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番外.

 胃の底から競り上がるものの感覚に呻く。慣れぬ体に悪戦苦闘する身ゆえに、誤って殺してしまうことを恐れてか、どんなに腹を立てても手をあげることのなかった主君は、近頃ではベイガンに対し手加減をしなくなっていた。
 それほど慣れてきたということだと思えば痛みは喜びでもある。殴り飛ばした男が笑みを浮かべるのを訝しみ、カイナッツォが不快そうに呟いた。
「所構わず襲って来るな。自分の立場分かってんのかてめえ」
「……では今後は所のみ構うことにしましょう」
 益々深くなる眉間の皺に笑って答える。遥かな高みに位置する存在の中に、明らかな憎悪を持ってベイガンの姿が刻み込まれる。平穏にあっては得られない類の愉悦に浸っていた。
 しかしこうも遠慮なく拒絶されては、気分は昂揚しても体が持たない。先日寝込みを襲った際も全身氷漬けにされ朝まで動けなかった。やはり政務が残る昼の内、それも人の目がある場所が最良だろうと、冷ややかな笑みを浮かべたまま考える。
「……何をニヤニヤしてんだよ」
「探って頂いても構いませんが」
「てめえの頭の中なんぞ見たくない」
 ならば臣下として体で教えて差し上げねばなるまい。自分にとってのみの忠誠心を弄び、表情の戻らないカイナッツォを抱きしめる。抵抗されるのは嫌いではなかった。むしろ命懸けで挑む方が楽しい。
 目の前にあるのは見慣れた体だがその中身は得体の知れない闇の生き物だ。どれほど痛めつけられ屈辱に喘いでも、心の底から屈することなどないのだろう。そんな存在を組み敷くことの心地よさ。

「陛下……」
「るせえ、呼ぶな、しゃべるな」
 しつこく食い下がり続ければ、どうにも逆らうのが面倒になったカイナッツォは思考を放棄する。ただの性欲処理だと割り切っているようだった。相手が誰なのかは見なければいい。見知らぬ女を思い描いても、自身の指に置き換えても構わない。
 だが予測のつかない動きにいつまでも自分を重ねていられるだろうか? 自分よりも余程武骨なつくりの手に、女の面影など浮かぶはずもない。我関せずを決め込んだカイナッツォの眉は、次第に歪んでゆく。快楽よりも苦悶の意味が濃い。そしてすべてを吐き出した後、強い自己嫌悪に陥るのだ。
 ベイガンはカイナッツォの変化していく様を好んでいた。他者に化け、表面だけの芝居から内部まで偽りの姿と同化していく過程。自分が消え失せることへの屈辱と恐怖。恐怖への怒り。
 そしてまた、ベイガンの手の中で脈打つものが、当人の意思に反して快感に流される様も。何をどこまで受け入れても、心の底から誰かに屈することなどないのだろう。だからこそ従わせたくなる。

「陛下……私は処理していただけないのですか」
「っ、知るか! 自分でどうにかしろ」
「承知いたしました」
 端的に言うならばつまりベイガンは、カイナッツォの嫌がることが好きだった。その憎悪と侮蔑が自分を包むのがたまらなく快感だった。カイナッツォにとってはとんだ災難だと分かっていながら。
「……おい、オレを見るな」
 心なしか焦りを帯びた声を敢えて無視し、すでに硬く起ち上がった自身を取り出す。それを見遣ったカイナッツォの体が強張るのを楽しげに眺め、視線を合わせたまま互いを追い詰めるように両手を動かした。
「てめえ、何のつもり、」
「…………陛下……っ」
「オレをオカズにするなああああっ!!」

 ああその嫌悪感。それこそベイガンが惹かれる理由なのだと、まだ分からないのだろうか。いや違う。分かっていても鳥肌が立つほど嫌なのだ。完全無視を決め込めばいいと知りながら、理性が吹き飛ぶほどに我慢ならないのだ。
 悪循環から抜け出せない主君が愛おしい。その愛情さえもカイナッツォを苛立たせる。ベイガンの心の動きなど筒抜けのはずだ。誰を思い描きながら達するのか、嫌と言うほど分かっているのだろう。握り込んだ熱さに反して、心臓を凍てつかせるほどに強く冷たい視線が突き刺さる。
 このまま殺されても構わない。憎悪と快楽に取り巻かれ、かつてないほど満たされているから。

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