近すぎる


 何気なく歩いているうち迷いこんでしまったド派手な城で、トラップを避けながら気儘に探索していた。皇帝を自称するあの女擬きの領域だと思う。ちゃんと自分の位置を把握して歩かなきゃ、思いもしないところでイミテーションに会ったらどうするの? なんてオニオンの声が聞こえてきそうだ。まあ、その時はその時だよな。
 想像の中でガミガミ説教たれる姿がかわいらしく、ついついにやけてしまう。他人から見れば相当気持ち悪いだろうが、幸い誰にも出くわさなかった。
 脱出を考えるのは探索が終わってからでもいい。生活用と思われるこんな奥まで入ったのは初めてなんだ。他国の城なんて見ることないだろうし、随分シュミが悪いのを差っ引いても面白い。
 いや、面白かった。それを見つけるまでは。

 兵士の食堂と思われる広間から回り込んだところ、調理場の奥に大きなかまどがあった。立派なものだ。正直なところ、目にした瞬間ここで作りたい品が数多浮かんで心惹かれたが、今はそれよりも気になるものがあった。
 かまどの前に座り込んだでっかい男。白銀の鎧が煤まみれでテーブルの横に置かれ、同じく汚れてしまったビロードのマントがそれに被せられている。
 筋骨隆々のオッサンがかまどを覗き込んでいた。
「……何をなさってるんですか、ガーランド様」
 ビクッと肩を震わせて恐る恐る振り返り、目が合って気まずさに襲われた。うっかり敬語を使ってしまった。
「お前こそ何をしている、マコト」
 兜越しじゃない声を聞くのは久しぶりだ。というより、この人の素顔を見るのはこの世界に来てから初めてだった。懐かしさに囚われそうで、振り払うように頭を振った。一度、呼吸を置かないと。

「俺はただの散歩だ。あんたはついに召使いにまで身を落としたのか」
 彼は否定しなかった。ただ不快げに首を振り、かまどを指し示す。
「火がつかず、煙が出ないらしい。つまっているようなのだが、儂にはどうすればいいか分からぬ」
「…………」
 なんか、腹が立ってきた。ガーランドはカオス陣営の代表格ではないのか。なぜ彼に雑用なんかさせているんだ。かまどに火がつかないだって? そんなくだらないことをこの方に。……国一番の騎士であるガーランド様に、させるなど!
 再び昔の気持ちを取り戻してしまって不愉快だった。鎧を脱いでるのが悪い。調理場にいるのも悪い。つまりこの人がなにもかも悪い。
「ボムを」
「何?」
「ボムの灰を撒いておくといいんですよ」
 俺がそう言うとガーランドはしばらくかまどを見つめて黙りこみ、やがて立ち上がって甲冑を身につけ始めた。ボムの召喚石を取りに行くんだろうか。

 なにやってんだ、と己の内から声がする。もっと言うことがあるだろう。もっと他に、やるべきことが。
「すまんな。助かったぞ、マコト」
「……べつにあなたのためじゃない」
 元宿屋の主として、食事にありつけない者の存在が許せないだけだ。ああ、さっさと帰ろう。あいつらが腹を空かしているだろうから。
 今ならカオスの駒を一人殺せる? 馬鹿な。彼は警戒を解いていない。単身でかかればすぐに返り討ちだ。今はその時じゃない。“仲間”のもとに帰らなければ。
 素早く踵を返したものの、なぜか足が縫い止められた。立ち去り難い気持ちなんてあってはならないのに。
――彼は警戒を解いていない。俺が敵だからだ。

「またお前の飯を食いたいものだな」
「俺は二度と御免ですよ」
 心にもないことを言い合って、顔を見ないまま別れた。お互い剣を手にして対峙すればもう少しうまくやれるだろう。こんな距離感のほうが間違っているんだ。




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