるわけがねえ。これならドワーフどもとせこせこやり合ってる方がまだマシだったぜ……。
「やっぱ怒ってるよね……」
「ああ? お、おう」
 いかん、何の話か忘れかけてた。黙ってたせいでいつの間にかサヤの反省を促したらしい。体が縮んでんのも憐れみを誘ってるかもな。それをやったのは当のサヤだが。
「……怒るに決まってんだろ。本気で死ぬかと思ったぜ」
 各方面で追い込まれていた。そこへ来てあの匂いに自制心を焼かれた。たまったもんじゃねえ。出しても出しても収まらねえわ、理性なんざとっくに切れかけてんのにまだサヤの体を気遣わなきゃなんねえわ……。どうせならもっと気兼ねなしにやらせろっつーんだ。
 そらまあ厳密に言えばサヤの責任じゃねえな。だがあれ以来じっとしてると苛々してくるし、こいつを見てるとどうにも思い出してこう、ムラムラと……。
「死ぬかと思ったのはわたしも同じなんだけどね」
「……もう一度死ぬかと思わせてやろうか?」
「え?」
 そんな無防備なツラ晒したら加減してやらねえぞ。この間とは違う。こっちにゃ余裕があるんでな。
「え、なに、重い……あれっ?」
 呪文なしでミニマムを解く。手の上で重量を増す体にサヤが慌てた。が、混乱してるせいで離して逃げるってのは思いつかんらしい。
「お前、一回深水にはまると自分から溺れるタイプだなぁ」
「なんかわかんないけどバカにされてる……」
 なんかも何も。押し倒されて脱がされかけてもまだ戸惑ってる奴を馬鹿だと言わずして何と言えと。
「えーっと、ちょっと待って? こないだ人間に化けてたよね」
「あー? ああ、そうだな。おいこれどうやって外すんだ」
「それは後ろで、って待って!? 人間でアレで、その格好でアレだったら……あれじゃない?」
 アレだのソレだの言われても分からんな。そうか、ここで引っ掛かってんのか。面倒くせえもん身につけやがって。使い潰したら換えがないのが救いだな。いっそ引きちぎっとくか?
「ま、安心しろ。死んだら謝ってやるよ」
「それ遅いよ手遅れ……ぎゃあああだめえぇぇ殺されむががが」
「阿呆、大声出して奴に気づかれたらオレが殺されるだろうが!」
 抑え切れないほど溢れてるんじゃねえ、ただじりじり奥の方で燻っているだけだ。気になって仕方がない。
 本気で殺すわけねえってのに、阿呆な奴だ。せいぜい楽しませてもらおうか。傷はつけんがその分容赦もしねえ。この間のみっともない記憶なんざ吹き飛ばしてやる……。

***


 分からねえ……オレには理解できねえ……。人間ってのは不可解だ。いや、サヤだけか? それとも向こうの世界じゃこれが当たり前なのか。
「何が楽しいんだ、これは」
「べつに楽しくて入るわけじゃないけど」
 じゃあ何だ。楽しくもないのにこんな湯の中に毎日毎日、何のために浸かってんだ。なんかの修行か? サヤの世界でのまじないか? 風呂なんて毎日入るもんじゃないだろう。
 しかも熱い。体が縮んでるせいでこの熱さが地味にキツイぜ……。
「拷問じゃねえか……」
 ミニマムかかった小さな体で桶に入れられて湯舟に浮いてると、まるで。この湯気と蒸し暑さ。まるで……茹でられてるような気になる……。こりゃいい嫌がらせになりそうだな。
「もしかしてカイナッツォお湯苦手?」
「苦手っつーか……好きじゃねえな。熱すぎんのも冷たすぎんのも」
 塔の中は適温に保たれてんのに、なんでわざわざ汗をかきに風呂なんか入るんだ。本当に分からん。
「沈めてもいい?」
「いいって言うと思ってんのか……ってオイ!」
 もう沈めてんじゃねえか。熱くたって水は水だからオレも溺れやしねえが……どうも気分が悪いな。熱苦しいのは嫌いだ。
 ……つーか底からだと丸見えなんだが。女としてそれでいいのか。オレはいいけどよ。

 ああくそ、全身浸かってんのはさすがに辛い。体の芯に熱が残りそうだ。
「うわうわうわ! ちょっと、湯舟で元に戻らないでよ」
 しかしミニマムを解いたら解いたで狭苦しいな。やっぱりどこがいいんだか分からねえ。
 湯が溢れ出た分、サヤの生白い肩が露になった。浸かってる箇所だけ赤味が差している。……こういう楽しみ方をするもの……ってわけじゃないよな、多分。
「……水で埋めていいか?」
「風邪引くからダメ!」
「じゃあ続きやらせろ」
「はあっ? む、無理だって」
 あー熱のせいで頭がぼやけてきたぜ。なんにも聞こえねえなー。
「聞いてよ! 誰のせいで体中痛いと思ってんの」
「加減してやっただろうが」
 はっきり言って足りん。溢れるほどじゃない、ってのは勘違いだったかもしれねえな。一度味わった後には離れ難い。今まではこんな状況ありえなかった。
 深水にはまってんのはオレもそうかもなぁ。……隠された欲望ねえ。まあ何だっていいけどよ。
「嘘だー。2回くらい死んだおばあちゃんに会った気がするんですけど」
「よかったな。再会させてくれたオレに感謝しろよ」
「……わーい、ありがとうー」
 頭が回らねえ……逆上せてんのかね。仕方がねえな。続きは外でやるか。
 体の芯が疼いて、収まりきると思えねえ。……いっそのことバロンに連れてってやろうか。

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