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番外 2.

 近衛兵長を廃除してくれとカイナッツォは言う。主の顔を見るなり縋りつき吐き出したそれは懇願に近かった。新任の赤い翼隊長として城に入り、久方ぶりにカイナッツォを見たゴルベーザは大いに驚かされる。不安と不満と恐怖。まるで人間のごとき感情を顔に並べ、かりそめの殻を纏って立ち尽くす。一心に視線を向けてくるカイナッツォはゴルベーザに助けを求めているようだった。
「あれの働きに問題でもあるのか?」
 ここまで引き延ばせると思っていなかった。カイナッツォが己の素性を隠し通せたのは、誰よりも近衛兵長の功労が大きいように思えたが。
「働きにと言いますか……あいつそのものが問題と言うか」
 口ごもり眉をひそめる表情を思わずまじまじと見つめる。カイナッツォが居づらそうに身じろぎすると、ゴルベーザの困惑はますます深まった。
 人の姿を真似、人の中で過ごすだけでここまで変わるものだろうか。送り込んだ当初はいつまで持つかと不安なほどだったが、今の彼はまるで人間そのものだ。もしかしたらゴルベーザよりも余程、近い所にいるのかもしれない。

「殺せばまた対処が必要になる。今更ほかに使い道があるわけでもないしな」
「……ではせめて寝所に結界を張らせていただけませんか」
「……寝所に?」
「う」
 失言したとばかりにカイナッツォが言葉に詰まる。心なしか顔が赤いようだった。擬態とはいえ今は人間の男。その体の中を流れる血液を思い浮かべながら彼の意識を探り、読み取った記憶に飛び上がるほど驚いた。自身を量る視線を感じたカイナッツォが慌てるが、主の意向を妨げるわけにもいかず黙って耐える。
 知られたくはない、が、助けてほしい。誰かに助けを求めることさえ腹立たしいのに。あらゆる感情をゴルベーザはそのまま受け取った。カイナッツォの主観を通したベイガンは必要以上に醜悪に歪められているように思えたが、その歪みこそが目の前の男を人間たらしめているのだろう。
「まるで生娘のようだな」
「だっ……」
 するりと零された感想に、青くなり赤くなりを繰り返したカイナッツォが力無くうなだれる。ゴルベーザは彼が唯一助けを求められる存在であり、同時に最も真実を知られたくない存在でもあった。何か不憫に感じて悪意なく微笑みかけると、カイナッツォもまたぎこちなく慕う気持ちを返してくる。
 起きてしまったことは覆せない。今この部下に対して自分がしてやれることは何かと、ゴルベーザは考える。

「……おかげで擬態が上手くいったのだから構わんのではないか」
「もう、必要ありません」
 嫌悪感よりもむしろ屈辱故に許せないのだろう。自分より劣るものにいいように扱われたという事実が。してみればその気持ちはゴルベーザにもよく分かる。今一度考えるが、やはり起きてしまった事は変えられない。ならば取るべき手段は一つだろう。慣れればどうとも思わなくなる。
「私も相手をしてもらおうかな」
「……は?」
「どうせなら女に化けてくれれば抱きやすいのだが」
 真顔で告げれば意味を理解したカイナッツォの頬が引き攣った。つくづく、よくもここまで変わったものだと思う。ゴルベーザはいつしか我が子の成長を見守るような気分になっていた。
「……本っ当に、男と抱き合う趣味なんか無いんですよ、オレ……!」
「そうだろうな、私もそうだ。……だが私に抱かれる事にも屈辱を感じるのか?」
 目の前で蒼白になっていた男が息を飲む。意識を探るがそこに走ったのは動揺だけで、隈なく見渡しても嫌悪も屈辱もなかった。それは自分でも分かっていることだろう。彼らはゴルベーザを受け入れる。無条件に、その全てを。
「……おいで」
 魔物として、男としての性が素直に手を取る事を許さず、かといって相手がゴルベーザでは一喝して振り払う事もできない。情けなく眉を垂らして困窮する表情が奇妙に可愛らしかった。

