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2.

 眠りの必要もなくただベッドに横になっているのは、どうも退屈でいけない。かと言って休みなく動き回って怪しまれるわけにもいかなかった。疲労は明日も続くのだから、一応体も休めなくては。しかしとにかく暇だった。平穏に慣れ親しむには性状が苛烈すぎたのだ。……それがいけなかったのだろうか。
「退屈そうですねえ」
 突然舞い込んできた女の声。あまりにも気の抜けた響きに警戒が遅れた。どこから入ったのか、黒いローブを羽織った若い女がカイナッツォを見つめている。赤茶けた髪に青い瞳、やや高い背丈。
 どこにでもいそうな顔立ちではあるが、王宮内で見たことのない顔なのは確かだ。ただの女が誰にも制止されずこんなところに入れるはずがない。警戒すべき存在なのは明らかだったが、その体のどこからも恐れるほどの魔力が感じ取れなかったため、カイナッツォは油断した。
「夜伽に参りましたよ、偽陛下」
「……何だと?」
 予想外の言葉に面食らう。その間にも女はスタスタと距離をつめていた。偽と言ったのか、この女は。何故。いずれ緩やかに疑われ始めるのは、カイナッツォはもとよりゴルベーザも承知の上だが、あまりに早過ぎる。これは誰だ?
「あんまり驚いた顔じゃないですねえ。そんなことだから疑う者が出てくるんですよ」
 内心に関わらずカイナッツォは無表情だった。人間としての存在の違和感を女がつく。なんだこの既視感は。しかし相手は大した力もない人間の女だ、いざとなったら片付けてしまえばいい。未だ気を抜いたまま寝そべっていたカイナッツォの眼前に、女の顔が迫る。

 唇に柔らかいものが触れた。慈しむような軽く優しい触れ方だった。深い瞳の色に吸い出されたように、全身から力が抜ける。
「アスピルを、仕込んでみました」
 なぜ頬を染める。呆気にとられるカイナッツォをよそに女が手際よく体を拘束してゆく。細い縄がベッドに腕を縛りつけた。それを慌てて引きちぎろうとして、縄に備えつけられた刺が肌に食い込む。血が滲んだ箇所に奇妙な痺れを感じてなぜか力が入らない。
 両足を開きその間に体を割り込ませた女が、覆いかぶさるように顔を覗き込む。柔らかな髪が流れ落ち、頬を撫でた。
「バンパイアの牙と青い牙を、あしらってみました」
 ちなみに縄には蜘蛛の糸を編み込んでるんですよと笑う。カイナッツォの背を悪寒が走った。なんだこの女。やばい。本格的にやばい。焦りに反して体が動かせない。細い指が胸板をすべり、薄ら笑いを浮かべた女がカイナッツォの上半身をはだけさせてゆく。逆だろう、普通。

「冷たい肌ですね。こんなの触られたら、すぐばれちゃいますよ」
 国王の素肌など、誰かに触られる状況になってる時点でおかしい。つまり、今だ。
「何者だ、お前は」
「そうですねえ……何者だと嬉しいですか?」
「は? いや、こっちが聞いてるんだが」
「好きに想像してください。あなたを殺しにきた刺客でも、あなたを慕ってきた町娘でも」
 どう考えても前者だった。殺しに来たにしてはおかしな状況ではあるが、実際にカイナッツォは今この女に対して抵抗できない状態にある。
「無事に逃げられるとでも思っているのか?」
「さあ……でもなんだか……見てみたく、なっちゃったんですよ……」
「何を……、っ」
 急に表情を変えた女が遠くを見つめ、訝しく思い尋ねようとした言葉が途切れる。開けた胸を撫でていた手が腹を伝い、指が腹筋をなぞった。左手で自分を支えると、空いた右手で腹から内股までをゆったりと撫で回す。心臓の辺りに口付けを落とし、先端を舌で弾いた。
 思わしくない展開だ。始めからそうだったのだが、いい加減に変えなければと今更焦る。
「おいっ、てめえ一体、何しに来たんだよ!」
「だから、襲いに来たんですよ、偽陛下」
「なぜ……う、っ!?」
 唐突に下衣が剥ぎ取られ、あらわになった性器に女の指が絡みつく。胸に触れられた時には温かだった手が、そこではいやに冷たく感じた。

「元気がないですねえ、偽陛下」
「どこに話し掛けてんだボケッ!!」
 間に入られ蹴り飛ばすこともままならず、腕は相変わらずびくともしない。ゆるゆると数回竿を撫でると指先でそっと裏筋を辿る。先端に引っ掛けながらゆっくりと上下させ、反応を窺うように女の視線がカイナッツォをとらえた。
 下半身に集まろうとする血液を理性で押し止めようと強く目を閉じた。きぬ擦れの音とともに女が擦り寄ってくる。太股で性器を擦りながら、身長差を埋めるようにカイナッツォの顔の脇に手をつき、額に口づける。
 鼻筋を伝い、そっと唇に触れてから、首筋へ降りていく。生暖かいものが皮膚を撫でた。ぴちゃぴちゃと音をたて、猫のように喉を舐める。ローブの裾がひらひらと硬くなりかけた自身を掠め、カイナッツォの混乱は頂点に達した。なんだこの状況は。これではまるで自分が犯されているようではないか。
「そういえば、お名前は、なんていうんです?」
「は、……はっ? 何だって?」
「偽陛下の、本当の、お、な、ま、え」
 耳元で囁かれて息を飲む。そのまま舌が入り込んで、脳髄にまで水音が響いた。返答などどうでもいいと言うかのように女の手が胸を撫で回す。微かな強弱をつけて這いながら、硬く尖った乳首を指で摘む。
 女を愛撫するごとき優しさでやわやわと揉み、親指の腹で押し上げる。その間にも耳を侵していた舌が、再び首筋を伝い、鎖骨を強く吸い上げる。

