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睫
人間でも魔物でも、追われれば逃げるし逃げられれば追うものだわ。まあ、中には追われると真っ向から戦いたくなるらしい馬鹿もいたりするけど。
普段は逃げる相手に憤っておいて、サヤもやはり追われると逃げるのね。あたしの前でルゲイエにどんな報告をするのかをじっくり見たかったのに、まんまと雲隠れされてしまった。
このあたしから逃げ出したこと、後悔させてあげるわ。
今は何も知らずにすやすやと眠りこけている。目が覚めて自分の変化に気づいたら、どんな反応をするかしら? とりあえず悲鳴をあげるでしょうね。そして見なかったことにしようとまた眠るかもしれない。
怒られたなら平気だわ。だけど傷つけてしまったら、きっとそこで終わる。……どうか怒ってね、サヤ。
「……んー……」
口に出さなかった言葉に応えるように、眠たげに目をこすりながら目を覚ました。うっすらと開いた目があたしをとらえ、少し呆然としてから覚醒する。
「う……あーびっくりしたぁ。寝起きどっきり……」
「おはよう、サヤ」
「ん……おはよ〜」
まだ力の入り切らない体で覆いかぶさるあたしを立ち退かせようと身じろぎし、それが叶わないと知り今度は身を起こそうとする。その動きが止まった。
「どうかしたの、サヤ?」
「いま……なんかこう……なんか当たっ……」
眠気ではないもののせいで虚ろになった瞳が、自らの下腹部を見て、視線を逸らして、もう一度見て、そして困ったようにあたしを見上げた。
「な、何か……した?」
「気になるなら確かめてみなさい」
「無理、こわい」
引き攣った笑顔でサヤが答える。心なしか目が潤んでいた。
逃げたいくせに……逃げるのがヘタねえサヤ。結局最後には捕まってしまうのよね。
「あの、バルバリシア様〜……まさかとは思うんだけど」
「そうね、その通りよ」
全て言うまでもない。目を泳がせるサヤの言葉を遮って、下衣越しに、彼女にはあるはずのないものを指先で撫でる。びくりと跳ねた体から疑問符が飛び出したように見えた。
「なっなんで? なんで!? わたし男、いや女、えええなんで!」
「本当は、大体のこと分かっているんでしょう?」
「わあああルゲイエのバカやろぉぉ!」
やっぱり分かっているのね。まあこの塔でこんな手の込んだことするのはあの男だけだもの。今回ばかりは感謝しているわ。
常日頃から影が薄い割には役に立つ奴よね。ルビカンテのようにあれこれ指図して来ないし、余計なことも言わない。何かべらべら語っていたけど、あたしが聞いてなくても気にしないし。
今度のことだって言い終える間もなく引き受けたわ。こんなことが何の研究に役立つんだか分からないけれど。
「ありえない……ありえない……っていうかスリスリしない、でっ」
慣れない刺激に戸惑っているのか、制止しようと伸ばされた腕にはあまり力がこめられていない。
「いいじゃないの、男にしてしまったわけではあるまいし」
「い、いっそのこと、その方がマシだったかも」
「あらそう。じゃあ次は試してみる?」
すかさずぶんぶんと首を振り、振りすぎて眩暈がしたのか額を押さえてうなだれる。溜めた涙を吸って黒い睫がいつもより存在感を増していた。この時ばかりは魔物の性が前面に出るわ。
あなたが好きだから、大切だから、せき止められないほどに泣かせてみたい。
「……本当は睾丸もつけたかったのよねぇ。でもあなたの体に負担がかかるってルゲイエが言うから」
「……つけられなくてよかった!」
心の底から安堵したように息を吐く。あたしが残念がっているのにと、ちょっと腹が立ったから服の中に手を入れて、慌てふためく表情を見ながら指の腹ですりあげる。サヤの喉から悲鳴じみた小さな声が漏れた。
「分かってないわね、サヤ。……要するに、効果が切れるまで、射精もできないのよ?」
噛んで含めるようにゆっくりと笑顔で説明してみる。「はい?」とつられて笑顔になったサヤが、一瞬にして青褪めた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってなにそれどういう……ぅん!」
「こっちでなら果てることもできるけれど」
固さを増した男根の下、サヤ本来の器官に指を這わせる。女の性を失ったわけじゃない。ある意味もっと苦しいかもしれないわね。
「一度に両方味わえるもの。なかなか無い体験でしょう」
「いっ、一生、なくてい……あっ、くぅ、あ、あぁ!」
そうは言っても、もう自分の意志ではどうにもならないわよ。解放してほしければあたしを満足させることね。
