抱きしめたいなら


 年中腹出しのローレルが寒い寒いと嘆いていたから今日は本当に寒いのだろう。珍しくも顔面以外に露出している箇所はなく着膨れて、その中にはモカにもらった腹巻きも装着しているらしい。
 コートにマフラーでぐるぐる巻きになった彼はそれでも物足りず、音もなくジャスミンに忍び寄って抱きついた。突如謎の物体に抱きすくめられ、もこもこウサギは悲鳴をあげる。
「ギャアアアアアア!」
「あったけー」
「な、な、な、なにすんのよう!?」
 短い手足をじたばたさせても圧倒的な体格差のまえになすすべもないジャスミン。哀れいたいけな少女はこのままローレルの暖房器具にされてしまうのか。
 否、正義は弱者を見捨てはしなかった。

 こちらも物音ひとつ立てずに忍び寄ってきたモカは、全く気づいていないローレルの背後でふわりと飛び上がり、後頭部に強烈な蹴りをぶちかました。この寒さのせいで残念ながら彼女も生足ではなく見るべきものは見えなかったが。
 超金属カルイカネをも易々とへこませるモカの蹴りをまともにくらって、ローレルはジャスミンを手放した。それでも気絶しないところがこの男のバケモノと呼ばれる所以である。
「ちょっと痛かったよ、モカ」
 普通はちょっとで済まない。変形した後頭部を見てジャスミンも青褪めていた。古代機械もびっくりの常軌を逸した頑丈さにドン引きだ。
「いきなり抱きつくなんてレディに対する態度じゃないよ、ローレル」
「今のお前もレディとは言えないけどな」
「ジャスミンはあなたを暖めるためにもふもふしてるわけじゃない。抱っこしたいなら、きちんと頼んで、許可をもらってからにして」
 かばっているかと思いきや自分が一番粗雑な扱いをしていることに気づかずモカはジャスミンに微笑んだ。その笑顔だけ見れば姫を助けにきた高潔なる騎士のようで。ぱくぱくとなにか言いたげにしていたジャスミンもぬるい笑みを浮かべて黙りこむ。
 許可をもらうのもらわないのじゃなくてわたしで暖をとろうとしないで。おそらく、言いたかったのはそんなところだろう。

 モカの言葉に一応は反省したのか、真顔のローレルは腕を組んで深く考え込んだ。やがてジャスミンに向き直り、真摯な眼差しを注ぐ。
「……ジャスミン、君の体温をわけてくれないか」
 ぷしゅう。なにやら間抜けな音を発してジャスミンは茹で上がった。はたから聞いても際どい台詞だが、ローレルに惚れている女の子が耳にしては耐え難いだろう。
 正常に作動できなくなった彼女の思考は一時停止し、支えを失った頭がこくんと頷く。満足そうなローレルが再びジャスミンを抱き上げて、ふかふかの毛並みに顔を埋めた。それを眺めるモカも充足感に溢れていた。
 その肩をちょいちょいとつつく。
「モカサン、寒イノデ、抱キ締メテイイデスカ?」
「やだ」
 世の中は全く理不尽にできている。




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