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水×風

 気の強い女を引きずり落として屈服させるのはそりゃあ楽しいが、物事には限度ってモンがある。あまり面倒が過ぎれば遊びの範疇を越え、欝陶しくなってしまうから、相手は選ばないとな。
 ゾットの塔には女が多い。どいつもこいつも外見に見合うだけ気位が高いから、適当にからかって遊んでやればすぐに畏怖の入り混じった蔑視を向けてくる。痛めつけてやった後の落ちっぷりもでかくて、なかなかいい玩具だ。ただやり過ぎれば主がすっ飛んでくるがな。
 その、塔の主たるバルバリシアは、奴らの親玉なだけあって美貌は群を抜いている。取り澄ました顔が屈辱に歪むのを見ればさぞ気分もよかろうとは思うが……、なんせ隙がなさすぎた。まさしく風のように一方的にこちらに突っ掛かってくることはあっても、こっちからダメージを与えるのは困難だ。
 全て避けられ、過ぎていく。かといって下手に突き回して不要な怨みを買っちまうと後が怖いしなあ。

 やることもなくぶらぶらと歩き回っていたら、どこからか血生臭い匂いが漂ってきた。雑魚どもが仕合いでもしたかと思ったが、その芳しさに気づいて喉が鳴る。こりゃ余程の魔物の血だが……。
 道が敷かれたようにそこへと続く、匂いの跡を辿る。半ば予想した通り血を流していたのはバルバリシアだった。
「何やってんだよ、お前?」
 魔物特有の回復力も追いつかず、じわじわと広がってゆく血溜まりの中でバルバリシアがオレを睨みつけた。
「あんたには、関係ない……ッ」
 誰ぞと小競り合いって傷じゃあないな。ルビカンテとは時たま稽古と称した殺し合いをしてることもあるが、それでもないだろう。
 あの戦闘馬鹿は確かに女相手だからと手加減するような野郎じゃねえし、バルバリシアと戦ってもずたぼろになるまで叩きのめしはするだろう。しかしオレと違ってお優しいからな、こいつが嫌がろうときっちり回復してやってから立ち去るはずだ。

 誰にやられた? なんて聞いても素直に答えるわけねえよなぁ。ま、どうせ人間だろう。たまにゴルベーザ様みたいな規格外の魔力を持ってる奴がいる。不用意にちょっかいかけて返り討ちにあったんだろ。
「ざまあねーな」
「……うるさいわね」
 返ってきた声は刺々しいが、いつものバルバリシアに比べれば弱々しかった。こんな傷ごときで参るようなタマじゃあるまいし。負けて逃げ帰ったのがそんなに悔しいかね。
「お前らしくも無い」
 立ち直ってどこへでも消えるまで、ほっといて眺めようと思っていたんだが、消沈した様子のバルバリシアはいつまで経っても体力が戻らないらしい。宙に浮かぶ余力もなく地べたに座りこんで、自分の流した血溜まりについた手はガタガタと震えている。赤銅に染められた髪からは輝きも感じられなかった。
 どだい美貌なんてのはオレにとって無意味なものだ。青褪めた顔も吐き気を催す血の臭気も、憔悴しきった表情も、全身から溢れる苦渋と絶望こそがオレには――。

「見てて愉しくはあるんだがな」
 魔力を溜め、怪訝そうに顔をあげた奴に向かって放つ。他人に回復魔法なんざ使ったことがなくて最初はうまく馴染ませられなかったが、体の周囲を漂っていた光はすぐに傷を塞ぎ止め、次第にバルバリシアの顔色も戻っていった。
「何のつもりよ、カイナッツォ」
 震えの止まった手で垂れた前髪をかきあげ、床を蹴って宙に舞い上がる。大きく揺れた金髪からこびりついた血が流れ落ちて、また主張の激しい光を放ち始めた。
「らしくないのはあんたでしょう、あたしに手助けするなんて」
 不機嫌極まりない顔で見下ろしていたバルバリシアは、オレが何も言わずにいると段々気まずそうになり、やがて眉を下げ困惑した表情でそっぽを向くと呟いた。
「…………あ、ありがとう」
「何だぁ? 本気でらしくねえじゃねーか」
「うるさいわね!」
 言い慣れない言葉の気恥ずかしさと、オレに礼をしなけりゃならん怒りで頬が真っ赤だった。こういう時はやっぱり人間に近いのかと思うな。

 まだ赤い顔を両手で押さえ、軽やかに床に降り立ったバルバリシアは、流れ出た血の量に眉をひそめるとおもむろに呪文を唱えた。荒々しい風が床を撫で、どす黒く変色した血痕を拭い去る。
「さっきまでは平気だったのに。痛くもなかったし傷も、あんなにひどくなかった」
 なんだ。自尊心が傷ついてブチ切れたんじゃなくて、本気で痛かったのかよ。珍しいこともあるもんだな。
「どうせ大人しくしてなかったから傷が開いたんだろ」
「違うわよ。あんたに見られたから混乱したのよ」
「へぇー、そうですかい」
 ……ああ? なんだそりゃ、オレのせいだってのか。手助けできる奴が通り掛かったから、ってそれはつまり甘えてんじゃねーか。ますますもって珍しいことだ。
「何よ」
「べつに。部屋まで送ってやるよ。よかったなぁ怪我のおかげで堂々とサボれて」
「あんたじゃあるまいし……」
「オレは迂闊に怪我なんかしねーけどな」
「余計なことを言うんじゃないわよ!」
 ぶつくさと文句を言いながらもバルバリシアがオレの甲羅に腰掛けた。いや、送るって転移魔法で、っつーことだったんだが、乗せて運べとでも言うのか。どうせ体重なんかないような女だから構わんが。
 あー……何だろうな。確かに、オレもちょっとばかしらしくないかもしれねえな。

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