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ゴルロザ

 ゾットの塔に囚われてからセシルへの想いについてばかり考えた。会いたい、無事でいてほしい、助けて……そんな気持ちよりも今は、なぜだかとても冷静に、どうして彼が好きなのかを考えていた。
 もどかしさに苛立ったことがある。夢見るように気楽なものではないとも知っている。愛しさのあまり憎くなったこともある。だったら憎しみが愛に変わる可能性もあるのかしら。そもそもわたしは本当にゴルベーザを憎んでいるの?
 セシルに向かっていた気持ちが次第にずれて、靄がかって違う人影を象りはじめた。
 自分の立場を鑑みれば考えるだけで罪深い気がして無理やり思考を捩曲げた。浮かび上がるものに蓋をしてただただ早く逃げ出したいとだけ思う。セシルのもとへ帰りたいと。でも……迷っている自分を見つけてしまったから、このままじゃ帰れない。
 愛は絶対的なものではなくなったのか。セシルへの想いが薄れたわけではないのに、何か他の感情が同じだけの大きさで迫ってくる。
 与えられた部屋をそっと出る。うろうろとさまよいながらふと思いついてテレポの呪文を呟いてみたけれど、魔力が反応する気配さえ感じない。やっぱり、わたし自身に枷がかけられているのかもしれない。白魔法が使えなければわたしに何の価値が残るんだろう。
 このままでは帰れない。それだけを再確認させられた。

 ここはもう魔物が徘徊する下層からは遠く、争い合う物音も聞こえない。ゴルベーザの部屋の周辺は廃墟のように静まり返っていた。機械仕掛けのこの塔はどうしてどこも無音なのか。バロンで飛空艇に乗った時のことを思い出して、これを作り上げた者の並外れた技術力に寒気がした。
 音をたてないよう扉を開けて静かに中へと入り込む。窓から射した光が無防備な寝顔を青白く染めていた。
 厳めしく、禍々しさだけで対面したものを圧倒する黒い甲冑。その中に隠されていたのは意外にやわらかな白い髪と、深い青眼。見慣れた面立ちだった。これをどこまで深く考えればいいのか、相談できる人がいないのがもどかしい。
 ゴルベーザが起きないのをいいことに間近でその顔を覗き込んでみた。彼は侵入者の存在など考えもしないようにぐっすり眠っている。わたしがベッドに腰掛けてもまだ起きない。呼吸に合わせて上下する胸に手をあてても目覚めなかった。
 大腿に跨がってそのまま胸を押さえてみた。眉が苦しげに歪み、不意に瞼が開いてうろんな瞳がわたしを見つめた。
「……なんだ、夢か」
 ゴルベーザはふっと息を吐いて何事もなかったように寝返りをうとうとした。転げ落ちそうになったわたしが慌ててしがみつくと、おもむろに身を起こして今度は呆れ果てて溜め息をつく。
「何をしている」
 抱き着くような体勢を改めもせず、厚い胸に頬を乗せてみる。鎧越しには感じられない鼓動が伝わってくるのがなぜかとても嬉しい。
「ローザ……」
 セシルによく似た優しさで、大きな手がわたしの肩を掴んだ。優しくて柔らかな、けれど確かな拒絶の意思だった。

「わたしが刺客だったらどうするのかしら」
「刺客ではないのか」
 真顔で問い返されて言葉に詰まる。……武器を持っていないから仕方ないのよ。純粋な力で敵うわけがないし、今のわたしには魔力で対抗することもできない。ゴルベーザが起きてしまったから、だから殺して逃げられない、それだけのこと。……仕方ない。
 顔を上げると見透かすような視線に行き会って、腹が立ったから睨み返した。すると彼が気まずそうに目を逸らし、どうしたのかしらと首を傾げる。
「揺らいだのか」
「なんのこと?」
「私が憎いのではなかったか」
 いつでもすぐに逸らされるあの瞳じゃなくて、見透かすような深い青が、やっぱり少し嫌いだわ。
 ゴルベーザのことを憎んでいるかしら。非道な振る舞い、陛下に為したことやミシディアの魔道士達への仕打ち、これから何をしようとしているのか。決して善人ではない。許されざる存在ではあるけれど、わたしは彼を憎んでいる?
 わたしは本当にセシルのことを知っていたかしら。愛していると言えるほどに深く? 彼の苦しみを癒すこともできなかったのに。知りもせずに憎み愛することなどできるかしら。
 愛してるとか憎いとか。まるでその人のすべてを知ったかのような――。
「軽々しく言っていい台詞じゃないのよ」
「ほう?」
「そんなに簡単な言葉ではないもの」
「それは……」
 意外だなと呟いた声は低く、怒っているようにも聞こえた。

 悩ましい。軽々しく決められないほど、ゴルベーザへ向けた印象が複雑になっているなんて。ただ憎めばいいはずの存在をそうできずにいるなんて。
 白魔道士としての慈悲がわたしを縛っているんだ。……そう思っていなければ、求めもしない答えが手に入りそうで怖かった。
「部屋へ戻れ、ローザ。今ならば夢で済む」
 受け入れることを拒絶するゴルベーザの瞳は、窓辺を照らす月光の方へと逸らされた。その仕種がやっぱりセシルに似ていて、また心が乱される。
「……おやすみなさい、ゴルベーザ」
 おやすみなさい。今は、まだ答えを出さずに。

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