「……っ、なぜ、オレが……」
 こんな女に、完全に主導権を握られている。苦々しさに歯噛みしながらも、じわじわと攻め寄せる快感に抗えなかった。
「教えてくれないんですか? ……まあいいですよ。それじゃ私も、教えてあげません」
 知りたくない。むしろ何も知らないまま抹殺したかった。殺意を嘲笑うかのように乳首を摘みあげた指に力をこめ、カイナッツォが痛みに眉を寄せたのを見て取ると今度は舌先でなぶる。
 口を開くと息を荒げそうで必死に唇を噛み締めた。それを横目に、女の体が下半身に移動していく。
「あら、すっかり元気になりましたね」
「うるっせ、ぁあっ、ぐ……ッ」
「ふふ」
 羞恥と怒りでつい反論したその隙に、女が舌先で鈴口をつついた。ひそかに笑う吐息が先端にかかる。殺す。絶対に殺してやる。全身に滾った殺意をこめて足を振り上げ蹴り飛ばそうとするも、あっさりと抱え込まれ、かえって身動きが取れなくなった。下側から太股を抱え上げそそり立った性器に顔を近付けると、根本を舌全体でべろべろと舐めまわす。
「うぁ、くっ……てめ……どうなるか、分かっ、!!」
 脅し文句さえ鼻で笑い、唇で竿を挟み込むと、尖らせた舌先をあてたまま上下させる。流されまいと堪えるカイナッツォの抵抗が徐々に弱まるのを楽しみながら先走りに濡れた先端をくわえ込んだ。膝を抱えた手を離すと、手と舌で容赦なく攻め立てた。

 縛られた腕に力がこもり、刺が食い込み血が流れる。もう僅かな痛みでは止まらなかった。与えられる快楽を貪りながら口腔内を突き上げ、女もそれに応えるように舌を動かし、指で擦り陰嚢を揉んだ。
「はっ、あ、……くぅっ……」
 カイナッツォの腰が震え、陰茎が口の中で大きく脈打つと、絶頂の間際に女の攻めが止んだ。爆発寸前で放り出されてカイナッツォの思考が白く染まる。それを余所に懐から小瓶を取り出した女は、中の液体を掬い取ると物も言わずに菊門に塗りつけた。カイナッツォの流した先走り汁とすりこまれた液体に濡れ、そこを慎重に揉みほぐしながらするりと細い指を滑り込ませる。
「っつ、ぁ……な、にを……」
 ひやりとした感触に体が震えた。女は構わず差し入れた指を動かし、挿入したまま曲げ伸ばしを繰り返す。くすぐるように指先で撫でられ、快感とも言えない奇妙な感覚に襲われた。
「なかなか……コツが分かりませんね。今度は練習してきます」
「っんな練習するな、馬鹿か!」
「偽陛下を満足させられるようなモノがついてなくて、申し訳ありません……」
「阿呆!! いらねえっ、そんなもん!」
 なぜか心底すまなそうな女に苛立ちながら、ふとある可能性が脳裏を掠めたが、あまりのおぞましさに見て見ぬふりをした。

「まあ、今回は良しとしましょうか」
「な、あっ…………っ、……!!」
 体内の異物感に気を取られていたカイナッツォを、また快感が追い立てる。先程よりも深く根本までくわえ込むと、唇と舌で挟み、上下に揺らして吸い上げる。
「……〜〜!!」
 内側からこすりつけていた指が一点に触れた瞬間、体中を電撃が走った。女の口が離れ、性器を腹に押し付けながら執拗に舐めあげる。急速な愛撫に導かれるままカイナッツォは己の腹の上に精を吐き出した。
 女は射精の余韻を共有するように、手の平で包んで数回擦ると、差し込んでいた指をゆっくり引き抜いて何事もなかったかのように立ち上がった。
「さ、それでは私はそろそろ失礼いたします」
「……なっ……ちょ、ちょっと待て、おい」
「後処理はご自分でなさってくださいね」
 いやに愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべると、始めにそうしたように優しく口付ける。唇から苦味が伝わってきた。満足げに目を細めると、茫然とするカイナッツォから離れ、部屋の扉に手をかける。
「まっ……待てコラ! これを解いて行け!」
「朝になれば誰か起こしに来るでしょう? ではおやすみなさい、偽陛下」

 ぱたりと閉じられた扉。一時的に屈辱も怒りも忘れ、カイナッツォは焦っていた。腕を拘束されて下半身は丸出しで上半身も開けっ広げている。そして腹の上にぶちまけられた精液が、隠しようもなく今宵の真実を告げていた。
 今一度縄を断ち切ろうと試みるが、行為の間中この刺に体力を吸われダメージを与えられ続け、そもそも力を入れることすら覚束ない。
 朝になったら。当然誰かが起こしに来るだろう。誰かというよりも、一番来て欲しくない奴が来る。生まれて始めて感じた絶望という意識がカイナッツォを青ざめさせたその時、閉じられた扉が再び開いて去ったはずの女がひょっこり顔を出した。
「大事なことを言い忘れてました。また来ますから、待っててくださいね、偽陛下!」
 にっこりと笑いかけると、今度こそおやすみなさいと深く礼をし、閉じた扉の向こうに足音が消えて行った。その軽やかさが絶望と疲労に巻かれて横たわるカイナッツォに怒りを呼び戻した。
「二度と来るなあああっ!!」

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