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番外 3.

 漆黒の衣服に白い髪を流したその人影はゴルベーザのものだと思っていたが、近付くにつれルビカンテの中に疑念がわく。遠くから眺めるよりもその人物は小さかった。
 立て掛けられた鏡に向かって何やらポーズをとっては溜息をつく姿は、どう考えてもゴルベーザではない。声の届く距離に到ってようやく、その見知った気配に気付く。
「……カイナッツォか? 何をしてるんだ」
「うぉっ」
 本来の彼よりも高い声。背後に近寄るルビカンテにも気付かないほど熱中していたらしい。本拠地とはいえ無防備に隙を曝すのは如何なものか。当人もそう思ったらしく、振り返ったカイナッツォがばつの悪そうな顔で目を逸らした。
「いやなに、人間ってのは不可解だなと思ってな……ちょっと研究を」
 呟いた声から哀愁が漂っている。人を見下し蔑むだけだったカイナッツォが、何をこんなにも思い悩んでいるのだろうか。見慣れぬ青年の姿で、人間について思い悩むカイナッツォ。
 一つの可能性がルビカンテの脳裏を掠めた。……恋をした? かの青年に恋い焦がれながら、立場上 手が出せずにいるのだろうか。意外にしおらしいところがあるものだと微笑ましく思う。黙り込むルビカンテを不審そうに見上げる視線。

「……何なんだよ」
「いや。しばらく見ない間に随分変わったな」
「ほっといてくれよ……」
 ひどく落ち込んだ様子に、褒めたつもりのルビカンテは首を傾げる。普段のカイナッツォに比べれば余程華奢で線の細い容貌が妙に保護欲をくすぐる。がっくりと落とされた肩を引き寄せると、鎧に慣れ剣を持って生きる体は、思った以上に重く筋肉質だった。
「おい、何を……」
 戸惑いの中にさほどの抵抗感はなかった。はだけさせた衣服の中に手を入れると、肌は滑らかで疵一つ見当たらない。服の下はカイナッツォの想像であるのかもしれない。
 素肌に触れたまま物思いに耽るルビカンテの足を、カイナッツォが蹴り飛ばした。無防備な箇所に喰らった一撃に思わずうずくまる。
「……加減ぐらいしてくれないか」
「うるせえ。どいつもこいつも……オレが何したってんだよ……」
 怒りもあらわに震えるカイナッツォを不思議に思いつつ、おそらく自分の預かり知らぬ事だと思考を放棄する。今必要なのは彼の解放であるはずだ。カイナッツォはゴルベーザと共にバロンに留まり、要の役割を担っている。些細な感情に煩わされていては困るのだ。
「お前は鏡の中でも見ていろ」
「はあっ?」

 後ろから羽交い締めにして向き直らせる。カイナッツォが鏡の中の青年と視線を合わせた。ルビカンテの姿を自分に置き換えればいい。カイナッツォの特技を用いれば、ルビカンテの視点をそのまま自分のものとすることさえ可能だ。自分で青年を抱いていると思えばいい。そうして早く立ち直ってくれれば。
「お前どういう勘違いして……待て、待てっつーのに!」
 制止する声を無視して再び肌を撫でる。左腕で抱きすくめ、空いた右手で胸元をまさぐり、小さく尖った突起を指先で弄ぶ。目の前に映し出された姿を見てカイナッツォの頬はうっすらと染まっていたが、人の形をとってなお水の魔力を孕んだ皮膚はどこも冷たく、ルビカンテの手は自然と熱を求めて青年の体を下って行った。
 下衣の中に手を差し入れ硬くなりつつあったものを握ると、肩がびくりと揺れる。労るだけのつもりがいつの間にか欲情しそうな気分になっている自分に目を見張る。
「……中身がお前だと分かってはいるんだが」
 改めて鏡を見遣れば、甘い顔立ちに僅かに憂いを浮かべ、今は快楽に耐えようと眉をしかめている。見慣れぬ姿がルビカンテの意識を困惑させた。乱れさせてみたいとさえ思っている。焦りのままに指の動きを速め、誰かも知らない青年を追い詰める。
 カイナッツォが両手を壁につき、隠れるように顔を覆った。肩越しに鏡が見える。目元は腕に遮られ、荒い息をつく口と、中に踊る赤い舌だけが。
 腹を抱き込み押さえ込んでいた左手をずらして、口を塞ぐように指を差し込む。下腹部で自身を煽る動きに合わせて、生暖かい舌がルビカンテの指に絡みついた。
「はっ、ぅ……ん、んく……っ!」
 手の中のものが脈打ち、精を放った瞬間だった。突如ガシャンと硬質な音が響き、見入っていた鏡が割れた。青年の拳を赤い血が伝い落ちる。
 血の匂いにぼやけた頭で、せめて下衣を脱がせておいてやるべきだったと濡れた衣服のことを考えていた。ますます戸惑いを深めながら、ルビカンテは支配していた体を解放した。

 身をよじり振り返ったカイナッツォはさぞや怒り狂うだろうと思ったが、しかし彼は平静だった。じっとルビカンテの体を眺めるとおもむろにマントの中に手を突っ込んだ。
「なっ、どこを触って……」
 言いかけて、いましがた自分が同じことをしていたと気付いて口ごもる。
「反応してねえか。それが普通だ。当たり前だよな。お前はぶっ飛んでるが、マトモだな……」
「あ、ああ……?」
 あと少しで危なかったなどと言えるわけもなく、曖昧に頷く。冷ややかな手の平の感触に焦りが募る。言ったそばから反応しそうで恐ろしい。
 先程よりはすっきりした表情でルビカンテを見据え、思い悩んだ末にカイナッツォが吐き出した言葉に、ようやく自分の行為が見当違いの気遣いだったと思い至った。
「いいか、人間を甘く見るんじゃねえぞ。奴らは……思いも寄らない方法で襲ってくる……からな……」
 言いながら落ち込んでいく彼をどう慰めたものか迷う。何しろルビカンテ自身が今、おそらくカイナッツォの悩みと同じ事を仕出かしたのだから。あまりに予想外な悩みに思い至りもしなかった。
 もしも相手が目の前の青年だったならば、先の行為も少しは救われるのだが。

「……とりあえず、離してくれないか」
「何を?」
 何をというか、ナニをだ。平然と見返してくるカイナッツォに冷や汗が流れた。例え体が反応していなくとも、ルビカンテが何をどう勘違いし、頭の中で青年の姿態に何を感じていたのか、彼はきっと分かっている。恥ずかしがるような殊勝な男であるはずもない。
 さぞや怒り狂うだろうと思っていたが、そうではなかった。カイナッツォは怒っていた。しかも、深く静かに、どこまでも冷たく。
「手前勝手に弄りまわしやがって……オレが慰めてくれてありがとうございますなんて言うとでも思ったのか」
「…………すまない」
「別に謝るこたねえよ。ああ気持ち良かったぜ。だから、そっくりそのまま返してやるよ」
 始めに不審を感じた時に、立ち去るべきだった。今ばかりは何事も正面から挑みたがる自分の性質が恨めしい。無駄と知りつつ、絡みついてくる体から意識を逸らした。
 これで怒りがおさまれば多少は気が晴れるだろうか。でなければ虚しすぎる。

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