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ココロノカタチ


 意のままに操ってしまえたらよかった。サヤの方から求めてくれば……べつに抱きたかったわけではないが。いっそのことあの薬で自我などなくしてしまえばよかったんだ。そうすれば『仕方なく』優しくしてやれた。なのにこいつは……。
 罪悪感などではない。だが結局、選ばされたのは私だという思いは消えなかった。最初から私が操られていればよかったのか? しかしそれでは思うような展開になったかどうか。
 ……抱きたかったわけではないのだが、……抱かれたいと言わせたかった。ましてそれが偽りならば、心置きなく優しく……馬鹿が。
 あれからもサヤは、特に照れることもなく近寄ってくる。いつものようにどこかへ連れて行けと迫り、こうして体を預けてくる。肌に触れることも恐れない。その無防備さをどうにかしろ。いつまでも不用意に近寄ってくるな。痛い目にあってさえ分からないのか?
 ……音をあげるまで続けてやろうか。いっそ、私の体なしには生きられぬ程、引きずり込んでしまおうか……。

「どうしたの?」
「……別に」
 凝視されているのに気づいてサヤが振り返る。なぜ私が慌てなければならんのだ。目を逸らした先にもサヤの腕があった。戒めのように巻きついた、月光を弾く銀色。いつもその存在を確認してしまうアミュレット。
 本当は毒などなくても近寄らせたくなかった。暗く湿った死の匂いなど……サヤには似合わない。
「……月がきれいだな」
 自分をごまかすように呟いた意味のない言葉にサヤが突っ伏して震えた。腕の中で蠢く体に動揺しそうになる。笑っているわけではないようだ。恐れでも寒さでもない。何なんだ。なんだか知らんが妙に腹が立つ。
「うー、違うってわかってるのに」
「……何がだ」
「その文句ね〜、わたしのいたとこだと、」
 言いかけて口ごもり、頬を赤らめて目を逸らす。何を言おうとしているのかはおおよそ分かったが、意味が理解できない。もとよりサヤの世界のことなど分かるはずもないが。
「わたしのいたとこだと……愛してるの代わりだったりしたり、しなかったり」
「くだらんな」
「まぁね、わたしもよくわかんないけどね」

 一笑にふせば怒るかと思ったが、サヤは意外にも同意を示した。……月がきれいだという事実が、なぜ愛の告白に成り代わるんだ。訳が分からない。事象をありのまま伝えただけだろうが。……しかし、なぜそれを……サヤに伝えようと思ったのだろう。あるいは共に月を見ているという状況そのものが、すでに、
「意味ないよね、そんな言葉。だって相手が同じものを見てるなら、言わなくたって月がきれいなことくらい知ってるよ」
「……お前は月など見ていなかったがな」
「でもスカルミリョーネが、月がきれいだって思ってることは知ってるよ」
 意図が分からない。この会話の意味が。サヤの言葉を繋ぎ合わせてはいけない気がした。何かに、辿り着いてしまいそうだ。
「まあ、回りくどさはちょっとスカルミリョーネっぽいよね」
「……そんなつもりで言ったんじゃない」
「わかってますよーだ」

 勢いはなく、そっともたれ掛かってくる。首筋から背中まで、体中が密着して腰の辺りにサヤの尻が触れていた。分かってるとは一体どこまで分かっているんだ。全く自覚がないとしたら問題だ。こいつの親はちゃんと性教育を施したのだろうか……。サヤの心の内など分からない。体の内ならば分かるんだがな。
「……スカルミリョーネ? なんか、あの、当たってますけど」
「お前が悪い」
「ええー!?」
 もぞもぞと離れて行こうとした体を、胸を掴んで引き止めた。掌から伝わる感触がやわらかい。……やわらかすぎる?
「サヤ……下着もつけていないのか」
「え、だって帰ったら寝るだけだし」
「手間がなくていいな」
「え、え、ちょ」
 慌てふためくサヤを制して服の中に手を差し入れる。腐食させたくないという思いと、この肌に存分に触れたいという思い……サヤに近づくと混乱する。毒ガスでも出ているのだろうか。
「……なぜこっちは穿いているんだ」
「それは普通でしょ! 不満そうに言われても……」
 そういうものだろうか。……私に触れた時点で、塔に戻ってもう一度風呂に入らねばならないだろう。大なり小なり同じ事だ……。どうせならもっと汚してやろう。

