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鷹-3


 抱きすくめる腕があの時を思い出させて嫌で、殴っても蹴っても暴れてもごつい腕はびくともしなくて、どれだけ喚いても離してくれなかった。ムカつくのに、なんかしまいには背中を撫でてくれる手の平に安心したりして。
 訳わかんなくなって段々どうでもよくなってきて、ルビカンテにしがみついたまま疲れ果てるまで好きなだけ大声で泣いた。火がついたように、っていうの……気恥ずかしさも吹き飛ぶくらい激しく。
 喉がからからに渇くまで、大声の出し過ぎで頭がクラクラするまで泣き叫んだ。大号泣。こんなにでっかい声出してボロボロ泣いたの、幼稚園以来じゃないかってくらいに。
 怒る気力も全部が涙に持ってかれて、ぐったりするまでただただ泣きじゃくってた。そして未だにルビカンテの腕の中にいる。やっと嗚咽がおさまってきて……というか体力に限界がきて倒れそうになったわたしを、抱え上げてベッドに運んでくれた。
 それはルビカンテなりの優しさかもしれないけど、はっきり言って迷惑だよ。昨日あんなことしたやつが傍にいるだけでパニックなのに、ベッドになんか近寄りたくもない。

 ベッドの上にへたりこんだままルビカンテの動きを警戒する。今朝わたしが腹立ちまぎれに蹴倒したソファーを直して、無言のまま水差しを取ってくれた。
 どういう反応返せばいいかわかんないんですけど。確かに喉渇いてて水が欲しかったけど、ありがとうなんて言いたくない。
 とりあえずもらった水差しを傾けて一気に飲み干したら、ヒリヒリしてる喉の奥を冷たい水が流れて気持ち良かった。
 飲み終わって一息ついたところで、隣で待機してたルビカンテにまた抱き寄せられる。もう精神的にも体力的にも疲れすぎて逆らう気が起きなかった。あれだけ泣いても離してくれないなら、何言っても無駄って気になる……。
「……落ち着いたか?」
 落ち着いたんじゃなくて疲れたから休んでるだけだもん。許したと思われたら心外だ。泣いて喚いてぶん殴って、それで気が済むほど簡単な気持ちじゃない。……だけどきっと、相手がルビカンテじゃなきゃここまでショック受けなかった。
 最初から信頼なんてしてない相手だったら、そんなもんだって吐き捨てて終わりだった。そんな程度のやつだったんだって、それで終わりだったのに。

「……ど、して……あんなこと、したの……?」
 泣きすぎて声が掠れてた。あんまり顔見たくなかったけど、恐る恐る見上げてみる。なんだか気まずそうな目がわたしを見つめてて、だけどそこに後悔してる雰囲気があって、初めて思った。何か事情があったのかもしれないって。
 だってルビカンテがあんなことするはずないって、少なくとも昨日まではそう思ってた。っていうかそんな可能性を考えもしないくらい性的な空気がなかった。
 魔物だらけのこの塔で、ちょっと教育に悪いんですけど! ってシーンを見かけたこともある。何度かある。……そんな中でルビカンテはスモックにつけた安全ピンのような信頼感の……いや、近所に住んでるおじいちゃんみたく安心感がある、男の人の匂いのしない相手だったのに。
「……嫌がってるとは思わなかったんだ」
 たっぷり逡巡してからルビカンテの口にした言葉は意味不明だった。泣きながら嫌だって叫んでて、どこをどうとったら嫌がってないなんて思えるんだろう。それ以前に、『どうして』って質問なんだけど。
「すごく濡れていたし、サヤも気持ちよさそう、だっ!」
 思い切り殴ったわたしは悪くないと思う。口を押さえて項垂れる姿は舌を噛んじゃったっぽいけど謝らない。最大級の侮辱だ。……自覚があるから、死にたくなるほど腹が立つ。
「嫌がらないわけ、ないじゃん……いきなり……あんな、」
 思い出して体が震える。ルビカンテに抱え込まれてる状況を急に実感して、昨夜の恐怖感が蘇った。それを察してか、また背中に回された手がゆっくりそこを撫でる。気遣われたって、宥められたって……あなたが原因なんですけど?
「悪かった。事前に了承を得るべきだったんだな……」
 ……いや……そういう問題でもないんじゃないのかな。お願いだからこれ以上わたしの気力を奪わないでよ。どうしてわかってくれないんだろう。

