二者択一


 ロックは今、重大な決断を迫られていた。彼の手には天秤がある。乗せられた二つの命のうちどちらか一つしか救えない。
 俺はどっちを選んだのだったかと思いを馳せたが、残念ながらあっちの世界の些末な記憶なんてなくしてしまっていた。まあ、何度もやり直したんだ。おそらくはどちらも選んだことがあるだろう。
 だがこの場においてリセットはきかない。仲間の命と絆を選ぶか、貴重な宝物とトレジャーハンターとしてのプライドをとるか、もう片方は失われ壊れてしまうのだ。
 彼は迷わなかった。懇願する声を無視してモーグリのもとに駆け寄り、その小さな手を掴んで引き上げた。モグは怪我をしているようだ。はやく戻って治療しなければ。ここで泥棒ごときを助けて時間を食ってる暇はない。
 その手の宝物か泥棒の命か、どちらに対してか未練げな視線を送りつつも、ロックはモグを抱えて町へと走っていった。

 吹きすさぶ雪の中、取り残された狼が途方に暮れていた。見捨てられたんだ。モグを助けるために、彼は見殺し。
 いや、そうとも言えないだろう。小動物じみたところのあるモーグリと違ってあいつはムキムキの狼男だし、ちんけな小悪党ではあるが一人で世界中を旅して回る冒険者。ロックは奴が自力で乗り越えられるほうに賭けたのだろう。だがその賭けに負けたのだ。
 死んでも離すまいと髪飾りを握りしめて、崖にぶら下がる片腕が震え始める。寒さと疲労で限界は目の前だった。恐怖に彩られた目が足下に向けられる。
 闇が広がっていた。ここから落ちれば死は免れない。もしかしたら意外と近い雪の上に落下するかもしれない。もしかしたら何かに引っかかって助かるかもしれない。だけどもしかしたら、岩肌に叩きつけられ臓物を撒き散らして死ぬかもしれない。
 ごくりと奴の喉が動くと同時、力尽きた指が崖っぷちから離れて空を掻いた。

 夜の闇へと消えてゆく体を睨みつけて慎重に狙いを定める。そして唱えた。
「グラビデ」
 奴のやや上空に発生した重力魔法が落下を食い止めて、唖然とする狼を少しずつ崖の上へと引っ張り上げていく。俺も隠れていた物陰から這い出してそちらへ向かい、暗黒から姿をあらわした奴の腕をとらえて、地面の上に導いた。
 俺は命の恩人だよな。にもかかわらずこの自称一匹狼は、うげっと後退りして無礼な態度。もう一度突き落としてやろうかと思った。
「礼は?」
「なんでテメェがここにいるんだ!」
「礼は?」
「つーか見てたんならもっと早く助けろよ!」
「礼は?」
「…………ああ、どうも」
 やれやれ躾のなってない駄犬だなと見下し気分を隠しもせずにため息をついた。にっこり笑って剣に手をかける。
「あー、ありがとうございますマコト様! おかげで助かりました!!」
「よろしい」
 まだ不満げな奴はさらに文句を言い募ろうと俺を睨み、急に真顔になって両手を後ろに組んだ。

 俺がここにいたのを知っていて、なおかつ確実にこいつを助けられると分かっていたなら、ロックは正しい決断をした。だって彼らは後々もっといいものを手に入れられるのだし、魔法に恃むほかない俺が持っていた方がより役立つじゃないか。
 この美しい宝物は。
「お前の後ろの崖はどれほど深いんだろうなあ」
「ぐっ……」
「地面に叩きつけられてたら骨まで粉々だったろうな」
「……」
「そうでなけりゃ、岩で肌を削って血塗れになりながら転がり落ちていったか。皮がずるずる剥けて肉をなすりつけながら」
「ああああああ分かったもういい! 感謝してるよ!! ほら、これをやりゃいいんだろ!!」
 長い鼻のど真ん中に深くシワを寄せて、狼が後ろ手に隠したものを差し出した。雪の中でもまばゆく光る、金の髪飾り。
「よしよし。ありがたく使わせてもらうよ」
 お前の兄貴分にもよろしくなと頭を撫でると奴は犬さながらにぐるぐると唸り声をあげた。
 知人にこそ泥がいるとおこぼれで生活が潤うな。




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