世界ふしぎ発見


 私はマコトの体を借りており、その手足を自在に操るように彼女の脳を使って思考する。つまり彼女の知識を共有しているということだ。この世界の言語を話し、この世界の文字が読めるのもそのためだ。
 しかし心は同一ではない。彼女の感じるものを同じ感覚で受け取ることはできなかった。例えマコトの持つ記憶を参照してもそれを思考として組み立てるのは私自身なのだ。彼女の心はここにない。だから私は、“知っている言葉にどのような意図が込められているか理解できない”のだ。

 眼前の壁に書き付けられた文字を眺めて再び首を捻った。読めるが、意味は分からない。正確にはその意図を読み取ることができない。遥か古代の人間が遺したメッセージのようにさえ見えた。
 マコトならばこれを目にしてすぐにその重要性を感じることができるだろうし、でなければ注視する価値もなきものと即座に判断して目を向けることもないだろう。しかし私にはどちらか判別がつかなかった。だからじっと眺めている。
 仕方なく私は、隣でぼんやりと信号機の色が変わるのを待つ者に尋ねることにした。あまり教育熱心とは言えないが、この世界における私の理解者であり保護者であり指導者でもあるユカリならば、私の疑問に終止符を打ってくれるだろう。
 彼女の肩を叩いてこちらを向かせ、背後のブロック塀を指す。そこに赤く浮かび上がる不可思議な文字を。
「これは何だろう?」
「落書き」
 ああ、実に単純明快な答えだ。しかし私の求めていた言葉はそれではない。この殴り書いた文字が落書きであることは分かっている。それは知識だ。私が欲しいのは、その意味だ。

「俺参上。なぜこんなところに?」
 念のため辺りを見回したが、私とユカリしかいなかった。これを書いた者は何を伝えようとしていたのだろう。周囲に散らばる奇妙な記号はマコトの知識と照らし合わせても判読できなかったが、これは互いの意味を補っているのだろうか。こちらの世界にきて外を歩くようになってから時折こういう走り書きを見かけることがあるが、なんとも不可解だ。
 なおも悩む私の腕を、ユカリが掴んで引き寄せた。信号機の色が青に変わっていた。未練がましく振り返る私をぐいぐいと引っ張りながら、呆れた声音でユカリが言う。
「……あのさー、真面目に考えるだけ無駄だって。ただの自己主張なんだから」
「自己主張?」
 それは例えば、攻略した地に旗をたてるようなものだろうか。あるいは侵略して掠め取った国の民に己と同じ服を着せるような。ここは我が物であるという主張か。
「なるほど、征服の証というわけか」

 世界が変わっても人間という存在そのものには大した違いはないらしい。だからこそふとした疑問が面白い。
 ようやく納得して何気なく見上げたところに、点滅する青い色があった。
「……なぜ信号機が赤色になると止まるんだろう」
「はあ? 車が来るからに決まってんじゃん」
「それは分かる。なぜそれを赤で示すのか」
「えー、だから……イメージだよ。青は良さそうで、赤は悪そうな感じがするの」
 ……ルビカンテとカイナッツォが聞いたらどんな顔をするだろう。何もかもが新しい感覚で、やはり面白い世界だ。




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