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ギルバル

 例えば敵をあしらう槍捌きとか、天高く跳び上がり相手を翻弄する動きとか。戦闘に挑む姿の端々に抱く既視感が不愉快で、だから最初はこの男のことを好きになれなかった。
 ギルガメッシュは観察するようなあたしの視線を気にも留めず、床に散らかされた武器の手入れに余念がない。一体どこに隠していたのかと思うほど、数多の剣、刀、短剣に斧に……槍。節操がないと言うか、それだけ扱えればいっそすごいと言うべきか。
 そもそもこいつ、魔物のくせに人間の作った武器が大好きなところもムカつくのよね。魔物ならば魔物らしく己の魔力と筋力だけで戦うべきだわ。性格だってなんだか人間臭くて嫌だし。たまに会話をしていると、もしかしてこいつ人間じゃないかしら、なんて思うことさえある。纏う気配を見ればそんなはずがないのは分かっているのに。

 人間は自分の得物を愛している。己の身一つで戦えないから、相棒となる武器に独占欲染みた感情を抱く者さえいる。この男はどうなのだろうかと不意に気になった。
 そっと手を伸ばして槍に触れてみても、ギルガメッシュは微動だにしなかった。ただ横目でちらりとあたしを窺い、意味ありげな微笑を浮かべている。
「……何よ」
「いやぁ、別に」
「ニヤニヤするんじゃないわよ、ムカつく男ね」
 手に取った槍を軽く振ってみる。やっぱり人間が使うものと同じ、あたしには扱いにくい。よくこんなのを使いこなせたものね。魔物の筋力に、この軽さは釣り合わない。本当にこれで鎧なんて貫き通せるのか。
「お前って槍が好きだよなぁバルバリシア」
 何かあるのか、と問われて思わず槍を取り落としそうになった。慌てて持ち直すあたしをまだニヤついた顔が眺めている。
 ……好きですって? まさか。武器に対して感情など抱くわけがない。他の何かにだって、思うところなんてないわ。だってあたしは魔物であることを誇りに思っているもの。
「ちょっと思い出した奴が居ただけよ」
「へぇ、意外。お前にもそういう相手がいるんだな」

「あいつは槍一本だった。……触ろうとしただけで威嚇されたわ」
 あたしも不用意に髪に触られるのが嫌いだ。攻守ともにあたしの力は全てここにある。人間は武器にその想いを注ぐんだろう。自分の一部でもないものに、よくもまあそこまで信頼を置けるものね。
「くだらない感傷だって思う?」
「いいんじゃないか。ここを出ても待ってる奴が居るってこったろ」
「なっ、馬鹿な……馬鹿なことを言わないで」
 誰が待っているものか。あいつが待っている相手はあたしではないわ。というよりも、元の世界に帰り着いたところであたし達は出会うことができないのよ。
「何だよ、恋人じゃねぇのか」
「つまらなさそうな顔をするな! ……一時仲間だった奴よ。それに、人間だし」
 恋をするわけがない。それどころか友人にもならなかった。仲間って言葉にすら違和感があるのに。
「初めから、何もなかった」
 そう、初めから終わりまで何もなかった。共に過ごしても結局あたしといた頃のあいつは自分の意志で生きていなかったし、あたしだって出会いに意味など感じていなかった。偶然が重なって同じ時を過ごして、それが少し……心地良かった、それだけだ。
 ギルガメッシュを見ていて、かつて隣にあったような戦いぶりに懐かしさを覚えた。他には何も無いわ。

「好きだとか嫌いだとか、そんな次元ですらない。そうなりたいとも思わなかった」
「ま、離れて初めて気付くってこともあるよな」
「あたしは人間みたいに、浮ついた感情に振り回されたりしない」
「もったいないねぇ。いや、そのナリで恋には純情ってのも逆にそそる、」
 音もなく髪を振り上げて全力で叩きつけると、うごふと不様な声をあげてギルガメッシュが地に伏した。
 だからそういう話ではないと言っているのに。魔物の身で恋だなんて馬鹿馬鹿しい。あたしはただ、人間にも多少は話のできる者がいるのかと見直してみただけで。認めていたのは力量についてよ。そばにいてほしかったのは自分のためではなく、仕えるべきお方のために、って……。
 そうか。……そばにいてほしかったのか。

「魔物同士の戦いってのもつまらないもんだよな」
 手入れを終えた武器を片付けながら(どこに仕舞っているのかしら)ギルガメッシュが呟いた。
「当たり前じゃない。雑魚とやり合ったって意識に残るものではないわ」
「記憶にあるのは人間ばっかりなんだよなぁ」
「……そうかもね」
 仲間でも敵でも、好悪に関わらず思い返して浮かぶのは人間ばかり。そういえばこいつも、なんとかって名前の主に率いられて人間と戦っていたのだったか。よほど印象深い相手でもいたのでしょうね。
 ああそうだ。好敵手と呼べたならそれが理想だった。現実にはそれも叶わず、あっさりと不完全に終わったから、ずっと燻っているんだわ。
 同じ魔物との小競り合いであればすぐに忘れてしまう。強く刻み付けられるのはいつも人間だった。あまりにも違いすぎて、遠すぎて、目を奪われてしまう。

「何もなかったってことは、ないだろ。多分」
「何もなかったのよ」
「憎悪だか羨望だかは知らないが、俺達は人間に何かを感じるようにできてるらしい。愛情ってのはあんまり聞かないが」
 何もなかったことを嘆くのは、それはそれで一つの感情か。
「人間相手に抱いた感情を認めたくない」
 本当は、去って行く姿に憎しみを感じたとか。主への忠誠に一欠けらの真実が含まれていたことが、嬉しかったとか。
「これ、せっかくだから貰っておくわね」
「はいはい。……うん? お、おいちょっと」
 一度手放した槍を拾いあげると、呆気にとられたギルガメッシュがすぐに我に返ってあわてふためく。余計なことに気付かせてくれた御礼よ。……本当に余計なこと。今更理解したところで、もうどうにもならないというのに。
「……そうだ。この機会に武器に親しんでみるのもいいかもね」
「誰がやるって言っ、待てコラ」
「最初から無かったものと思えばいいのよ」
「思えるか!」
 そうね。思えないわよね。だってあたしの方には、確かに何かが芽生えかけていたんだもの。

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