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3.

 健全な朝の光が部屋を照らしていた。唖然とするベイガン。憮然とするカイナッツォ。充満した空気は猥雑で、夜明けの清々しさにも消しきれない怒りを孕んでいる。
「一体、何があったんです」
「…………」
「まるで暴漢にでも襲われたかのような」
「……いいから解け」
 暴漢という言葉がカイナッツォのプライドを僅かに傷つけた。が、そんなことには気付きもせず寝台に歩み寄ると、ベイガンは丸められた掛布でカイナッツォの腹を拭う。
「先に腕を解放しろよ……」
「誰に襲われたのです」
「知らねえな」
「詳しく教えてくださらねば、不届き者を捕らえることもかないません」
 どんな屈強な男だったのか、顔立ちは、身長は、体格は、髪の色、目の色、服装……矢継ぎ早に繰り出されるベイガンの質問に、カイナッツォは苦々しげに顔を背けた。
 女だった。魔力もろくになく、ローブの下には女にしては強い筋力を感じたものの、魔物であるカイナッツォにとっては何ほどのものでもない。目の前の男に比べれば余程華奢な、ただの女だった。……言えるわけがない。
「朝からこのような格好をされては政務に差し障ります」
「オレが悪いのかよ?」
「そうでしょう。なぜ抵抗なさらなかったのです? 殺してしまえばよかったのに」
 奪われたのがあなたの命だったらどうするのかと視線で責め立てられ、カイナッツォの不機嫌さが増す。何も好き好んで抵抗しなかったわけじゃない。未だ体を怠くさせる、この刺のせいだ。それだけのはずだ。

「……余程気持ち良かったのでしょうね」
「何を馬鹿なことを」
 カイナッツォの視界が陰る。朝陽を遮るようにベイガンが覆いかぶさっていた。……ほら見ろ、やっぱり最悪な展開だ。
「おい、とにかく縄を解け。いい加減死にそうだ」
「それは大変ですな」
 全く困った風もなく頷くと、ベイガンの手が拘束されたカイナッツォの腕を撫でた。はだけた服の上を這う硬い手の感触。背筋を悪寒が走った。食い込む刺に振動を与えないよう慎重に縄が解かれる。
 ようやく自由になった腕を宙に突き出すと、体中の魔力を集めていく。ベイガンがカイナッツォにのしかかったまま塞がる傷口を面白そうに見つめている。
「便利なものだ……」
 感嘆の呟きにカイナッツォは呆れていた。この程度の傷口ならば、本性をあらわせば集中せずとも勝手に治っている。人間の姿に馴染んでいないから妙に時間がかかっているのだ。
 バロンの人間は魔法に疎い。それでこそカイナッツォが紛れ込んでいられるのだが……するとやはり、あの女もバロンの人間だろうか。

「それでは、よろしいですかな」
 傷が癒えるや否やベイガンの顔が近づいてくる。唇の感触とともに剥き出しになった内股を撫で回され、眉をしかめる。
「待てこら、誰がよろしいと言った」
「ですからこのままでは政務に差し障る、と」
「回復しちまえばどうってことねえんだよ」
「いえ、私の話ですよ」
 腰に押しつけられた硬さに眩暈を感じた。何を朝っぱらから盛っているんだこの男は。不審者よりもまずこの側近を取り締まってほしかった。
「侵入者はなかなか面白いものを置いて行ったようで……」
「げっ」
 ベイガンの手で光る小瓶にカイナッツォの頬が引き攣る。あの女、よりによってこんなものを忘れて行くとは。それともわざと置いて帰ったのか。





「復讐か」
「なんと?」
「バロン王を亡くした腹いせにオレを煩わせているのかと聞いている」
 内で蠢くものから気を逸らし、あまり余裕のない早口で問う。ベイガンは何故か苦しげに顔を歪めた。もはや人よりも魔物に近いこの男の表情すら不可解なことが多すぎる。やはり人間に成り切ることなど不可能だ。……引き延ばせればそれでいい。そのためにはやはり、ベイガンが必要なのだ。
「陛下……人間の感情は、憎悪だけに染まってしまえるほど単純ではありません」
「そんなご大層なものにも思えんがな」
「陛下が怒りつつも快感を得ているように」
「阿呆な例えを出すな!!」
 カイナッツォにとっても解りやすい下卑た笑みを浮かべて起ち上がった性器を指でなぞる。視線を逸らしてもベイガンの指の感覚は消えない。内側をなぞる動きに合わせて、湿った音がやけにはっきりと耳に届く。自分が女にでもなったかのようで不愉快窮まりない。
「それにしても、一体どうやってここまで入り込んだのか」
 性急さを増す指の動きに思考が溶け出す。入り込んだ……のが、この部屋なのかカイナッツォの中なのか、一瞬分からなくなる。自分の馬鹿な考えにまた怒りが沸いた。と同時にある種の感嘆も沸き起こる。意識的にせよ無意識にせよ、よくもまあこれだけ怒らせることばかりできたものだ。

