バレンタインデー


 今日は嬉し恐ろしのバレンタインデーってことで、学校の中も外もみんなで殺気立って……いや浮き足立っているらしい。常日頃から狙われがちなガナッシュやカシスはもとより、この日ばかりはオレも女子生徒たちの標的だった。
 モテすぎて困るぜ! なんて話ならまだいいけれども実際はもっと虚しい。バレンタインデーのチョコレート、やれ義理だの本命だのと気持ちの使い分けに長けた女性たちは皆、クラス中、いや学校中の男子に誰彼構わず配りまくって法外なお返しを約束させているのだ。もちろんそこに愛はない。
 なんて血も涙もない! それでも人間なのか! 血も涙もない人間でもないオレはとりあえず、そんな彼女らに見つからないようこっそり寮に帰る……ふりをして町へ出てきた。下手に部屋に引きこもってたんじゃあ、レモンが壁を壊して入ってきそうだからな。あいつに捕まったらホワイトデーに干からびるほどのお返しを要求されてしまう。おそろしい。

 町もピンク色。道行く二人組はどいつもこいつもバカップルに見えてきた。べつに幸せそうな顔に腹を立てたりはしないが、羨ましかった。オレだって本命チョコなら少しは欲しい。お返し目当ての義理以下チョコは御免だけど、「好きですお付き合いしてください」「えっ僕にですかうわーありがとうございます」なんてやりとり眺めてたらなんか。
 負けた気がする――!
 ある意味で目立つオレの容姿だが、頭部に組み込まれたレーダーを駆使すれば人目を避けて一日やり過ごすくらいどうってことない。自尊心を傷つけられそうな風景には背を向けて、一人でじっくり思索に耽ろうと路地裏へ足を進めた。
 いくら数十倍返しのためとはいえ、さすがに真夜中になって異性の部屋に入ってきてチョコレート渡すほどのバカはいないだろうから、部屋へは夜になったら帰ろう。それまでこの甘ったるい空気に呑まれないようせいぜい孤独に身を浸しておいて。
 なんだかとても虚しいように思うんだけれども、そこは考えないようにしてうら寂しい町の隅を一人で歩いた。

 ……さて。そろそろ自分にごまかしがきかなくなってきた頃合い、さすがのバカをもしかしたらやらかすかもしれないヤツが一人だけいた。
「……バレテナイトデモ思ッテンノカネ〜」
 とうの本人に聞こえないようそっと溜め息をついた。
 人気がなくなり静かになると、背後に分かりやすく足音が聞こえてくる。それは時に辺りを警戒して歩調を乱しつつ、立ち止まることなくどこまでもてふてふとついてきた。
 コレット。彼女ならほっとくと勝手に妙な決意を固めて、真夜中にも部屋に忍び込んでくるかもしれない。なんせそっち方面の危機意識の薄いずれた子だから。
 まあ他のやつらと違って「ホワイトデーは3倍返し!」なんてどぎつい要求を出してせっつかれることもないだろうし、くれると言うなら受け取るに吝かでない。ただ、オレから声をかけはすまいと思った。
「…………」
 去年は何もなかった。その前も。今年はついに勇気を振り絞ったんだろうか、いやまだ分からない。だって彼女は、ただついてくるだけだから。なにやら妙に緊張してきたとき、足音がぴたりと止んだ。

 小さな声が聞こえた気がする。どうかしたんだろうか、気にはなるけどともかく知らないふりをして歩き続けた。ぱたぱたと服を叩くような軽い音がして、そして。
 慌ただしく遠ざかっていく足音に思わず振り返った。ひらりと曲がり角に消えるマフラーしか見留められなかった。
「オイ……」
 やっぱりやめる、のか? ついさっきまでコレットの気配があった場所に、今は影も形もない。
「……コレット……ノ、アホ!」
 バカ、へたれ、意気地無し。いい加減に一言くらい口に出してみろよ。それか他の女の図々しさの十分の一でもいいから……!! そこまで思い浮かべて我に返った。
「………………寮ニ、帰ルカ」
 今戻るとまだ敵に遭遇する危険があるけど、なんかどうでもよくなってしまった。お返しのことなら、二月の間は浮かれきってるであろうキルシュたちと合同で何か考えればいい。どうせお遊びなんだから。
――お遊びなんだから。適当に済ませればいいのに。コレットの馬鹿。

 行きとは違う意味で足の重たい帰り道、すれ違うクラスメイトの様子も目に入らずに寮に駆け込んで、部屋の扉を開ける瞬間だった。息せききったコレットが激突してきた。この衝撃だと向こうは相当痛かったんじゃないか。見ればひっくり返った彼女は鼻を押さえて泣いている。
「アアモウ、ナニヤッテンダカ」
 前見て歩けよと諭しながら手を出すも、コレットはそれを握らなかった。そしてあたふたと周りを見渡し、廊下の隅に転がされてた包みを引ったくって顔を真っ赤にした。あれっ、とひっかかるものがあった。
 この空気中に漂う成分。これはまさに。
「ナンダ……、結局、渡シニキタノカ」
 オレがもし人間だったらにやついてたかもしれない。機械でよかった。

「うん……えっ、結局って」
 あ、しまった。コレットのびっくりする顔で口に出してしまったことにようやく気づいた。尾行がバレバレだったことを知って彼女は頭を抱える。
「み、見てたの? チョコ忘れて取りに帰ったとこ!」
「ウン……」
 って、忘れたんかい!! そうか。だから途中でどこぞに消えたんだな。渡すのをやめたわけじゃなかったのか。そうか。べつにホッとひと安心なんてしてないけどな。
「ううぅ、もっとちゃんといい感じで渡そうと思ったのに」
「ソリャア無理ッテモンダ、コレットダカラナ」
「どういう意味!?」
 あんまり雰囲気出されてもオレのほうが困っただろう。真剣に答えるには、是も否もまだ曖昧すぎる。
 もじもじしながらも袋を差し出して、コレットがはにかんだ。その手が少しだけ震えていた。
「……カフェオレ、いつもありがとう」
「ドウイタシマシテ」
 あくまでも友情の範疇だから。そんな言い訳が自分に向けられたものか彼女に向けられたものかよく分からなかったけど、受け取った瞬間は確かに嬉しかった。

 ちなみにチョコレートは表面がぽつぽつ白くて口に放り込むと全体的にもっさりしていた。でも一番うまくいったやつを持ってきたらしい。失敗作は彼女の胃袋に破棄された。
 オレは消化機能こそあるが人間並みの味覚なんてものは持ってないし、文字通りに気持ちが嬉しいと、そう思えるけど。でもとりあえず、近々コレットに料理の手解きをすることになった。まあそういうレベルのできばえだった。




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