幻の足跡


 あんまり気にしなくていい。死者の声に引きずられると生きてることさえつらくなるから。……そんな風に言えた義理じゃないな。俺自身がまだ切り替えできずにいるのに。
 ワッカやルールーには見つかりたくなかったから、旅支度を終えて早々に、そしてひっそりと港へ向かった。船が来たら誰にも見つからないうちに乗り込む予定だった。けど、桟橋には半ば予想通りの小さな人影がひとつ、あった。
「ユウナちゃん……」
 振り返って唇を噛んだ彼女に、どうしたものかと溜め息をつきそうになったが、抑えた。いろいろと真面目すぎる。きっとブラスカ様の血なんだろうな。いや、ルールーに似たのかもしれないが。

 大体のことは長い旅から帰った彼女に聞いた。誰しもが待ち望んだ永遠のナギ節を連れて戻った、生きながらに伝説となった大召喚士の一行に、足りない顔がふたつ、みっつ。
 ……予想はついてたさ。ただ悲しくなっただけだ。やっぱりあいつは、俺に打ち明けてはくれなかったんだな、と。
 死を覚悟するより先に話してくれたらと思い、どうせ何もできなかったじゃないかと諭して、スピラで生きることを選んでくれていればと悔やみ、そして……どちらにせよユカリは消える定めだったのだと、聞かされた。
 ザナルカンドは幻じゃなかった。少なくともあいつらにとっては現実に存在する故郷だったんだ。無造作に夢を作り出して希望や安らぎを押しつけ、唐突に奪ったのは俺達だ。何世代もかけて信じてきたものは一瞬で崩れ去り、平和と引き換えの代償があいつだった。
 俺が召喚士なら、俺がガードなら、他の道を選べただろうか。そんな考えは無意味だった。スピラに生きるものなら誰だって、あいつらを見捨てるしかなかったのだから。

「ルッツさん、旅に出るんですね」
 ユウナちゃんは俯いたまま、ビサイドの砂浜を睨みつけていた。寺院に忍び込んで戻った日のあいつの影が重なる。まだこんなにも鮮明だ。
 見納めにならなければいいな。俺はここが好きだ。生まれ育った景色だしそれに、まだ忘れたくない思い出がそこかしこにある。だが今は……。
「討伐隊も、もう必要ないしなあ」
 決心したように俯いた顔を上げて、二つの世界を跨ぐ瞳が真っ直ぐに俺を見た。
「わたし、ユカリさんに応えてあげられませんでした」
「最初から選択肢のないものを選べなかったと後悔しても仕方ない」
「でも……」
「皆の顔を見ただろう? もうシンに怯えなくていい。あの笑顔は君があげたものだ。だからあいつのことはもう、気にするな」
 最後に交わした会話をすべて聞いたわけじゃないが、ユカリはきっと彼女に恨み言をぶつけただろう。言っても意味がない、無駄に苦しめるだけだと知りながら言わずにいられなかっただろう。あいつも弱いやつだから。
 だからせめて、支えきれなくても、俺を頼ってほしかったんだ。なぜ戻ってきてくれなかったんだ? なぜ一人で終わらせてしまった? 何よりも、どうして――あいつを追わなかったんだろう。
「あいつの残した言葉にユウナちゃんが悩んだら、あいつも苦しむよ。だから、勝手で申し訳ないが、これでよかったんだと思ってくれないか」

 水平線に船が見えた。もう航海のたびに命を懸けることもない。平和を謳歌しなきゃいけないよな。かつてはこの海の先にあった世界の住人たちのためにも。……夢に祈りを捧げる者がいないことを……喜ばなければ。
「一つ、召喚士様にお聞きしたいことがあるのですが?」
 おどけて言うと、微かにだが笑ってくれた。失ったものは多くとも伝説のガード達がこの笑顔を守ってくれるだろう。そして俺は、迷って、何度か取り止めようとして、結局ぽろりと溢してしまった。
「召喚ってどうやるんだ」
「えっ……?」
 遠い昔に祈り子と化した者がいて、それを媒介に幻光虫を肉体として具現化させる。もしも異界から魂を呼び戻せるなら。
「いや、何でもないんだ」
 もしも呼び戻せるなら。だめだ。そんなことできない。できてはならない。
 馬鹿げた妄想を察して、聡い召喚士は心配そうに見つめてきた。参った。俺も自分がここまで馬鹿だとは思わなかった。愚か者に召喚なんてできるわけがない。だから忘れろ、忘れてくれ。
「ルッツさん、どこへ行くつもりなんですか?」
「……そうだな。俺もザナルカンドまで旅してみるか」
「無茶なこと、しないでね。……お願いです」
「ああ。ユウナちゃんのお願いを断ると怖いのがいるからな」
 微笑む彼女の背後には、俺が乗るべき船が迫っていた。

 笑い合うのがこんなに辛かっただろうか。ようやく得た平和がこう苦しくていいのだろうか。俺も彼女も、思ってもみなかったものを失った。自分が犠牲になっても構わないと思っていた。世界を救うためだから。世界を救うためなら、何が犠牲になってもいいのだと。
 俺が犠牲になっても苦しむのは俺じゃないのにな。置いてきぼりにされて初めてその身勝手さを思い知る。だからこれは、俺達への罰なんだろう。
「行ってくるよ」
「……行ってらっしゃい、ルッツさん」
 今さら遅いと怒ってくれないだろうか。そんな馬鹿な期待を抱いて最果ての地へ行こう。あいつの足跡を辿って、そしてもしも幻に巡り会えたら。
「いつかそのうち俺も行くから、待ってろって言ってくるよ」
 今度は残って手を振る彼女に、以前と違う世界を感じた。ザナルカンドへ。ユカリの見た世界を俺も眺めに。過去を縛りつけるのではなく、過去を癒してやりに。どうか待っていてくれ。必ず、迎えに行くから――。




[] | []

back menu


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -