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最強


 今、目の前にサヤがいる。いる、どころではなかった。胡座をかいた私の膝に跨がり、肩を抑えて起き上がれぬよう睨み据えている。ひそめられた眉が既視感を呼んだ。生々しく蘇る痴態……私の腕の中で何度も果てた、その表情に、よく似ていた。
「……退いてもらいたいんだが」
「いやです」
「サヤ、頼む」
「確かにわたしも悪かったよ、でも、ルビカンテがわたしを避けるのは筋が違うんじゃないの?」
「それは……」
「わたし、恨み言を吐いても許されるくらいのことは、されたと思うな」
「……分かっている。いくらでも聞くから、まずは退いてくれないか」
「いやです」
 本当に、困るんだ。避けていたわけじゃない、といえば嘘になるのだろう。あれ以来まともに顔が見られず、彼女がいる可能性の高い場所には近寄らなかったのだから。罪悪感よりも何よりも、思い出すたび沸き上がってくる熱情の方が問題なんだ。今も触れ合った肌が熱い。思い出すまいとすればする程に。

「……また襲われたくはないだろう?」
「それね、聞こうかどうしようか、迷ったんだけど」
「何だろうか」
「ルビカンテ、あの時、正気だった? っていうか、何が起きるかわかってて火をつけなかった?」
「なっ!? そ、そんなことは、ない、が」
「……ふぅん」
 私の動揺をよそに、サヤは思案顔で俯く。……分かっていた。ルゲイエに託された物が何なのか、ほぼ正確に理解していた。分かっていて、利用したんだ。
「あのね、あれ、人の心の奥に隠された欲望を暴いちゃうんだって」
「…………」
「ルビカンテがわたしに酷いことしたかった、とは思えないし、思いたくないんだけど」
 戦うことのできないサヤには永遠に勝てない。意味のない勝利だと分かってはいても、容易には認めたくなかった。操られてしまえば、それに自分の意思で逆らえるならば、彼女を傷つけることなく打ち勝てると思っただけだ。だが結果は……。
 勝利を収められればよかった。それだけの、はずだった。自分の欲求のためにサヤを利用した、その報いが今この状況か。

「……言い訳をする気はない。君の好きにするがいい」
「えっ? 好きに、って言われても……例えば?」
「いや、だから……ゴルベーザ様に私の処罰を請うとかだな」
「やだよそんなの! 説明できないし!」
 頬を染めて見つめるのはやめてほしいんだが。一挙一動が記憶を掘り起こして、熱を一所に集めようとする。そろそろ本当に、離れないとまずいことになりそうだ。
「……言い訳はしないって言うけど、わたしは、言い訳してほしかったな」
「何?」
「ルビカンテの隠された心があれなら、わたしホントは嫌われてたのかなって」
「馬鹿な! 嫌いな者に欲情するわけが、……っ」
「え…………」
「ち、違うんだ、今のは、その」
 何を口走っているんだ私は! まっすぐな視線がたまらなく痛い。彼女に対して勝利を収められればよかった。そのはずだったのに、いざとなると……ただサヤを抱きたいと、それだけで思考が埋まっていた。この手でよがらせ、他の何も考えられない程追い込んでやりたい。身の内で滾る欲望のすべてを、サヤの中に解き放ちたかった。傷つけることも厭わないで。

「欲情、したんだ」
「い、い、いや、だから」
「そっか……じゃ、いいや。許してあげる」
「……は?」
「ただわたしを打ち負かしたかったのかなって思ったんだ。傷つけるためだけにあんなことしたのかなって」
 当っているような、いないような……。傷つけたくないのは本当だった。ただ、それよりも欲望が上回っただけだ。だから、いたたまれなくて避けていた。勝手な言い分だと知りながら。しかし……、
「……欲情なら、構わないとでも?」
「だって、それがなかったらあんまりじゃない? ルビカンテは勝負事のつもりでしてるのに、わたしだけ、」
「……なんだ?」
「う、と、とにかく! そんなことだったなら、わたしもルビカンテを騙そうとしたし、お互い様ってことで!」
 この件は終わりとばかりに立ち上がろうとしたサヤを引き留める。無意識にではなかった。よろめきながら腕の中に舞い戻ったサヤが、不安げに私を見上げる。……今回火をつけたのは君の方だ。私は、退いてくれと、言ったのだから。

「あ、の……ルビカンテ?」
「もう一度、君に勝負を挑みたい」
「わ、わたし、戦いは苦手だから〜」
「心配するな……痛い思いは、させない」
「うわっ、ちょっと待っ!?」
「……とも言い切れないが」
 なんとか逃れようと身をよじるサヤを床に押し倒す。これほど容易に抑え込んでしまえるのに、どうして今更打ち勝つ必要があるのだろうか。結局、始めから……抱く口実がほしかっただけなのか。
「ね、ねえ、なんでそんな、準備万端なのかな」
「だから、退いてほしいと言っただろう?」
「なんで! なんにもしてないじゃん!」
「触れているだけでも思い出してしまうんだ」
「わー! さっさと忘れてよー!」
 忘れられるならそもそも避ける必要などなかっただろうに。動き一つごとに返されるサヤの声も、恥じらいながら快感に流されゆく表情も、そして。
「君の中は忘れ難い心地よさだった……」

