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ゴルセオ

 珍しく視線が合うのを避けるセオドアは、表情も硬くこちらにまで緊張が伝わってくるようで、何か言う前から良からぬことがあるのだろうとは思っていた。
「どうした」
「……好きな女の子のタイプを聞かれたんです」
 心構えがあったにもかかわらず息が詰まる。彼の言葉は、することがない日の昼下がり、差し向かいでエブラーナ茶など飲みながら聞かされるには些かつらい内容だった。
 セオドアも年頃の男子だ。誰が相手にせよ近い将来のこととして、色恋の話も周囲からしつこく探られているだろう。……好きな女の子のタイプ。それはもちろん、私とて気になるが。
「でもそれって、今までに好きになった女性を総合的に見た理想像ってことでしょう?」
「まあ、そういうことであろうな」

 顎に手をあて、眉間にシワを寄せて真剣に考え込む仕種。まだ少し幼さの残る瞳が私を見上げ、遠慮がちに答えを探り出した。
「だとしたら僕は、まだ一人しか好きになったことがないので」
 今や視線は真っすぐに私を貫いていた。これ以上に罪を重ねてどうするのかと心のどこかで警鐘が鳴る。だが喜びは抑え難いものだ。
「つまり僕の好きなタイプはゴルベーザさんだということに」
「一応言っておこう。“女の子の”はどうした」
「だって他に居ないんです」
 嬉しくはある。それはもちろん。だがしかしセオドアがそう返答した時の周囲の反応を考えれば頭が痛い。セシルなど卒倒するのではないか。そして私は義妹に殺されるだろう。
 しかも下手をするとローザは私の義母になってしまうのか。セシルもだ。実の弟が義理の父? 考えるだに絶望的だな。
「いずれ、どうにかせねばなるまいな」
「どうにか、って?」
 打ち明けるか、諦めるか。そう言えばセオドアは憤るだろうか。

 私が幸せになる価値の無い人間だということは分かっているつもりだ。安穏と暮らすことを許さぬ者など世界に溢れかえっている。私などが……希望の象徴とでも言うべき彼を、手に入れてはならないのだと思っている。
 思っているのに、慕ってくる手を振り払えずにいた。まるで良い親戚のふりをして、セオドアを側に置く魂胆を知られれば、セシルは二度と私を許さぬだろう。
「どうしたんですか?」
 気づけば、弟によく似た瞳が心配そうに私を覗き込んでいた。先程とは入れ代わった立場に苦笑して柔らかな髪をそっと撫でると、はにかんだように俯いてしまう。
「せめてお前が女であればな」
 心外な言葉に目を見開くセオドアは、未分化の少女と言っても通用しそうではあるが。

「……そう、ですね。確かに、どちらかが女性だったら……」
 異性ならば今より少しはマシだった。セオドアは最初から性別だけを壁と思っているようだ。私にとっては寧ろ、私が私であることそのものが問題なのだが。
 それでもやはり、彼が男でなければ気が楽だった。いっそ自棄になりセオドアをさらって逃げることもできたのだから。
「……でも、それならゴルベーザさんが女性でもよかったのでは」
「私に花嫁衣装を着ろと言うのか」
「いえそういうわけじゃ……」
「実は私はあれに憧れていたのだが」
「着たいんですか!?」
「違う。着せたいということだ」
 さらに言えば着せた後に脱がせたいということだ。それは流石に未だ早いと思っているが。

 未来を見れば償いきれぬ過去ばかりが押し潰すように迫ってきて、また全てを放り出して眠りの世界へ逃げ込みたくなった。だがそこにセオドアはいないのだ。ならば現実を生きるしかない。それも、共に歩めるのなら苦痛にはならなかった。
「僕らは、いろいろ考えなきゃいけないことが多いですね」
「ああ。面倒くさくなりそうだ」
「えっ!」
 すぐに青褪める素直さがかわいらしい。問題が山積みで、どんなに面倒であっても、掴みかけた愛を手放すわけがないだろう。二人で先のことを考えるだけの穏やかな時間がこんなにも心地よいものだと、もう知ってしまった。
「僕も頑張りますから……」
「うん、ありがとう」
 秤にかければ当然セオドアの存在に重きを置く。私は結局、世界への贖罪のために生を捧げる気などないのだ。

 言葉にならない感情全てを篭めて慣れぬ笑みを浮かべてみせれば、醜い独占欲をも包み込むような優しい笑顔が返される。
「きっと、幸せになりましょうね」
「言われずとも」

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