 他者に屈してしまう自分の姿に耐え難い嫌悪を抱いている。それは意に染まぬ行為に快感を得てしまった証でもあった。思考の泥沼から抜け出せずに、カイナッツォは一人足掻き苦しんでいる。
「悔いる必要などない……何なら他人の目を借りるがいい」
 抱かれているのは自分ではない、あの憎い人間なのだと思い込め。錯覚だろうが言い訳だろうが、それが救いになるかもしれない。しかし彼はゴルベーザの言葉に従わなかった。
 カイナッツォの姿が苦悩の闇に歪み、バロン王であったものが違う男の姿に変わってゆく。その手が、再度伸ばされたゴルベーザの手を取った。掴むべき何かがある。それはなんと幸福なのだろうか。
「……流されるのも悪くないものだぞ。いっそのこと楽しんでしまえ」
 そうできるならば苦労はないと不機嫌な瞳が語る。どこまで思い遣る気があるのか、それに微笑みを返すとゴルベーザは身につけていた鎧を外した。やや小柄になったカイナッツォの体を抱き寄せて、ほんの一瞬だけ逡巡する。
 痛みを感じた方が気が紛れるかもしれない。しかし快楽に流される術を得た方が後々まで役に立つだろう。どうせこれで終わるわけではないのだから。迷った末にゴルベーザは間を取った。というよりも、両方を選んだのだろうか。

 腕の中に収まった体を床に叩き伏せると、下衣を剥ぎ取り躊躇なく自身を埋め込んだ。カイナッツォが痛みに呻いてアクトンの襟元を握りしめるが、それを気にもとめず萎えた性器に手を伸ばす。焦って遮ろうとする彼を黙って制して指を絡ませた。手の平で包み込んで、先端へ向かって引っ掛けるように動かしながら、時折親指を立てて裏筋を撫でる。空いた手を逃げ惑う腰にまわして固定し、痛みと快感、相反する刺激で追い立てた。
 自分に腹が立っている時には痛みも救いになるから。そう教えたのは誰だったか。それともゴルベーザ自身の体験だったのか。
「死ぬ事も許されず、抗い続けるのは苦しい……お前も知っているだろう、カイナッツォ」
 彼が追いかけなぞるべき男。それはゴルベーザが目的を遂げるまで続く。肉体と精神の侵略に、遂ぞ屈する事なく、高潔さを保ったまま死んだ人間。その苦痛を誰より間近で冷酷に見守ったのはカイナッツォなのだから。
「オレは……っ、ゴルベーザ、様……」
 泣きそうな声でしがみつく。悔やんで泣くよりも快楽に流されてしまえばいい。何よりそれを願うのはゴルベーザだった。自身にさえ分からぬ理由は、或いは仲間と呼べる存在が欲しいからなのか。
「認めてしまえ……」
 その方が楽になれるのは、誰だ。
「くっ……うぅ……」
 なおも絶頂を避けようと、カイナッツォの指に力が篭る。理性をなくしかけた強さで食い込み、ゴルベーザの肩から流れた血が衣服を濡らした。もとより闇色をしたアクトンはその姿を変えることもなく、ただ皮膚から伝わる不快感で二人を煽った。

 痛みも救いになるから。本当にそうだろうか。本当に、カイナッツォを救うための行為なのだろうか。自分の心を探っていた意識が何か見たくないものを掴みかけた。ゴルベーザは無意識にそれを手放し、更に深く繋がる事で気を逸らす。
「抗うな。今お前を抱いているのは、私なのだから……」
「ゴルベーザ様……あ、っ……!!」
 苦い屈辱感と共にカイナッツォは果てた。手に溢れた液体が熱いのは彼が人間に化けているせいなのか。それともゴルベーザの体が冷たくなっているせいか。流されてしまえばいい。私と同じ場所まで……。

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