……逃げたあなたが悪いのよ。これでもいろいろ考えてしまったんだから。相手が他の奴らでも許したのだろうか、他の奴らでも逃げたのだろうかって。サヤにとってあたしと……あたし以外に、違いはあるのか。
「わ、わたしノーマルなんですぅ……変な性癖に目覚めさせないでー!」
「目覚めそうなの? じゃあ、やめてあげない」
強引に下衣を引きずり降ろして、そそり立つ肉に口付ける。音を立てて舐める度にサヤの体がびくついて、嬌声とともに女陰から愛液が溢れた。
「っあ、ぁう……や、んっ……」
自らの口を塞ぐかあたしを押し退けるか、さまよう手がふらふらと行き来する。濡れそぼった入口に指を添え、少しずつ沈めてゆく。二つの性を同時に攻められて、サヤの瞳に涙が溢れた。
「や、やだ……、っく、もう、やだぁ……」
湛えた涙が一筋、頬を伝う。どうせ既にいくところまでいっているというのに、そこまで嫌がる理由が分からないわ。……やめないと、嫌われるのかしら……。それは困るわ。
「べつに……いいじゃないの。あなたを直接感じたかったのよ。……駄目?」
濡れた睫が誘うように瞬いた。
「だってぇ……わたし女だもん……こんなの嘘じゃん……こんなのでバルバリシア様と……絶対やだ……」
何かしらね、その言い分。人の心には聡いくせに、妙なところで馬鹿な娘だわ。そんな持って回った考え方して、楽に生きるのがヘタなのね……。
嘘だから、そうしてあたしに接するのが嫌だなんて。そんなこと言われたら、押し通せなくなるじゃないの。
「……せっかく用意したのに」
未練がましく呟くと、情けない表情のサヤが腕にしがみついてきた。でも無理、ダメなんだもん……と啜り泣いて。
怒らなかったし傷つきもしなかった。望んだ通りに泣かせられたけれど、嫌われもしなかった。
「サヤ、あたしのこと好き?」
「……大好き」
真っ赤になって照れながら、そっぽを向いてそれでも口に出すあなたが可愛くて仕方ないから。
「まあ、今回は諦めてあげようかしら」
「こ、今回は?」
また我慢できなくなったら仕掛けるわよ。何となく、どうせいつかサヤが折れるという予感があるのよね。あなたはあたしに弱いもの。……あたしだって人のこと言えないけどね。
***
怒っていないと思ったのはただのあたしの思い込みで、サヤは今すごく怒っているらしい。逃げられこそしないものの、頭から布団を被って一切あたしの相手をしてくれない。
「……サヤ、いつになったら許してくれるの?」
返事はない。そんな無茶苦茶したわけでもないのに。想像以上に嫌がられてしまったから、アレもすぐに効果を消したわ。本当は諦めるにしても一度試してからにしたかったのに、サヤのために意志を曲げたのよ!
そりゃあ確かに欲求が収まらなくてその後も相手をさせたけれど、たかが一日がかりで攻めたおしただけじゃないの。そこまで怒られる筋合いはないと思うのよね。
「……一緒に出かけましょうか」
あたしは悪くない、謝るものかと……思っているのに、つい媚を売るような言葉が口をつく。
目の前にいて、なのに触れられもせず話もできないっていうのは、つらいものなのね……。
「サヤ、もういい加減に許してくれなきゃ、あたし……」
器用に目だけを布団から覗かせて、ちらりとあたしを一瞥したあと、またすぐに隠れてしまう。……なんだか何かの野生生物みたいよ、あなた。捕食したくなるからやめてちょうだい。
「いい加減に許してくれないと、今度は逆でやるわよ」
「……逆、って?」
不穏な言葉に訝しそうなサヤが、やっと返事をしてくれた。ひょっこりと顔の覗いたところから布団を剥がして抱き着く。
「自分がするのは嫌なのでしょう?」
あたしは別に気にしないもの。そう続ければふと考え込んで、その意味に気づいたサヤがまた慌てふためく。
「それもイヤ、絶対やだ! アレなバルバリシア様とかありえないし!」
「そうかしらね」
ありのままでいたい、いてほしい、そういう気持ちが分からないわけではないわ。……分かるのだけどね。
「どうにかして繋がりたいのに……」
抱きしめる腕に少し力をこめてみる。逃げられないという、それだけじゃ満足できないわ。サヤの笑顔も涙もどんな表情も、声も、あたしだけに向けられればいいのに。
口を尖らせ不満そうに呟いた。「だってもう、繋がってるでしょ」
「……サヤ……一体あたしをどうするつもりなの」
「へっ?」
大きく見開いた目があたしを見つめる。パチパチと上下する睫の間で、真っ直ぐな視線に貫かれる。
「……大好きよ」
「わたしも」
そんなに間髪入れずに。そんなに当たり前のように。そんなに嬉しそうに言われたら、もう手放してあげないわよ。
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