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実験台-


 ゴルベーザが香炉を見つめて固まってる。でっかくて真っ黒で、じっと動かないと人間じゃなくなったみたいに見えちゃう。一人で黒山の人だかり? どうでもいい。うーん、どうしたらいいんだろ。どうせルゲイエの実験に協力する気もないし、ゴルベーザに報告した時点でわたしはお役御免なんだけどね。
「それ、わたしが使って、もしゴルベーザにも効いちゃったら大変だね」
 話しかけると肩がびくっと動いた。明らかに聞いてなかったよ、今。なにをそんな真剣に考え込んでるのかな。
「そんな簡単に洗脳できたら、ゴルベーザもわたしの意のまま……お手軽に下剋上?」
 とりあえずルゲイエの動向はもっとちゃんと見といたほうがいいと思うなぁ。四天王どころかゴルベーザまで実験台にしちゃう気だよ、あの人。怖いもの知らずというか神経が太いというか、ある意味大物だけど。
「サヤ……そんな気があるのか?」
「うーん、べつに」
 仮に誰かを支配できても、自分の意思通りにしか動かないんじゃつまんないと思うな。……たまに遊ぶだけなら、面白そうだけどさ。

「……使ってみるか」
「えっ? 大丈夫なのかな……」
「もしも本当に効くなら対策も考えておかなければならん」
「……ルゲイエってホントに配下なの?」
 それって裏切りの可能性がなくはないってことじゃん。胡散臭げに尋ねればゴルベーザは気まずそうに横をむく。掌握できてないの!? あの人、もしかして非人道的な実験がおおっぴらにできるってだけでここにいるのかな……。
「で、誰に使うの? ゴルベーザがやってよ、わたし怒られるのやだからね!」
「……」
無言のままそっと香炉に指を翳す。ゴルベーザの指先から小さな炎が出てお香に火がともり、部屋中に甘い香りが広がった。
「って、ゴルベーザで試すの!? わ、わたしどうしたら、いいん……あ、れ……?」
 強烈な香りが頭の奥まで入り込んできた。体がふわっと浮くような感覚。意識が飛びそうになって思わずプルプルと首を振る。ゴルベーザの姿が幻みたいに揺らめいた。
「お前は何も考えなくていい」
 甲冑越しのくぐもったゴルベーザの声が、濃霧の中にいるみたいに遠くなる。『ただ目を閉じ、身を任せて』体の内側をくすぐるような感覚に身震いした。なんだろうこれ……なんか、ふわふわしてて気持ちいい……。『そしてすべて忘れてしまえ』
 がくりと崩れ落ちた体を力強い腕が支えた。急に視界が真っ暗になる。どうしたんだろうと考えて、すぐに自分が目を閉じていたことに気づく。わたしを抱え込んだままゴルベーザが身動きするのを感じた。
 カチャカチャと金属音が響いたあと、服の下で何かが蠢く。瞼を閉じた黒い視界の中で、闇が体の上を這ってるみたいだった。それが心臓のあたりに触れた瞬間、わたしの体温にとけて混じり合った気がした。なぜだかとても安心して、体の力をすべて抜いて身を任せる。

「サヤ」
「あっ……」
 耳元で囁く声がする。息がかかるほど近く、なにも通さず直接鼓膜に響いてきた。それがたまらなく嬉しい。
「私の名を呼べ」
「……ゴルベーザ」
「もう一度」
「ゴルベーザ……!」
 心の奥底から沸き上がってくる感情。胸の奥が熱い。自分がなにを求めてるのかもわからないまま手を伸ばして、そこにあった体に抱き着いた。甲冑とはちがう温かさ。布越しに感じる肌の柔らかさ。手に入るはずがないと思ってたものが、転がり込んできた気がした。苦しくなるほどの幸福感。
「サヤ……お前のすべてを私にくれ……」
「う、ん……あげる。ぜんぶ、あげるよ」
 今だけは。今ならば。誰かの声が頭に響いた。口の中に熱いものが入ってくる。舌をからめとられて、言葉も思考も呼吸さえも奪われる。キスしてるんだってその相手が誰なのかまで自覚した瞬間、たまらなく恥ずかしくなって抱きつく腕に力をこめた。
「ぅんっ……ふぅ……んんぅ」
 ゴルベーザの舌に翻弄されている内に上着がはだけられて、引きちぎるようにブラジャーが剥ぎ取られた。上半身が外気に曝され、寒さに震えた乳房をゴツゴツとした手が強く掴んだ。
「んんっ! うぅ……!」
 先端を捻りあげられて痛みのあまりに漏れた悲鳴さえ、口吻に吸い上げられる。痣が残りそうなほどの力で胸を揉まれて、抗議したくても目を開くことすらできない。言葉のかわりにゴルベーザの肌に爪をたてた。口の中を犯していた舌が唇の端から溢れた唾液を舐めとる。そのまま顎を伝い首筋を這い、わたしの存在ごと食い尽くそうとするように吸いついてきた。

