どうして?


 言っても仕方のないことだと分かっていても言いたくなることがある。これは愚痴だ。誰にも零せない、単純にしてつまらない疑問だ。
「兄さんはどうしてカオスの戦士なんだろう」
 僕よりも、もしかしたら兄さん自身よりも“ゴルベーザ”のことを知っているかもしれないユカリなら、尽きることない疑問に答えてくれないだろうかと考えたんだけど。
「あなたはなぜロミオなのみたいな」
「え?」
「何でもない」
 ……真面目な顔でよく分からないことを言う彼女を見ると、僕が間違っていたような気にもなる。
「兄さんに混沌なんて似合わない。……こちらに来てくれればいいのに。ユカリもそう思わないか?」
「いやー、べつに」
「そ、そんなにあっさり」
 接していれば分かるだろう。彼はいつも、僕のことを気遣ってくれていた。自分のことなんか二の次で、自身すら覚えていない罪を贖うために他人のことばかり考えて。どうしたって不釣り合いだ。兄さんはカオスのもとにいるべき人じゃない。
「きっと、向こうでも苦労してるんじゃないかな」
「んー……」
 あの個性的な面々を思い浮かべるほどに苦しくなった。せめてユカリが兄さんのそばについててくれないだろうかと期待したくなる。けれど彼女はあくまでマイペースに、やる気のなさそうな態度で宙を見ると。
「博士がコスモスだってのにゴルベーザはカオス。やっぱ、見た目じゃない?」
「見た目……って、」
「あの真っ黒い鎧がティナとかオニオンナイトとかと並んでたら『やばい!』って思うでしょ」
「う……」
 確かに、外見だけで判断するならオニオンナイト達を助けに入らなきゃいけない光景に思えるけど、僕がここで頷いてはいけない気がするんだ。弟として、守ってもらっている者として。
「鎧だし黒いしツノ生えてるけど、ゴルベーザはけっこう普通の人だもんね。なのにカオスの戦士で、セシルはそこが気に入らないんだ」
「気に入らないというか」
 心苦しい、だけなんだ。僕ばかりが守ってもらうのは騎士としてどうかと思うし。僕のために綱渡りのようなことをして、あちらでの兄さんの立場が心配でもあるし。
 いっそ味方に引き込みたいという気持ちもある。だけどやっぱり第一には、カオスの陣営にあって彼が一人きりなのが嫌なんだ。
「わからなくはないけど仕方ないよ。見た目がもろに悪役だもん」
「……本当に外見で決めてるんだろうか」
「絶対そうだって! 博士が調和の戦士なんだよ? 外見以外に決め手なんかないよ! 破壊と理不尽と横暴と無茶振りの化身なのにタルタルって種族の見た目の愛くるしさに惑わされちゃったんだよ! 体育座りして頭フラフラさせてれば中身がどんなに毒々しくても関係ないの。ゴルベーザも可愛ければよかったのにね。博士なんてホントはあのカオス本人よりカオスな恐ろしい人なのに、あっけどもしかしたら年齢も関係あるのかな博士はどっちかって言えば暗闇の雲とかと近いと思うしごめんセシルわたしまた余計なことを言いました」
 怒涛のように零しながらユカリは勢いよく遠ざかっていく。おそらく僕を思いやって離れているのだろうから、追わずにおこう。
 シャントット博士は、強力な魔法使いだ。確かに内面には問題があるかもしれないけど、そんなことを帳消しにできるほど強い。力と、人格と……やっぱり外見も関係あるのかな。じゃあ兄さんも、鎧なんて捨ててしまえばこちらに来られるんだろうか。
 空の彼方に光が見えた。それはすごい勢いでこちらへ降りて来て、真っすぐにユカリの頭上に注がれ、
「セシルッ、心配ならいつでも会いに行けばいいんだよ! じゃあまた、ねゥごふっ」
 叫び声と共に閃光が瞬いて、今まで彼女が立っていた場所には焦げた地面が広がり、人影はどこにも見当たらない。そっと近寄ってみると落雷の跡に煙をあげる召喚石が落ちていた。なんだか、随分ボロボロになってきたな。
「……お大事に」
 ああ、兄さんはどうしてカオスの戦士なんだろう。もっと相応しい人がこちらにいるのに。言っても仕方のないことだと分かっていても。




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