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 近頃サヤも警戒心というものを身につけてきたらしい。……今更遅いとは思うが。捕らえられてから警戒したところで無意味だろうに。
 しかしながら、もしも私が手を伸ばす前に彼女が逃げていたらどうしただろうかと考える。
「逃げられるほど追い詰めたくなるものだ……」
 目の前の扉は固く閉ざされていた。魔力を使えば部屋の中へ転移するのは容易いが、慌てるサヤが可愛らしく思えてつい留まってしまう。
「た、ただいま留守にしております」
「いるじゃないか」
「いません。いませーん!」
 開けさせまいと扉にかじりつく姿が目に浮かんだ。そんなことをしても無意味だとサヤもよく分かっているはずなのだが……。扉など使わずとも部屋の中に入るのは容易い。
「……気をつけた方がいい」
「えっ?」
 見えない向こう側を思い描きながら、そっと掌をあてる。程なくして悲鳴があがった。
「あああぁあっつうぅぅ!」
 押さえる力がなくなったところですかさず扉を開くと、右手を掴んで転げ回るサヤの姿があった。
「ジュッていった……ジュッてゆったぁ……」
 涙目で舌ったらずに訴える姿に理性が飛びかけた。

「やっぱり神様なんていなかったね」
「何か不吉な感じだからやめてくれ」
 ヒリヒリというかジリジリというか、そこはかとなくいい匂いがする右手を掴んでルビカンテが治癒魔法をかけてくれた。それは当然としても、どうしてベッドに運ぶ必要があるんだろう。そんなに念入りにネットリぐっちょり治さなくていいです……。
 建前、だ。例えふりでも逆らってみせなきゃあまりにも情けない。そんな可哀相なわたしにこの仕打ち。何事にも全力投球って、べつに美徳でもなんでもないのかも。
 またあんな目にあいたくないもん。軟禁というか監禁というか、普通に部屋を出られるんだけど次の瞬間また捕まってるし、痛いと言えば気持ちいいって言い直すまで自主規制、もうやだと泣けばもっとって言い直すまで自主規制、こ、こ、この変態サディスト! 鬼畜野郎!
 つまるところは何だこれ? 俺色に染めてやるぜってこと? さあ調教してやろうってか。エセ紳士めー! 今までの尊敬と好意と安心感を返せ!
 だけど、どうしてだろう。遠慮配慮のかけらもない身勝手な振る舞いが、しつこくていやらしくて容赦ない扱いが、気遣いの取り払われた態度が……ちょっと嬉しかったりする。
 前よりもずっと近い。関わらないのが嫌われてるなら。優しすぎるのが無関心なら。腹立つくらい構われてるのって、好かれてると思って、いいん、だよね……?

 火傷痕が完全に消えたのを確かめながら、サヤの手に口づける。今日はもう暴れないようだが……。様子を見つつ肩へ首筋へと移動しても、ふて腐れたように横を向くだけで抵抗する気配はない。
 やけに諦めが早い。もう負けを認め、この立場を受け入れたのだろうか。喜びと疑念を同じだけ抱え、サヤの服に手をかけた瞬間、下腹部に衝撃が走った。
「ぐ、あ……な、何が起き、ッ!?」
 激痛が脳まで駆け抜け、不意に体が引き倒された。……と思ったのだが、倒れてからよく見ればそうではなかった。
「大丈夫だった?」
「あ、ああ……」
 正直なところまったくもって大丈夫ではなかったのだが、サヤに押し倒されているという理解しがたい事実に痛みどころではなかった。
 何だこの状況は……、慣れないものだが、悪くないな。
「やろうと思えばひっくり返せるんだね」
 何やらしみじみと呟く。その手に白い牙さえなければ……というか、痛みの留まる箇所に跨がられると、さすがに辛いんだが……。

 唯々諾々と従うのはもちろん嫌だった。だけどこうも見事に自尊心を粉砕され続けてると、なんかもう面倒になってくる。わたしも開き直った方が楽なのかなぁって。……べつに、気持ちいいんだから、いいか、とか……。
 でもちょっとくらいやり返しても罰はあたらないと思うんだよね。マントの中に思いきり氷の塊をぶつけられたら。いやまあ、普通に、属性とか関係なくキツイよね。
 っていうかなんか朦朧としてるし。目が虚ろだし。えっ、思ったよりダメージ大きい?
「あの……回復してもいいよ」
 ちょっと罪悪感を抱えつつルビカンテのお腹から降りると、何となく残念そうな顔をされた。心なしかふらつきながら体を起こす。
「なにその不満そうな顔?」
「いや……何でもないんだ……」
 どうして落ち込んでるんだろ。意味わかんない。わたしなんかに押し倒されたから怒ってるのかな。
「今日のサヤは普段通りだな……」
「へ? ……ああ」
 何のことかと思ったけど。ルビカンテにだけは言われたくないな、それ。誰のせいでふさぎ込んでたかわかってるのかな。わかってて申し訳なく思ってれば、ちょっとは溜飲も下がるけど。
「だって、いつまでも落ち込んでられないし」
 ……下げるほどの溜飲なんて、もうないのかな。

 人間を抱いたことがないわけではないのに、サヤの体は極上だった。私自身の気分が変わったせいなのだろうか。このままでは彼女が敗北を認める頃には、受け入れるどころか私の方が手放せなくなりそうだ。
 すでに手遅れかもしれない。腕の中の感触が心地よく、失うことを想像もできない。
「嫌いになれないんだから仕方ないよね」
 何を求められているか分かっているのかいないのか。分かっているのに受け入れているのか……。彼女が「許す」と言ったとき、深い安堵感に包まれた。
「サヤ。ずっと……ここにいてくれるか?」
「それはわかんないよ」
 正直だというのは美徳ではないな。……今のはなかなか傷ついたぞ。
「でも、いたいとは思ってる……よ」
 何のために存在するのかと思っていたのに。ゴルベーザ様のため、私達のことさえ計り、いつの間にか理由がなくともその存在を求めている。
「……私も、君にいてほしいと思っているよ」
 はにかんだ表情が愛おしかった。今日はサヤの望むようにしようか。遠い未来に手に入るものがあるなら、今は負けてやってもいいと思うんだ……。

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