「自分の領域を侵されたようで気に食わない……」
「誰がてめえの領域だ」
「ええ、まだ私のものではありませんでした。ですから、奪われる前に奪わせて頂きます」
「はい?」
 言葉の意味が掴めず間抜けに聞き返す。ベイガンの指が引き抜かれ、両足を抱え上げられる。再びの既視感。そして昨夜とは比べものにならない危機感にカイナッツォが青ざめる。指の代わりにあてがわれた熱く硬いものを見遣って、どっと冷や汗が噴き出た。
「ちょ、ちょっと待てお前一体」
「陛下……口を閉じられた方がよろしいかと」
「い゛、っ! むぐ、んんん!!」
 体を押し開かれる痛みに、漏れた悲鳴はベイガンの手により押し込められた。カイナッツォの目はてめえ殺す用が済んだら絶対いたぶりまわして殺してやると訴えていたが、言葉になって出てくることもなく。ベイガンはむしろ幸福そうに憎悪を受け止めていた。
「そう見つめないでください、陛下」
「睨ん、でんだ、っ……馬鹿がッ!!」
 遠慮のない勢いで腰が打ちつけられるたびに寝台がギシギシと軋んだ。接合部から走った激痛が腰の辺りで鈍くなり、背筋を駆け抜け脳に届く頃には何か違う感覚に変わっていた。
 休みなく突き上げながら筋張った指が萎えかけた性器に絡み付き、親指でぐりぐりと押し付ける。潤滑油のついた指先で尿道付近を撫で回され、カイナッツォの腰が跳ねた。シーツを握り締めた指の間接が白く染まる。

「……後ろだけで、達せますか」
「な、わけ、ねえだろ……っあ、く……いっ、オレ死ぬマジで死ぬ、痛すぎる」
「、陛下……!」
「だっ……抱き着くな!!」
 自身を煽りたてていたベイガンの手が離れ、カイナッツォの腰を持ち上げるように掻き抱く。擦れ合う角度が変わって頭の中で火花が飛び散った。自らの否定の言葉が嘘に成り果てそうで理性が焦り始める。
「あっ、く、待て……! ちょっ、もうやめ……あぁっ」
「待てません、よ……ここまで来て……分かるでしょう」
「分かるか、ぁ! ……っ、……!」
 胸当てを外した上半身がはだけた胸に擦れる。快感に抗おうと力を入れるほどベイガンの律動を強く感じ、悍ましい予感に震えて唇を噛み締めた。流される……。
 敗北感にうちひしがれながら、カイナッツォは自分を抱く体に縋りついた。





「……侵入者は、何としても私が取り締まり処罰いたします」
「るっせえもう言うな……てめえが処罰されろ……」
「残念ながら私を罰することができるのはバロン国王その人しかおられませんので」
 そして王にはベイガンを排除できない理由がある。忌ま忌ましい。屈辱、羞恥、疲労。馬鹿げた感覚ばかりだ。昨夜からの気怠さが取れないどころか酷くなっている。
 しかしここ最近のカイナッツォが、急速に人間らしくなりつつあるのもまた事実だった。
「くそっ、動きたくねえ……」
「朝議に出られないのであれば、本日陛下は急病ということで私が一日中警護に」
「とっとと服持ってこい」
 言い終わる間もなく飛び起きたカイナッツォに苦笑を零しながらベイガンが寝台を離れる。動くたびに腰がずきずきと痛んだ。これに一日耐えろというのか。癒し方もよく分からない。強力な魔物である自分が、体内に傷をつけられたことなど一度たりともなかった。
 痛みを和らげるためにどうすべきか相談できる者は一人しかいないが、それだけは絶対に避けたかった。ここまで来て……意地以外に、もう守るものがない。

 ひっそりと溜息をついた主君をベイガンが驚きをもって振り返ったが、カイナッツォは気づかなかった。

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