ねっちゅうしょう


 先日訪れた町では奇妙な言葉遊びが流行っていた。暑さにやられ皆バカになっているとしか思えん。
「おいマコト」
「呼びかけるだけでなんでそんな偉そうなの、お前」
 億劫そうに振り返った奴の顔もまた、汗にまみれ疲弊していた。
 これまでこういった遊びに講じたことはなかった。相手もいなかった。だからだろうか。それとも、俺も夏の暑さにやられていたのか。
「熱中症と言ってみろ、ゆっくりな」

 あとから考えれば、俺と違ってやたらと外を歩き回り人との関わりも多いマコトのこと。
「ねっちゅーしょう? ああそれ知ってる」
 などと返される可能性は当然あったのだ。やはり呆けている。
「言うわけないじゃん。誰だと思ってんの」
 しくじったと内心で唇を噛む俺に気づいているのかいないのか、鼻で笑う奴に対して俺のこめかみの辺りがぴくりと動いた気がした。

 普段であればこんなことを仕掛けてくるのはあいつの方だ。気の迷いとはいえどうして戯れようなどと思いついてしまったのか。
「お前がそういう子供だまし仕掛けてくるのは意外だな」
 やたらニコニコとして機嫌が良さそうなのがなお腹立たしい。殴り飛ばしてやろうか。奴が女体でなければと思うが……いやそもそもは男なのだから遠慮は無用ではないか。
 そうだ。そもそも男なのだから。現在の外見に惑わされてはいけない――
 振りかざした拳はしかし動かなかった。

「……貴様、いい加減どちらかに決めたらどうだ」
 男なのか女なのか。そろそろ慣れてもいい頃だとも思うのだが、こいつとの付き合いもそれなりに長くなっているのだ。いきなり「今は女です」と言われてもすんなりとは納得できん。
 せめてずっと女なのだと決めてくれれば距離のとりようもあるだろうが、こいつはその性格さながらにあっちへフラフラこっちへフラフラ、男か女か統一する気配もない。
「ん〜、俺は求められたものになるだけよー」
 だからバルガスが言ってほしいのなら“言ってやるよ”とマコトは笑った。俺はこいつに、どちらでいてほしいのだろう。

 もう少し素直であれば気のおけない友人だと認めていたかもしれない。誰に打ち明けることもないだろうと思っていた弱味をこいつにはさらけ出せた。マコトが女になってしまえば、確実にこの関係が変わってしまう。気軽に殴りあうこともできない。
 では女になるのをやめてほしいのか、といえばそれもまた惜しい。そこが悩みの種なのだ。
「……暑くて苛々する」
「へえ、何だよ。ねっ、ちゅーしよー、か?」
「黙れバカ。今更そんな戯言など聞きたくないわ」
 からからと笑う奴の顔を見ていると、この葛藤さえマコトの掌中で転がされているようで、全く以て気に入らない。




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