それほど甘くない


「ねえ、コレットはカフェオレにいくつあげるの?」
 ぴしっとヒビが入ったわたしを見て、キャンディはちょっと怯んだみたいだった。なんでもないの気にしないで……なんて笑顔を返す余裕、今のわたしにはないんだ、ごめんなさい。
 キャンディは山のようにチョコレートを抱えてた。もちろんぜんぶ手作りだ。失敗したってものをわけてもらったけどすごくすごく美味しかった。あれのどこが失敗なのかわたしには分からなかった。

 いつもは埋もれるほどの義理チョコを配るのが定例だけど、今年は本当に大好きなひとにだけたくさんのチョコをプレゼントするのが流行ってる。それはいいことだと思う。だったら渡さなくていいやって言うレモンみたいな女の子も多いから、カシスとかはしょげてるけど。
 正直なところ友情であげるチョコなんて、バレンタインじゃなくてもいいし、どうでもいいんだ。
 たった一人好きな相手に、わたしの気持ちを受け取ってもらえたら。どんなにたくさんのチョコでもあらわしきれない「好き」をほんのちょっと味わってもらえたらそれでいい。
 でもどうせ、流行りでなくてもそうしようと思わなくてもたくさんチョコを作るはめになるだろうわたしには、いまいち嬉しくない流行なのも確かだけどね。

「……って、コレット、チョコはどうしたの?」
 手ぶらのわたしを不思議そうに見つめて、キャンディはハッと目を見開いた。手を口にあてて少しのけぞったあと、慌てて気遣わしげな顔になる。
「もしかして、もう玉砕……」
「しっ、してないよ!!」
 まだね。うん。もうすぐ、そうなるかもしれないけど。
 キャンディに聞いてほしい気持ちと、ほっといてほしい気持ちがせめぎあう。今日はバレンタインデーだけどわたしのチョコレートはまだ無い、その理由。
「玉砕はしてないよ。まだ、いってない」
「そっか、よかった。カフェオレってこういうの興味なさそうだから心配だったの」
 わたしもずっと同じことを思ってたからその言葉はキャンディが思う以上にぐっさりきた。玉砕かぁ。受け取ってはもらえるんだけどね。それはもう決定済みなんだよ。でもね。
「まだ、作ってないんだ、チョコ……」
「そうなの? だったら急がなきゃ」
「ううん。カフェオレと一緒に作るから」
「そ……えっ。どういう状況!?」
「フフフ……」
 恋人と並んでバレンタインのチョコ作り。だったら自慢できたのにね。不審そうなキャンディに説明する気力もなくて、わたしはカバンを肩に引っ掛けて立ち上がった。キャンディも何か察したのか黙っててくれた。
 今日のチョコはきっと苦い。

「温度ガ高スギ」
「冷蔵庫ニ入レタママ放置シタダロ」
「混ゼ方ガナットラン! モット力強ク!」
「チョコガ分離シテル」
「ヘタクソナンダカラ、生チョコナンカ挑戦スルナ」
「マズイ」
「人間ノ食ベルモノジャナイ」
「チャント水気ヲ取レ」
「ドンドン悪クナッテル」
「ヤル気アンノカ、コレット?」

 テンパリングに失敗したチョコはケーキに混ぜて焼いてくれた。おいしかった。湯煎のお湯をこぼしたチョコはホットココアにしてくれた。あったまった。ボソボソになった、固まらなかった、白くなった、空気が入っちゃった、諸々の失敗作はすべて一緒に食べてくれた。
 なぜか料理に関しては究極的に物覚えの悪いわたしを、カフェオレはとても辛抱強く導いてくれた。成果が出てるとは言いがたいけど今年も去年もその前も、ずうっと根気よく、厳しく、ときに厳しく、決して甘やかすことなく付き合ってくれてる。
 そのスパルタっぷりには辟易だけど正直わたしはこれでも嬉しかったよ。今日この日は夜まで一緒にいられるし、そもそも渡すかどうかで悩んでた頃に比べれば形はどうあれ二人並んで作ったチョコを食べられる今のほうが。……今のほうが……きっと少しは進展してるんだ!
 例え二人の間に甘い空気が一切なくても! カフェオレがわたしのことを完全に出来の悪い生徒としてしか見てなくても! 自分では普通よりちょっとだけ下かな〜って思ってた料理の腕が実は壊滅的だと知らされても!!
「いいもん。べつにね。わたしなんて。ウウッ」
 部屋の隅に逃げて三角座りの体勢に入ったわたしに呆れ果てつつ、カフェオレは熱いコーヒーを淹れてくれた。ブラックだ。甘いものにうんざりしかけてたから嬉しい。

「わたしなんでこんなにヘタクソなのかな……」
 隣に腰をおろしたカフェオレが首を傾げつつ「ベツニ下手ッテホドジャナイ」なんて言うから、ついジト目で睨んでしまった。へたじゃないならどうしていつまでもオイシイって言ってもらえないのかな〜?
「コレットハ、集中力ガナサスギ」
「うっ……」
 それはだって、あげたい本人が隣にいるんだから仕方ないよ。どうしたって今度こそ、おいしいよコレット、ありがとう、って言ってもらえないか期待しちゃう。その夢想に気が散って目の前の現実が見えなくなるんだ。
「コンナンジャ、オレ以外ダレモ食ワナイゼ」
 最初っからカフェオレ以外に食べてもらう気はないんだけどなぁ。
 いつかオイシイって言わせられるのか、不安になってくる。大体もし“おいしいチョコレート”という課題をクリアしても、これだけ醜態さらしたあとに好きですって気持ちをこめて渡せるのかな。まずいと分かってるものを押しつけられたと思われるんじゃないか、今よりもっと呆れさせるだけじゃないか。
 こんなにたくさん迷惑かけてるのに。
「む〜……いっそペシュを実験台にしようかなぁ」
 そこでおいしいって言われてから満を持してカフェオレに渡せば、これ以上まずいもの食べさせなくて済むし、カッコ悪いとこも見られなくて済むし。なんて身勝手なこと考えてたらカフェオレは慰めるようにわたしの肩をぽんと叩いた。
 その感触が、補修を言い渡すときのマドレーヌ先生の手にそっくり。
「殺人犯ニナリタクナイナラ、ヤメトクンダナ」
「そこまでやばいの!?」
 じゃあそれを好きなひとに食べさせてるわたしってなんなの!!
「オレガ大丈夫ッテ言ウマデ、他ノヤツニ食ワセナイホウガイイト思ウゼ〜?」
「うううぅ」
 いつか、いつか本当に、大丈夫なものあげられるのかな。好きですって気持ちを空回りさせずにまるごとたっぷり詰め込んで、きれいな、おいしいチョコレートを。味覚なんて存在しないカフェオレにだっておいしく感じちゃうようなものを、贈れるのかな。
「サ、休憩オワリダナ」
「……絶望的ぃ」




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