「だから……どうしていきなり、あんなこと、に……なったの? ……嫌がらせ?」
 わたしが聞くとルビカンテは慌てて首を振って、また考え込む。泣き出す前は一刻も早く部屋を出て行ってほしかったけど、疲れと酸素不足でいろんな機能が麻痺した今は、ちゃんとした答えが欲しかった。
 何かどうしようもない事情があったからだって言ってほしい。怒りも悲しみも恐怖も、いつか癒えて救われる……そんな希望があるなら教えてほしかった。
「確かに最初は嫌いだったし、何故こんな弱い者がここにいるのかと不満で、どうやって追い出そうかと考えたこともあるが……今は違う。何よりまずゴルベーザ様が求めておられるし、あの方へ向けるサヤの想いも知った。ただ私は強さ以外の基準が分からないから、共に過ごすうえで、君との違いを明確に知りたかったというか……いや、途中から目的がすり替わっていたのは認めるが、……サヤ?」
 ルビカンテが「あれっ?」って顔でわたしを見てる。頭がぼーっとしてた。……なんだ今の? なんかごちゃごちゃ語ってたけど最初の一撃から先が耳に入って来なかった。
 自然と顔が俯く。泣きたい気がするのにもう涸れちゃってるのか何も出て来ない。ただ呆然とするだけ。

 ……わたし嫌われてたのか。追い出したいって思われてたんだ……。気づかなかった。優しかったし、誠実だったから、遠慮なく頼って甘えてた。嫌われてたんだぁ。そっか。……じゃあきっと、すごく迷惑で、不愉快で、欝陶しかったんだろうね。
「……嫌いなら、それなりの態度してくれなきゃわかんないよ」
「いや、その……君の言う嫌悪感とは少し、」
「身の程知らずの虫けらが馴れ馴れしい口聞くな、とか思ってたんでしょ?」
「そ、そこまでは……」
「それでも仲間として受け入れなきゃならなくなったから、性欲処理の役にでも立てば愛着わくかと思ったんだ」
「端的に言い過ぎる気がするが……」
「最低」
 吐き捨てた言葉にルビカンテが固まった。人格無視して抱かれるくらいなら、役立たずだって放り出された方がマシだった。……そう嘯いてみても、その場になったらきっと怖くて縋りついてた。なんでもするから捨てないで、くらい言ったかもしれない。
 最低なのはお互い様だ。わたしだってルビカンテに勝手なイメージ植え付けて、裏切られたって息巻いて傷ついてたんだから。理想の塊なんかじゃない。そこらへん歩いてるモンスターと何も変わらないのに。そしてそれは別に、悪いことじゃないのに。
「サヤ……?」
 違ってるのわかって受け入れたつもりになって。勝手に傷ついてさ。ホントに最低だ。自分のこと棚に上げて痛みにばっかり気をとられて。

「……で、どうするの?」
「何を……」
「わたしはこれからもルビカンテのために働けばいいわけ? それともこんなに嫌がってるって知ったら考え直してまた軽蔑してくれるの?」
 見つめ返す瞳は厭味に動じもしない。ただ静かにわたしを見つめて、答える気があるのかないのか。
 いっそ捨ててほしい。どうせ何の役にも立たないくせにつまらない自尊心なんか抱え込んでる人間は、いらないって言って、さっさと出て行って、もう関わらないでほしい。
 ひたすら黙って、黙りこくって、唐突にキスされた。は? って思わず口を開けたら舌が入り込んできて、わかった。ああそっち取るんだ。わたしの人格は選んでくれないんだ。嫌いだから、仕方ないよね。
「……サヤ、君が何に傷ついているのか分からない」
 唇が離れて、すぐ近くで見つめ合ったまま。ルビカンテはもしかしたらバカなのかな。どうしてわかってくれないんだろう。
 いくら人間じゃないからって、普通わかるでしょ。考える力があるなら理解できるはずでしょ。一番信じてた相手に襲われて、嫌なくせに感じて、しかも相手はわたしのこと嫌ってたなんて。今までのうのうと生きてたのが恥ずかしくなるくらい、
「抱かれたことで私を恐れていたのではなかったのか? ……これでは、まるで……」
 ……まるで?

 聞き返そうとした口がまた塞がれる。目を閉じる前にちらっと見えたルビカンテの表情が、何か切なそうに見えたのは……わたしの願望?

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