 サヤが言葉にならない息を漏らして顔を覆う。やはり痛みを与えずには済まなそうだ。始めから余裕がない。閉じられた足を割り下着の横から指を入れる。すでに湿っているという段階を越えていたそこは、二本の指を易々と根本まで飲み込んだ。
「君も思い出していたようだな」
「やっ、あ、あっん!」
「時間をかけてやりたいんだが、私も余裕がなくてな……受け入れてくれるか?」
「あ、あ、へん、じっ、あぁッ、指ぃ、やめ、あっ、んん」
「そうか、すまないな」
「や、聞いて、な、あぅ、あああッ! ばっ、かぁぁ!!」
 絡みつく肉の感触に酔いしれながら、サヤの服をはだけさせると、肌をすり合わせ覆いかぶさる。深く打ち込むたびに、柔らかな胸が吸いつくように形を変えた。恨み言ごとならばいくらでも聞こう。……後でなら。
 私は調子に乗っているのだろうか。こちらがいくら罪悪感に打ちのめされても、簡単に許されてしまうから……どうにも、甘えたくなる。

「っあ、あぁ、っ、とま、ちょっ、待ってぇ!」
「……くっ、なんだ?」
「あ、ぅ……」
 突き上げたくなるのを必死で抑え、息絶えそうな口元に顔を寄せる。と、頼りない力で横面を張られた。怒りというよりむしろ、撫でるような優しさで。
「……サヤ」
「うぅう、ばか……もうっ、泣いてやる、からぁ!」
「それは困るな」
「っんぁ、動か、な、あ、あ、ふぁ、あぁあ!」
 ならば泣く隙さえ与えないことにしよう。そしてまた罪悪感に苛まれサヤを避ければ、彼女は怒るだろうか? そうなればまた、性懲りもなく繰り返すだけだ。彼女が受け入れるなら、甘えさせてもらおう。
 サヤ、どうする? ……もう逃げ場はないぞ。

***


「何か言うことないの?」
「……何のことかな?」
「へええ、そんな態度なんだ」
 いつもとは違う冷ややかな声に今更ながら焦りがうまれた。確かにやりすぎたとは思う。それは自覚している。自分の欲望が認められた気になり、舞い上がっていたかもしれない。
 結局、また……また、加減もできずに、サヤが力尽きるまで犯してしまった。今度は言い訳の術さえない。……人間というものが、もう少し丈夫ならありがたかったんだが……。
「なんか頭の中で勝手な理屈こねてない?」
「……サヤ、怒っているのか」
「当たり前ですよね」
「そ、そうだな」
 笑顔に恐怖を覚えることもあるのだな……。果たして今回も許してくれるのだろうか。冷静になって考えれば、いくらサヤが鷹揚でも限度というものがあるのではないか。

「……どうすればいいかな」
「とりあえず、ごめんなさいは?」
「すまなかった」
「だめ、『ごめんなさい』! 土下座つきで!」
「それはあまりにも、」
「ふ〜〜〜ん。悪いと思ってないんだ。そうなんだ。……もう口きかない」
「ま、待ってくれ」
 静止の声に耳も貸さず去って行くサヤに、本気で怯えを感じた。縋りついた腕すら無言で振り払われる。怒っている。本気で怒っている。今度こそ嫌われてしまったのだろうか。なぜあんな馬鹿なことをしでかしたんだ、私は……!
「サヤ、許してくれ。いや、ごめんなさい。……土下座でもなんでもするから」
「…………」
「サヤ……」
「…………」
「頼むから、何か言ってくれ!」
 肩を掴み振り返らせても、顔を伏せて震えるばかり。もしも過去に戻る方法があるならば、何を差し出しても手に入れたい。二度とサヤの笑顔も言葉も、得られなくなるぐらいなら……。

「……ぶっ……く、っくくく」
「…………サヤ」
「あーもうー。そんな情けない声出すくらいなら、始めからやんなきゃいいのに」
「君は……意外に、性格が悪いな……」
「ルビカンテほどじゃないもん」
「うっ……」
 返す言葉もなかった。だが何と言われようと構うものか。この安堵感はどんな嘲笑でも吹き消せまい。サヤの瞳が真っ直ぐに見上げてくる。
「反省した?」
「これ以上ないほどにな……」
「ホント?」
「今まで生きた分とこれから生きる分の、すべての後悔を使い果たしたよ」
「あはは! じゃ、もうちゃんと加減できるよね」
「…………な、何?」
 それはまた挑んでもいいということなのか、尋ねる前にサヤは駆けて行った。あの赤い頬が答えと受け取って構わないだろうか。
 ……敵わないな。だが、これが繰り返されるなら、負け続けてもいいか……。

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