「……そっち向いちゃ、だめ?」
「何故」
「や、だって……なんか一方的っていうか……ムカつく」
 振り向かせたら何をしてくれる気なんだお前は……。翻弄されるのは嫌いだ。今ぐらい好きにさせろ。……一人で感じるのが嫌だと言うなら無理矢理押し込んでやろうか。
 向き直りたがる体を押さえて服越しに乳房を揉む。夜着の上から下肢を撫でると、サヤの首筋に血が集まり色づいた。こういう変化は苦手だ……。嫌でも違いを思い知らされる。この皮膚の下に流れる色が、距離を思い出させる。……気に入らない。引き裂いてやりたくなるな。
「サヤ」
「は、はぁ……いっ?」
「乾いたまま入れていいか」
 ぎょっとした気配も気にせず下着を脱がし、サヤの腿を抱え上げる。体裁ぶって聞いてみただけだ。否と言われてもやめる気はなかった。濡れていないそこに屹立したものをあてがい、ゆっくりと沈めていく。拒まれている中に強引に押し入って、狭い肉壁に絡みつかれる感覚が心地良い。
 サヤが痛みに呻き、私の腕に爪を食い込ませた。この痛みまで感じられたらもっとよかったがな。
「っ……うぅ、……ん」
「……入れただけで濡れてきたな。お前やはり痛い方が好きなのか?」
「そんなこと……や、なんか、これ……変っだよ」

 足を抱え上げたままサヤを揺さぶると、私の胸に体重を預けて声を抑えようと歯を食いしばっていた。深く入り込めないかわりに私の形に合わせるようにぴたりと包み込まれ、のけ反る度に苦しげな表情が見える。
 痛みだけかと思ったが、そこには確かに快感があった。突き上げるごとに繋がった部分の水音が大きくなっている。
「うっん……ん……っふ、ぁ、あっ」
「気持ちいいのか、サヤ……声が抑えられなくなっているぞ」
「やぁっ……だめ、これ……あっ、んぅ、っぁあ! あ、あっ……」
 ああ……そういえば、この体勢だと丁度……。サヤの弱いところを擦りつけるように押し当てる。もっと追い詰めてやりたい。白い喉が震えて、啜り泣きにも似た声が一層高くなった。波打つ体内にまた翻弄されそうだ。しかし……悪い気はしないな。

 汗ばんだ首筋が月明かりを浴びて光る。それを舐めつくし、皮膚を食い破り血を啜ることができたら、どんなに満たされるだろう。心底渇望しながらなぜかその気にならない。
「あ、あ、スカルミリョーネ、ス、あぁっ、スカル、ミリョーネぇ」
「……そんなに呼ばずともここにいるだろうが」
 食い尽くすのはもったいないな。もっと味わい続けてから……飽きてからでも、遅くはない。それまではこのままずっと抱いていればいい。果てるまで、ずっと……。

***


 久しぶりに足を踏み入れたサヤの部屋は、随分と物が増えていた。たしかここに来たばかりの頃は何もなかったはずだが……。ゴルベーザ様がまず寝台を用意し、そこからすごい勢いで増えた気がする。
 椅子に机に本棚に、カップボードだの衣装箱だの、しょっちゅう出かけるサヤにはあまり必要のないものまで。
 空き室だった部屋はすっかりサヤの巣になっていた。見渡せば他にも姿見やら傘立てやら石像やら、燈籠……墓、石……? 何故こんなものがあるんだ!
「……一体どこから……いや………………書物が増えているな」
「隙あらば買ってるからねー」
「読めんくせに数ばかり増やしてどうする」
「だって空の本棚って悲しいじゃん!」
 ならばせめて真面目に文字を覚えたらどうなんだ……。ゴルベーザ様が教えて下さってもあまり身が入っていないようだし。かといって魔物の文字を教えようとしても面倒臭さがる。
「そうだ、ねえ、サヤってどう書くの?」
「……こう、だな」
 指で書いてみせた文字を胡散臭さそうに見つめ、じと目で私を見上げる。口を尖らせながら不満そうに言い捨てた。
「……うそ。これ『バカ』でしょ。もうカイナッツォにやられたし!」
「チッ……」
「真面目に教えてよー」
 無意味だと分かっているのに誰が教えたがるものか。魔物の文字など覚えてサヤがどこで使うんだ。どうせ人の世界になど関わらないのだから、それだって必要ないだろうが。

「……この間、お前が言っていた……」
「んっ?」
「月がどうのという文句だ。……サヤならば何と言うんだ?」
「うーん!?」
思いの外真剣に考え込んだサヤは頭を抱えて唸っている。これでしばらく放っておいてもいいだろう……。
 墓石なんぞどこから持ってきたんだ……あれは使用済ではないのか? 微かに死体の匂いがする。早急に片付けるべきだな。
 あの姿見は使えそうだ。正面から向かい合うのは嫌いだが、一度じっくり見たいとは思っていた。もう一度この間の体勢で……。
「アイラブユー……月がきれいですね……死んでもいい……うーん」
「…………」
 べつにそこまで真面目に考える必要はないんだが。その努力を他に費やせないものだろうか……。
「やっぱり、これかな」
 意を決したサヤが跳ねるように抱き着いてきた。……それは言葉じゃないだろう。大体、そんなことはいつもやって……、いつも……? 愛してるの代わりだと?
「……お前という奴は……本当に……」
 せっかくあるのだから使うべきだな。あの姿見……。

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