「はぁっ……あっ、く……ぅあ、あぁッ」
 口が解放されても拒絶の言葉が浮かばないまま、乳房を揉みしだく動きに呼吸が戻らない。その強さに押されて体が倒れる。ゴルベーザの腕はそれを引き留めるでもなく、むしろ勢いに任せて押し倒した。背中に感じた冷たくて硬い床の感触が嫌で、必死にゴルベーザにしがみつく。
「サヤ……」
 どこか嬉しそうな声に僅かな喜びを感じて、同時に痛みを生み出すその体への怒りが浮かび、混じり合って腰の辺りで弾けた。すがりついた腕が強引に解かれて、体が冷たい床に放り出される。
 わたしの上でゴルベーザが動く気配。その姿を探るように宙をさまよったわたしの手は、すぐに捕まえられて床に押さえつけられた。また体が重なる。服を取り払って素肌が触れ合う感触。
「悪いが、優しくはしてやれない」
 噛みつくような乱暴さで首筋を舐める。ひとまとめに両手を押さえつける力が強すぎて痛いし、ときどきホントに噛まれる首元も気になる。さっきから痺れるような感覚で疼く下半身と、それを煽るように押し付けられた熱く硬い感触。どこにも気をやれなくて混乱しているわたしを、ゴルベーザの全身が容赦なく責め立てた。
「うぅッ……っく、ああっ! んっ……あぐぅ」
痛みを訴えたら、ゴルベーザは拒絶だと受け取るかもしれない。それが怖くて言葉が出なかった。傷つけられたってすぐに治るし、焦らなくたってどこにも行かないのに。せめてそれだけ、伝えたいのに。

「あっ、んぅ……はぁっ、あぁんっ!」
 湿り気を帯びはじめたばかりの秘所にゴルベーザの指が捩込まれる。引き攣るような痛みに眉を寄せながらも、内側から擦られる感触で声に甘さが混じった。
「……あまり無茶はさせたくないが……」
 独り言のようにぽつりとこぼれた呟き。その声音がなんだかとても寂しくて、わたしまで泣きそうになる。重なり合って内側から触れてるのに、こんなに遠い。ひどく絶望的な気分になった。
「だいじょ、ぶ……んんっ……なにが、起きたっ、て……わたし、ゴルベーザのっ、んぅ! あっ、あぁん!」
「サヤ……」
 必死で紡ぎ出した言葉は激しく突き上げる指の動きに遮られた。耳元で名前を呼ぶ声。吐息がふれた場所にそのまま口づけられる。忘れてしまえなんて言っておいて、そんなふうに痕を刻み付けられたら、わたしはもうどうしていいのかわかんないよ……。

「サヤ」
 他の言葉を忘れ去ったみたいに、わたしの名前ばかりを繰り返す。言葉じゃないなにかを求められてる。それはとても嬉しいことのはずなのに、ゴルベーザが触れる箇所がすべて痛くて苦しくて、差し出すべきものが見つからない。
「お前の中に私を刻みつけたい……他のことなど、何も考えるな」
 床に倒れた拍子にめくれあがっていたスカートを下着ごと引き下ろし、優しさも余裕もない強引な愛撫にも濡れてしまっていたそこに、猛る怒張があてがわれた。
「……いいか?」
 今更そんなふうに聞くなんて、ずるい。
「大丈夫、だよ……たぶん」
 だからわたしもずるい答え方をした。目を閉じててもわかる。ゴルベーザは今きっと困った顔で逡巡してる。そして次の言葉は間違いなく『サヤ……すまない』だ。
「サヤ……」
「許してあげるから、謝らないで」
 わたしの指にゴルベーザの指が絡みつく。体重がかかって床に触れた手の甲が痛い。強く吸い付かれた首筋が痛い。きっと赤い痕が残ってるだろう胸元も、痛い。小さな無数の痛みが、堪え難い大きな苦痛を和らげる。優しく口づけられたあと、また舌が入り込んできた。
「んっ……んむぅ! んー!」
 呻くことも許されないままゴルベーザの滾りが打ち込まれる。ズブズブと勢いよく入ってくるのに、わたしには永遠に感じられるほど長くて、ようやく止まった動きにぜんぶ飲み込んだと思ったところから一気に最奥まで突き刺さる。
「ぐぅ……っ! んんッ」
 悲鳴を聞くのが嫌なら、言ってくれれば死ぬ気で抑えるのに! 口を塞がれ舌を吸われてうまく息ができない。腹立たしさに貫かれる痛みを少し忘れた。さっきまでの荒々しさが嘘みたいに、ゴルベーザはわたしの中におさまったまま静かに存在を主張してる。舌を伝って唾液が流れ込んできた。体中痛いし熱いしわけわかんないし、最悪だよ。
「ぷはっ……はぁッ、はっ……」
「……サヤ」
「ああっ、はっ! はぁっ、はぁあッ」
 執拗に絡み付いてきた舌がようやく離れたら、今度は中から掻き乱される。荒い呼吸を繰り返し、犬みたいに舌を出したまま酸素を求めて喘ぐ。言葉を怖がって何も言わない、言わせないゴルベーザに、心底腹が立った。

 せめて目を合わせてくれたら
 なにも心配いらないって
 伝えられるのに
 だけど

 ……その弱さ、恨む気にはどうしてもなれない。繋いだ手を握り返す力から、上がりっぱなしの体温から、突き上げられるたびに漏れる嬌声からでも、慟哭するモノに絡みつく肉からでも、なんでもいいから……わたしの気持ちが伝わればいい。
「あっ、あぅ! んんっ、つ、ぁあッ……つなが、てるよ、わたし、たち……はぁっ、ちゃんと……ここでっ、あああッ!」
「サヤっ……」
 だからお願い、そんな泣きそうな声で呼ばないでよ。ちゃんとここにいるから。忘れても、忘れられても、なにかが消えてしまうわけじゃないから。
「…………」
 耳の間近で囁かれたはずのつぶやきは、小さすぎて聞こえなかったけど……わたしの中に満ちていくもの、それがすべての答えかもしれない。

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